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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
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入学式⑤


 校長の言葉と共に、わっと講堂内が賑やかしくなる。


「さぁさ、1年生のみんなー! まずはお祝いの料理をお食べ! 順番に好きなテーブルについてー!」


 講堂内で箒に乗った先輩たちが、ぐるりと新入生たちに向かって拡声魔法で声をかけていく。

 下の方でも、先輩たちが適当に1年生たちをテーブルにつかせていた。


 講堂の中ほどにいたユイは、少し経ってからようやくテーブルにつくことができた。

 そこには見たことない食べ物や、美味しそうな飲み物にスイーツが所狭しと並んでいる。


 ユイは今まで大勢での食事というものを数える程しかしてこなかったため、見慣れぬ光景に困惑の色が強い。

 だけど体の方は素直で、嗅覚がくすぐられお腹の虫も鳴り出しそうだ。


「美味しそうな食べ物いっぱいだねー!」


 何から食べようかと逡巡していると、隣に座った女生徒が話しかけてきた。

 ユイが突然声をかけられ返答に迷っていると、その女生徒は近辺に座った人たちに構わず話しかけていく。




 校長の話を聞いていた時とは一変、講堂内は賑やかな声で埋まっている。

 知り合い同士で集まったり、見知らぬ人同士緊張し合いながら話しかける姿が至るところで見受けられる。


 ──……ご飯食べたら部屋に戻ろう。


 ユイも両隣や向かいに座った人たちに話しかけられたが、最低限の返事しかしていないと、次第に声をかける人たちは少なくなってくる。

 その間に料理を食べ、先輩たちが代る代る話す学校生活のオリエンテーションを聞いていた。




 時間にして1時間経っただろうか。

 先輩たちによるオリエンテーションも終わり、周囲の緊張もかなり解れてきた頃。


 ユイは食べたことのない料理に舌鼓を打っていた。

 そろそろ満腹感を覚えてきたが、視界に入るデザートに興味をそそられる。


 ──パイは食べたい。あの透明なのは何だろう……中に入ってるのは、ドライフルーツかな。


 見たことのないデザートに手を出すか真剣に悩む。他にも気になる食べ物がたくさんあるので、いくつか部屋に持ち帰っても良いものだろうか。

 新入生の合間を行ったり来たりしている先輩に聞いてみようかとあたりを、キョロキョロと見回していた時。



「失礼、フェールディング家の者で間違いないか?」



 完全に無防備だったため、ユイは呼ばれて反射的に振り向く。

 そしてしまったとほぞを噛んだ。


 振り返った先にいたのは、2人の男子生徒。

 2人ともネクタイの色からして、ユイと同じ新入生だ。

 話しかけたのは、アーモンド色の目をした男子だろう。彼の半歩後ろに、ユイと同じくらいの背丈ほどの男子が佇む。


 ──フェールディングを知ってるとなると……彼らはどこの家?


 ユイ個人を知っていると言うよりも、家を知っているような口振りだった。そうなると家同士で付き合いのある者たちということになる。

 ユイ自身は、家同士の付き合いについては全くと言っていいほど疎いが、おそらく貴族以上の家格だろう。

 そして、その答えは間違っていなかった。


「すまない。先に挨拶をすべきだった。俺はクリスティン。クリスティン・ハワードだ」

「従者のオーラです」


 彼が名乗ると、ユイの周辺に座っていた人たちがざわめき立った。


 王家の盾と矛・ハワード家。

 魔法医療の祖・フェールディング家。

 錬金術の親・ディー家。

 原初魔法の真髄・キャンヴェディシュー家。

 知識の泉・フランクド家。


 国史を読む時、王家と共に出てくる5つの家がある。

 この地に王国を創りし時、共に追従していた5つの家が取り立てられ、貴族位を賜った。その権威は今も続いており、貴族の中でも一目置かれている存在だ。


 かくいうユイも、その5家のうちひとつの家名を背負ってはいるが、周囲の反応に苦々しい顔をしてしまう。

 しかし挨拶をしてもらったのに返さないのは、礼儀に反するので、ユイは徐に立ち上がる。


「ユイ・フェールディングです」


 簡素に挨拶を返した。

 正面からハワードの顔を見たことで、朧気ながらユイの記憶に今より少し幼い少年の面立ちが蘇る。


 あれはユイが今は亡き祖母とともに王宮へと参じた時だろうか。

 帰り際、ひとりの少年と鉢合わせた。

 祖母は少年を知っていたようで、外行きの貼り付けた笑みを浮かべていたが、ユイは全く少年に興味がなかった。

 お互い形式上の挨拶はした気がするが、それ以降会うこともなかったので完全に記憶から消えていた。


「……俺の顔になにか付いているのか?」


 あまりにもまじまじと見てしまったせいか、困惑気味に話しかけられる。


「すみません。他意はありません。ただ……私がフェールディングの者だと、よく分かりましたね」

「同じ年の者が入学するという話は聞いていた。それに、以前見かけたことがあったし、眼帯をしていたからもしかしてと思ったまでだ」


 言われてユイは無意識に右目に手をやる。

 この眼帯は10に満たない子どもの時から着けているので、前に会った時も眼帯をしていたのだろう。目立たないとは思っていないけれど、想像以上に外見的特徴としては目立つのかもしれない。

 ユイのその行動を見て、ハワードは慌てて弁解する。


「あぁ、気に障ったのなら謝る。すまない。今日は純粋に挨拶をしたいと思って伺ったんだ。()()()()()()()()()()()、切磋琢磨していきたいと思っている。よろしく」


 そう言って、クリスティンはユイに右手を差し出す。

 その右手をしばし見たあと、ユイは己の左手を差し出す。


「……ともに学び合う学友として、お互いを高め合えるなら嬉しい。だけど」


 そこまで言って、ユイは握手の手を解いた。


「私は5家の名を冠してはいても、継ぐものとしての権利は持っていないわ。最低限の付き合いはするとして、同じ志での交流はできない。残念だけれど、他を当たってください」


 ユイの言葉に、言われた本人は驚いたような、訝しむような顔をしたまま、差し出した右手をそのままにユイを見返してくる。

 ひとこと二言、何かしらの反論が飛んでくるだろうと思っていたユイは、何の反応もないことを見とって「失礼します」と言い、そそくさとその場を去った。

 周囲の人たちの視線を感じるも、気にせず講堂を後にする。


 先ほどの言葉に何も嘘はない。

 ただひとつ、デザートを食べ損ねたことだけが悔やまれた。




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