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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
8/25

初授業②



「ヴァーラ先生、ずいぶん教会寄りの思考だったね」

「もしかすると、信奉者なのかもしれないわ」


 心得を時間いっぱい使って積み込まれた魔法言語学の時間が終わり、みんな思い思いの休憩をとる。その中で、隣の女生徒たちがコソコソと話しているのが耳に入った。


 ──確かに、信奉者寄りの話だった気がする。


 ユイも先ほどの授業を振り返る。

 授業の概論ではあったが、ところどころ原初の神を崇めるような発言や内容が目立っていた。


 教会とは、原初の神のお言葉を聞くことができる者たちにより構成された機関である。独立した機関であるが、実のところ、魔法を授けたとされる原初の神を崇め奉る人たちの集まりである。

 中には本来の目的通り、神託を授かることのできる聖人と呼ばれる人もいるが、片手で数えられるほどしかいないという。それにも関わらず、あたかも原初の神を敬い崇めれば、その心に神は応えてくれると言い、教会の資金源になる信奉者を増やしているという噂がまことしやかに囁かれている。そのため、現代の魔法使いの間での教会の評判はいまいち良くないものであった。


 そんなことを思い出しつつ、ユイ自身はあの先生が教会の信奉者であれそうでないにしろ興味は全くないため、次の授業が行われる教室へと移動した。





 初日の授業は、どれもガイダンスで終わった。

 今日最後の国史の授業を終え、ユイは席に座ったまま大きく伸びをする。

 知らない知識を学ぶことは好きだ。だけど、長い時間座りっぱなしだったため体が強ばってしまう。

 また、時間も夕刻なのでちょうど小腹も空いてきた。


 ──先にご飯を食べてしまおうかな……自室にご飯は持って行ってもいいのだろうか。


 授業後、一斉に教室を出ようとしている生徒たちの波が収まるのを待ちつつ、ユイは教科書などを整理する。


「もし。フェールディング家の方ですわよね?」


 そろそろ教室を出ようかと立ち上がったタイミングで、声をかけられた。

 ──来たか。そう思いつつ声の方を向くと、5、6人の連れ立った女生徒たちがいた。その内の先頭にいる女生徒がこのグループのリーダーなのだろう。先に声をかけてきたのも、彼女に違いない。


「……そうだけど、あなたは?」


 向こうはユイがフェールディングの者であると知っている。昨日の入学式の際、ハワードに話しかけられた時に近くに座っていた生徒か、もしくは彼女が貴族位の家でどこかで会ったことがあるのだろう。だが、あいにくとユイは知らない。


「あら、失礼しました。わたくし、レベッカ・エリクソンと申します。彼女たちは、わたくしの友人ですわ」


 そう言って1人ずつ自己紹介されるも、さすがに一度に5、6人の名前は覚えられない。右から左に聞き流しつつ、要件を尋ねる。


「大したことではございませんわ。せっかくフェールディング家のようなご息女と同じ学び舎で過ごせるんですもの。まずはご挨拶にと思い声をかけたまでですわ」


 迷いなくそう言いきる彼女に、ユイは内心ため息をつく。


 エギルやマールからは、事前に聞いていた。主に貴族に多いことらしいが、自分の家より格上の家柄に対し、見返りも含めた上での関係結びを求める行為があると。

 昨日のハワード家のご子息は、同じ五家として対等の関係性のもとに手を差し伸べていた。だが、今目の前の彼女らは、明らかにフェールディング家との縁を求めて、ユイに声をかけてきたのだ。

 その意図を汲んだ上で、ユイは返答する。


「先に断っておきますけど、私に挨拶して仲良くなったからと言って、あなた方の家への恩恵は何もないので悪しからず」


 レベッカらは初めユイの言葉が理解できなかったのだろうか、きょとんとしていたが、意味を理解した途端顔が真っ赤になった。


「そ、そ、べ、別に、そのような意味合いで言ったのではございませんわっ! し、失礼ですわよ!? それにあなたこそ貴族の本分を理解していて!? フェールディング家の嫡子であるのでしょう? 魔法使いの繁栄のため、上位貴族が下位の者たちに恩恵を与えるのは義務ではありませんこと?」


 キンキンと高い声で、焦りながらも反論するレベッカ。

 なるほど、彼女が言う内容には一理ある。魔法使いの貴族たちは、今までそのようにして繁栄してきたのだから。

 だからこそ、ユイは今度こそ重いため息を外に吐いた。


「……あなたの言い分は分かりました。確かに私はフェールディングの名を冠しています。それだけで見れば、周りがそう捉えるのも仕方ないですね」


 だけど、とユイは声を大にして言う。


「私はここ魔法大学校に、学ぶために入学したんです。あなた方みたいに、家同士の縁を結ぶために来たわけじゃない」


 今日一日、授業中を除けば、ユイに突き刺さる数多の視線があった。それら全てが、5家という貴族の中でも最上位の家格に対する好機、羨望、畏敬……様々な思惑が渦巻いていた。だけどそれでいて、誰ひとりユイに話しかける人はいない。

 誰がいちばん先に話しかけるのか。

 ユイ自身もこうなることは予想していたので、彼女たちに話しかけられた時はようやくかとさえ思った。


 だけど根本から、ユイは彼女たちとは違う心持ちでこの学校に来たのだ。

 自分が貴族の家柄の出であろうとも、正直そんなことはどうでもいい。むしろ、それがユイの目的に邪魔になるのなら、家の名など捨てたっていい。


 ユイの言葉に、レベッカたちは反論してこない。取り巻きたちは、彼女の後ろでコソコソとなにか話してはいるが、面と向かって伝える気はなさそうだ。


 その様子を見て、ユイは改めて荷物をまとめ直す。

 最後に、


「私じゃなくても、5家と関わりたいならもうひとりいるでしょう? そちらをあたったらどうかしら」


 そう言い残し、ユイは彼女たちを残し、教室を後にした。



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