研究旅行、そして帰郷⑥
寒さが体の表面をなでつけ、ユイはぱちりと目を覚ました。
ゆっくりと起き上がると、視線の先に燃え尽きた木々が黒く固まっていた。
ユイの周囲には、火を起こしていた中心を囲うように、ハンナ、アストル、ギルフィが寝袋にくるまって寝ている。
辺りはまだ薄暗く、完全に日が昇り切っていない時刻なのだと察する。
もう一度寝てしまおうかと思ったが、寒さが勝ってしまったため、ユイはあきらめて寝袋から抜け出す。
そして昨日のうちに集めてきていた小枝を数本持ち、暖を取るべく火をおこし始めた。
「……起きてたのか」
さすがに火打ちの音が大きかったのか、ギルフィがむくりと寝袋から起き上がった。
「うん、少し前に。起こしてしまった?」
「いや、大丈夫だ。……あぁ、それにしても体中が痛い」
起きざまにぼやくギルフィに、ユイは苦笑する。
「4年の後半から、実習で野宿をする機会が多くなるって先輩から聞いた。ギルフィ、大丈夫?」
「さすがに数をこなせば慣れてくるだろう……。頻繁にはしたくないがな」
大きくなってきた火で暖まりながら、ぽつりぽつりと静かに会話をする。
そんな時間が少し続いたところで、アストルやハンナも徐々に起き上がってきた。
山の中にも朝日が差してくると、ユイたちは簡単に朝食をとった。
各々の目が完全に覚め、体も温まってきたところで、火を消して周囲を片付けていく。
「今日の夜もここで寝過ごそう。不要な荷物は小屋の中に入れて出発するぞ」
さすがに今日目的地に向かい、その足で下山するのは無理があるとのことなので、今晩も野宿が決定した。あらかじめ想定されていたことではあるが、話すギルフィの顔が苦々しかったのは気のせいではないはずだ。
簡単に片づけをし、完全に火の始末をした後、4人は本来の目的地へと向かって先へと進む。
ギルフィを先頭に、間にアストルとハンナ、最後尾にユイという順番で道を進んでいく。
昨日の小山では割と道が整備されていたが、今通っている道はもはや道とは呼べない場所だ。足元が悪いところもあり、昨日から続けてマッピングをしているユイも、さすがに少々きつい道のりになっていた。
そんな道を黙々と進んでいくユイたち。
代り映えしなかった山道の風景が変わったのは、どのくらい経った頃だろう。
突如、立ち並んでいた木々が途絶え、目の前に1本の巨大な木が立ちすくんでいた。
「うわ……でけぇ」
アストルが思わず感嘆する。そうしてしまいそうになるほど、その木は大きく、まるで空にまで届いているかのように見えた。
「ここまで来たら、あとは近いはずだ。ユイ、ここから魔素探知機を使うから、数値を書き記してくれ。アストルとハンナも、時折魔法を使ってみてくれ。ただしここでは火は使うなよ」
ギルフィが魔法道具を取り出しながら指示を出す。2回目ということもあり、各々やることは分かっていたので、ギルフィの合図の元、さっそく探索を開始した。
最初は4日前と同じ結果だった。
魔素計測器は不安定なまま針が行ったり来たりしていたし、アストルとハンナも、特に普段と変わらない感触を持っていた。
様子が変わってきたのは、巨木から少し下り坂になっている道を進み始めてから。
最初の違和感に、ユイが気づいた。
「……何か、空気が変わった?」
独り言ともとれる呟きを、その時近くにいたハンナが聞きとった。
「……言われてみればー、確かに? 何だろう……さっきよりも清涼感……空気が澄んでるような気がする……」
「そうか? 変わんない気もするけど」
「……いや、どことなく空気が冷たい気がしないか?」
「冷たい? それとはまた違う気がする……」
うまく言語化できないまま、何となくの違和感を感じながら先へ歩き続ける。
次に声を上げたのは、魔素計測器を見ながら歩くギルフィだった。
「数値がさっきより下がってきてる! アストル、ハンナ、何か魔法を使ってみてくれないか」
興奮気味に上げられたその声に、アストルとハンナは作業として魔法を行使する。
初めはいつもと変わらない感触に首を傾げていたが、少し長めに魔法を出力したままでいたところ、その違和感に気付き始めた。
「魔素が取り込めない……? いや、でも魔法は使えるし、魔素がないって言うのともちょっと違うような……」
「あー、あれだ。ガジャ先生の授業で、たくさん走る時に付けさせられる、リングを付けた時みたいな」
「あ、それ。確かに、そんな感じがする」
ユイもギルフィから告げられた数字を地図に書き込み思考する。確かに、魔素計測器もどきは、先ほどとは打って代わり、ほぼゼロに近い数値を行き来しているようだ。
本当に魔素が少ない場所があるとは思っておらず、半信半疑だったのだが、この情報を見てもしかしてと期待する。
「もう少し、降って数値を測る?」
「あぁ、ここを起点にどの範囲が魔素が少なそうか絞りたい」
「ねえー、微かに水の流れる音が聞こえるから、ちょっとそっち方面にも行ってみない?」
