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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
3年生編
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研究旅行、そして帰郷⑨



 馬車を降りて、目の前に建つ屋敷を見上げる。

 数年前まで住んでいたこの屋敷。記憶にある時のまま、荘厳しく、たが少しばかりの仄暗さを醸し出しながら、そこにあった。


「あ、ちょうど着いたんだ」


 ユイがドゥイにお礼を述べていると、屋敷の入り口のドアが開いた。そこから、まだ年若い、色素の薄い髪をした男性がこちらに歩いてきた。


「あ、ドゥイが連れて来てくれたの? 南に移動したって聞いてたから、諦めてたんだ」

「お久しぶりです、ご当主どの。偶然にユイ様が立ち寄られた町におりましたもので。ついでに、いくつか手紙が溜まっておりましたので、一緒にお持ちいたしました」

「あ、ありがとう。帰りの馬車もドゥイに頼みたいから、屋敷の方に泊まっていってよ。いつもの部屋を使ってもらっていいから」


 当主と呼ばれたこの男性は、ドゥイからいくつかの手紙を受け取り、一緒に外に出てきていた従者にいくつか指示を出す。そして、それらが一通り済むと、ユイに向かってお帰りと言った。


「わざわざ出てこなくてよかったのに。探知魔法で、私たちがくるって分かっていたでしょうに」

「い、いいじゃないか。それに時々外の空気を吸わないと。ここにずっと籠っていると、何となく、息が詰まるんだ」


 そういう彼の言い分が分からなくもないので、ユイは軽く肩を下げるにとどめる。


 馬車から降ろしたいくつかの荷物を手に持ち直し、ユイは屋敷の中へと入っていく。その後ろを男性はついてくる。


「部屋はどうする? 客間のほうが広いと思うけれど」

「……自室でいい。明日にはもう出発するから」

「明日? こっちに来るって聞いたときは驚いたけれど、何か用でもあったの?」

「まぁ、少しだけ。というか、フランはなんでここにいるの? 当主が本邸を離れていいわけ?」

「当主って言っても、私の周りにはたくさん優秀な人たちがいるから、少しくらいいなくたってなんてことないよ。あ、ちゃんとここに来ること自体は伝えてきたから大丈夫」


 だからご心配なくというフラン。

 そんな彼こそが、現フェールディング家当主。まだ30代という若さで、数年前に当主の座についた彼は、普段はここより王都に近い場所にあるフェールディング家本邸に住んでいる。おそらくユイが戻るのに合わせて、わざわざこちらにやってきたのだろう。


 ユイは屋敷の長い廊下を歩いてく。その後を追うように、フランも一緒についてくる。

 廊下を何度か曲がり、屋敷の奥のほうへと来る。そのうちの一つ、左手側にあるドアの先が、ユイの自室となっていた。


「……誰か掃除しているの?」


 部屋の中は、存外きれいだった。

 この部屋に最後に入ったのは5年ほど前のはず。本棚と机、そしてベッドしかないこの部屋は、木戸が閉められており、日が当たらないためひんやりとした空気をしているが、机の上や棚にはほこりが積もっていない。


「時々、ね。私がこっちに来るときに、何人か使用人も一緒に来てるんだ。さすがに全部の部屋を掃除するのは難しいけど、いくつかの部屋は掃除するようにしている」


 その部屋の中に、ユイの部屋も含まれていたのだろう。

 軽く掃除をするつもりでいたので、すぐに使える状態になっているというのはありがたい。


 ユイは荷物を机の上に置き、さっさとこの屋敷での用事を済ませようと思った。


「……これ、当主宛の手紙。まだいくつかこっちに来ていた分の、そこまで急用じゃなさそうな分を持ってきた」


 ユイはかばんの中から、束になった手紙を手渡す。

 本来はすべてフランへと届くはずのものではあるが、連名でユイの元に届く手紙がいくつかあった。


「あ、ありがとう。本邸にもいくつか連名で来ている分があるけれど、見る?」

「見ないよ。今のフェールディング家当主はフランでしょ。そろそろ私宛に届かないように、言ってくれるとありがたいんだけれど」


 ユイは一時的ではあったが、先々代の当主が亡くなったのち、直系だからという理由で1、2年ほど当主代理となっていた。だがフランが当主となってからは、王家や五家に当主変更の知らせは行っており、ユイが当主として何かするということはないはずなのだ。

 それなのに、いまだ何件かの手紙は、ユイ宛もしくは連名にてやってくる。そろそろユイはフェールディング家のことから離れたいのに。


「そうだよねぇ……。でも、王家からの手紙は私に来るよ? ユイの名前が入ってるのは、だいたい五家関連の分じゃないかな?」

「五家? それならば、フランクドの当主に伝えたら? 確かあそこの当主が在歴としては一番長いんじゃなかったっけ」

「フランクド家か……。あの人、ちょっと苦手なんだよね……。次の五家総会の時に、が、頑張って聞いてみるか……」


 フランの苦手などは興味がないため、できればすぐにでもお願いしたいものだ。


 ユイは手紙をフランへ手渡し終えると、自室を後にする。

 フランはまだついてくるらしく、ユイと一緒に部屋を出た。


「フラン、地下ってまだ残っている?」

「地下? あぁ、うん。好きにしていいって言われたけど、結局何にもいじってはいないよ」


 2人は話しながら、その足は屋敷の奥の方へと進んでいく。奥へ進むにつれて、その空気はよりいっそう重苦しく、どこかじめついたように感じる。


「……やっぱり、ここら辺はあんまり近付きたい場所じゃあないよね」

「着いて来なくてもいいよ。私が地下に用があるだけだから」

「いや、一緒に行くよ。一応屋敷内の物の管理もしてるからさ。何かあるなら、確認しておきたいし」


 ユイも口ではそう言ったものの、内心一緒に来てくれていることに安堵していた。ユイとて、ここにひとりで立ち入るのは、少しばかり気が重かったのだ。


 屋敷の奥の方を道なりに歩いていくと、突き当たりにドアが見えてきた。目的地はこの扉の奥にある。


 フランが先行してドアを開ける。

 視界には、腰より少し高いくらいの4つ脚のテーブル。人がひとり寝られるくらいの長さだ。周囲には、壁にそう形で置かれた棚たち。ほとんど何も置かれておらず、掃除もされていないのか、埃っぽい匂いが鼻をつく。


 ユイはひと呼吸してから、その部屋の中に入っていった。ドアからみて左側、そこの一角だけ、棚が置かれていない場所がある。


壁よ、消えよ(クヴェルヴァン)