ハンナが多分こっちと指さしながら歩を進める。
ユイはその水の音は聞こえなかったが、みんな反対することなく、ハンナのあとをついて行く。
わりと長い道を降って行った気がする。
その間も、ギルフィが持つ魔素計測器の数値は、ずっと低い数字を行ったり来たりしていた。
ユイは地図に書き込んだ数字を見ながら、その違いの境界線を見つけて行く。
「うわぁ……」
地図とにらめっこしながら歩いていたので、思わず漏れたようなその声で、ようやく地図から視線をあげた。
「……すごい」
視界に入ったその景色に、ユイは無意識に言葉をこぼす。
いつの間にか、開けた場所に出ていた。
そして目の前には、細いが上流から流れる川があった。ハンナが聞いた水の音はここだろう。
川の近くの地面には、苔や小さな草々があり、温かくなれば緑の地面ができそうだ。
そして川から少しばかり離れて木々が立ち並ぶ。巨木があった場所とは違い、こちらは細長く高い木々が多い。まだ葉もついていないからか、上を見上げると青空が垣間見え、隙間から太陽の光が降り注ぐ。
「……動かなくなった」
ギルフィが手に持つ魔素計測器を見ながら呟く。
ユイも彼の手元を覗き込むように、その針が指す数値を確認する。
針は、ゼロより少し右側を指しながら、前後に揺れることすらしなくなった。
「……壊れた?」
同じくギルフィの手元をのぞき込みながら、アストルが聞く。ギルフィは分からないと首を横に振る。
突然壊れたのか、それともその数値が正しいのか、誰も判断がつかない。
ユイはふと、脳裏によぎったことがあり、近くの木へと歩み寄る。そして、徐に片手を木に当てた。
「吸い取れ」
開け放たれた空間で、上手くいくとは思っていない。それでも、魔素を実感するなら、ユイが知っている方法では、これが1番適していると思った。
ユイの魔法の意図が分からないのか、ハンナが困惑気味に尋ねる。だがこれには集中力を要すため、すぐに返事はできなかった。
少しの間、様子を見ていたユイだが、ゆっくりと
木から手を離す。
以前似たようなことをした時より、感触が少ない。それこそが、結果なのではなかろうか。
「本当に、この辺りには魔素がないのかもしれない」
ユイは今自分が使った魔法で、木から魔素を吸収しようとした。だが、吸収しているはずの魔素が自分に流れてきている感覚がかなり乏しい。
本来なら、吸収した魔素が自身に流れ、あまりに多くを吸収しすぎると魔素中毒になる危険もあるため、慎重に扱うべきものだ。
気をつけてはみたものの、その肝心の魔素が吸えている気がしない。
それ即ち、ギルフィが持つ魔素計測器の数値は、間違っていないと思わせる結論だ。
ユイがひとしきり説明し終えると、3人も各々魔法を使ってみる。
もちろん、体内に循環している魔素はあるので、みんな難なく魔法を行使できた。
「……あぁ、ガジャ先生の授業でリングを着けた時の、魔素が補完できない感じと似てるって言うのは理解できるな」
「だろ? でもさっきの巨大な木のところより、魔法を使うのに閉塞感を感じねぇ?」
「分かるかも。使えるけどー、ずっとは無理。なんかこの場所自体が、魔法を使うのに適してないみたいなー」
各々うまく言語化できないけれども、全員が感じたことは同じようだった。
それから更に、魔素計測器の数値が限りなくゼロに近い範囲を探っていく。
そして、ユイが地図に記した数値から、さらに詳しく範囲を調べる。
ある程度把握できた頃には、かなりの時間を要していた。
「そこまで広い訳じゃないが、ここ一体が魔素量が極端に少なさそうだな」
地図を見ながら、ギルフィが自身の手帳にさらさらと書き付けていく。
ハンナとアストルは、ひと段落ついたとみて、小さな川の近くに生える植物を観察していた。
ユイは改めて、ここ一帯をぐるりと見回す。
いたって普通の山のように感じた。今まで見てきた山と比べても、何か違いがあるとは思えない。
それでも、ここには魔素がほとんどないとは、一体どのようにして魔素が生み出されないのか。
──ここの場所を覚えておこう。
ユイは忘れないようにと、この場所について詳細にメモをとる。この地図は、後でギルフィに渡す予定だったので、自分用にも複写しておこうとひとりうなずく。そして、ユイたちは同伴しないが、この後に行く予定の山々についても、休み明けにでも詳しく聞こう。
「……よし、一旦この辺りにするか。暗くなる前にそろそろ戻るぞ!」
ギルフィの書き付けが終わったようで、川辺にいた2人を呼ぶ。
ユイはもう一度、周囲を見回した。
やはり、どこをどう見ても、変哲のない景色の良いただの山の中。だけど地図に記した数字は、正誤の判断はつかないけれど、間違いではないと思っている。
──また、来よう。
「ユイー。何してんのー?」
どうやらすでに帰り始めていたらしく、立ち止まるユイをハンナが呼ぶ。
名残惜しさを断ち切って、ユイはくるりと、皆がいる方へと歩いていった。