 ユイが壁に向かって魔法を使うと、先ほどまで壁があったはずなのに消えてしまい、その奥には地下へと続く階段があった。

明かりよ、灯れ(クェイクァープ)」と杖先に明かりを灯しながら、地下の階段を降りて行く。


 階段には明かりが一切ない。入口からの明かりが届かなくなると、杖先の明かり以外の光源はない。

 ユイは壁に手をはわせながら、続いていく階段を慎重に降りて行く。


 割と長く降っていくと、下の方が薄らと明るいのが見て取れた。

 その薄ら明るいところまで行くと、ようやく階段も終わりを迎える。


 ──相変わらず、陰気くさい場所。


 思わず顔をしかめてしまう。

 階段を降りたその先は、今は使われていないが、もとは被検体を隔離する小さな部屋がいくつかある。いや、部屋とはいいつつも、その実態は牢に近いものだったかもしれない。


 人がすれ違える程度の広さの通路を真っ直ぐ歩き、突き当たりにあるドアへと手を伸ばす。

 鈍い音とともに開かれたそこは、上の階で見たような、周囲を棚で覆われた小さな部屋だった。


「ここも特に触ってないの?」

「資料とかはさすがに持ち出したよ。それ以外、特に重要そうじゃないのは放っておいてあるけど」


 ユイは記憶を呼び起こすように、四方にある棚の奥の方を触っていく。その様子を不思議そうにフランが眺めている。


 右側の棚、その上段奥を触っていると、他の箇所とは違う感触があった。

 ユイはそこを思いっきり押す。

 すると、ガチャリとどこからか音が聞こえ、何かが外れる音が聞こえた。


「……今何をしたの? 急に音が聞こえたら、正面の壁から扉が出てきたんだけど」


 困惑するフランが言う場所に、先ほどまではなかったはずの扉があった。ユイはそれを開け、その奥にある少し大きめの箱を取り出す。


「私も詳しい仕組みは分からない。特定の場所である行動をしたりすると、こういう仕掛けが現れるらしい」

「魔法……は使ってないよね?」

「うん、魔法トラップじゃないよ。確か、先々代当主の父親……私からしてみれば曽祖父かな。その人が趣味で屋敷内にいくつかこういうのを作ったんだって」

「屋敷内に……と言うか、ユイは何で知ってるの? その人って、ユイが産まれる前に亡くなったはずだけど」

「身の回りの世話をしてたって人が、昔私たちの世話をしてくれて、その時に聞いた。ここ以外は忘れたけれど、ここについてはレイと1度見に来たから覚えていたんだ」


 話しながら、箱の中身を物色していく。

 黄ばんだ羊皮紙や、石の小刀、宝石のように輝く石など、様々なものが箱いっぱいに無造作に入れられている。

 ユイはその中から、ようやく目当てのものを掘り出した。


「あった。フラン、これをフェリスティン家の当主に渡してくれるかな?」


 そう言ってフランに手渡したのは、手のひらより小さい石が入った、透明な箱。これは魔石を持ち運びする際に利用するものである。


「フェリスティンって……あぁ、ニーナ嬢の件か」


 ニーナの件は、一部始終をフランにも伝えていた。個人同士の話のはずが、最終的にはフェリスティンの当主まで出てきたのだ。ユイもフランに話さざるを得ない状況だった。


「大変だったみたいだね。ニーナ嬢、あれ以来屋敷から出してもらえていないみたいだよ」

「そう」

「そうって……冷たいなぁ……。何だっけ、これを渡せばいいの?」

「うん、彼にとって、多少なりとも興味を持つと思う魔石だから。これをあの時の礼代わりに渡しておいてほしい」


 今回ユイがわざわざこんな僻地まで帰ってきた理由がこれだ。

 フェリスティン家へは礼の挨拶は送っていたが、それだけではいささか物足りない。何かないかと考えた時、ふとフェールディングの家にあったこの魔石を思い出したのだ。

 魔石自体は、ユイが小さい頃、ある人から貰ったものなのだ。魔石の内容に興味はなく、このような場所に置いていたのだが、フェリスティン家当主であれば、興味をそそられる内容のはずと思い出し、研究旅行のついでに立ち寄ることにしたのだった。


 フランは不思議そうにその魔石を眺めていたけれど、フェリスティン家当主へ渡す役を快く引き受けてくれた。


「いいけど……自分で渡せばいいのに」

「私、あの人に嫌われてるからね。……この箱、いる? しまって置く?」

「あー……持っていこう。いちいち取りに地下まで来たくないでしょう」


 その意見には激しく同意だ。

 正直地下には長居をしたくない。ここの空気がそう思わせるし、何よりユイ自身、思い出なんて皆無だ。


 扉を閉めると、そこにはまた壁があった。扉がある場所が分からないくらい、綺麗に隠れてしまった。


 ユイとフランは、そうそうに地下を後にする。

 元々、お礼の品を取りに来ただけなので、この屋敷での用事はもう済んだ。


「明日、帰るからね」

「分かった。でもアクラネス家へは行くんでしょう? 私も一緒に本邸に戻ろうかな」


 地下の長い階段を昇りながら、ユイとフランは陰気くささを払うように、互いの近況報告を話し出した。






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