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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
3年生編
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研究旅行、そして帰郷④



 ──翌朝。


 そろそろ陽が昇ろうかという時刻、ユイたち一行は宿の外で落ち合った。


「あー……ねみぃ」

「ほどほどにしろと言っただろう。あの後何件はしごしたんだ」

「1件だけだし……0時の鐘が鳴る前には帰ってたけどさぁ……」


 アストルが大きなあくびをかます。その様子をギルフィはあきれたように見返した。


 昨日の夕飯の席で、せっかくだからとアストルはアルコールを頼んでいた。

 この国では酒は18歳を超えれば飲んでもいいとされている。学校の敷地内でも、少しだが酒場があり、4年生以上になれば立ち入ることを許される。本来であれば、まだユイたちは4年生というわけではないが、学校外ということもあり今日くらいはいいだろうという判断の元嗜んでいた。


 アルコールを摂取したアストルは、楽しくなったのか、最初の店を出た後、別の店で飲みなおすと言ってひとり別行動をしていた。ユイたちはアルコールを飲む気はなかったので、アストルを見送った後、先に宿へと戻っていたのだ。


 まだ眠そうなアストルをよそに、ギルフィは改めて今日の予定を話す。


「さて、気を取り直して……。今日はこれからエスコールという場所に行く。歩いていける距離だし、目的地もそこまで広いわけじゃないようだから、今日1日で調査は終わるだろう」


 ギルフィが地図を取り出して、ユイたちに見えるように説明してくれる。


 エスコールは、今ユイたちがいる宿から西に行くとある、小さな森のような場所だ。

 港町から少し外れてはいるが、周囲にはいくつか家々も建っているらしい。こんな場所で魔素濃度の違いが分かるのかというのは甚だ疑問だが。


 東の空から太陽が顔を完全にのぞかせた頃、ユイたちは目的地に向かって歩き始めた。

 先頭を地図を持つギルフィ、その間にユイとハンナ、アストル、最後尾はグレタールという順で、一行は道なりに沿って歩く。

 

 道中の露店で、朝食を買う。

 買った朝食は露店の前で食べた。

 手で持ちやすい薄く平べったいパンに、野菜や肉が挟まれている。少しピリッとしたタレがいいアクセントとなり、みんなぺろりと平らげてしまった。


 その後は見慣れぬ周りの景色をみながら、談笑が続く。

 ちょうど仕事が始まる時間が近いからだろうか。空を仰げば、たくさんの相乗り絨毯がせかせかと飛んでいた。




 エスコールについたのは、宿を出てから2時間ほど経った頃。


「着いたぞ」


 ギルフィの言葉で、ユイたちの足は止まる。


「……この場所?」

「ただのたくさん木が生えてる場所じゃね?」


 ハンナとアストルが困惑するのも無理はない。ユイも目の前の場所が目的地と言われて困惑した。


 周囲は殺風景なただっ広い草原。ところどころに家々は立ち並ぶも、何もないという印象が強い。

 そんな中に、一か所だけ、木々が立ち並ぶ場所があった。と言って、そこまで時間がかからずに一周できてしまうような、そんな小さな森である。


「この場所が、魔素濃度が他と比べて少ないの?」

「……と、俺が読んだ書物には書いてあった」


 困惑する3人をよそに、ギルフィは自身の荷物から昨日買った魔法道具を取り出す。


 細長い触角のような長めの棒が2本伸びており、その根元には時計のような数字が書かれた盤面。そのうえで、複数の針がぐるぐると不安定に回っている。


「それ、魔素計測器もどき……だっけ? 本当に使えるの?」


 アストルがギルフィの手元を見ながら言う。


 魔素計測器自体は、現在はその名前さえ聞かないような代物だ。

 だが今回、ギルフィは昨日立ち寄った魔法道具店で類似するものを購入していた。

 真偽のほどは定かではないが、魔素計測器が売られていたという事実は、少なからずユイにとって驚きのことであった。


「使えるかはわからない。それを今から実践するのだからな」

「ずーっと針がぐるぐる回ってるけど、大丈夫なわけ?」

「これ自体は正常だろう。魔素というものは、空気と同じくそこら中にあるはずのものだ。それに反応して動いているなら、少なくとも現時点でこの道具は正常という判断になる」


 周辺を歩き回って、ギルフィは返答する。

 その様子に、ユイのほうが心配になって口を挟んだ。


「もしそれが本当に魔素計測器として使えるのなら……そもそも売っていたこと自体不思議だけど、教会の人たちに見つかったらただではすまないんじゃないかな?」


 魔素計測器というものは、すでに100年以上前に作られていた魔法道具とされている。

 しかし、作成するにあたっての資源不足に加え、教会の弾圧によって人々に知りわたる前に静かに消えた魔法道具と言われている。

 そもそもギルフィがやっている魔素の消滅にかかわる研究も教会からすれば目を光らせたい内容のはずだが、さらに魔素計測器によって目に見えて結果が表れてしまうとなれば、より一層弾圧対象となり得るかもしれない。


 ユイの心配を分かっているはずだが、ギルフィはなんてことないように頷き返す。


「もちろん、王都に戻る際はより一層注意する必要はあると思う。だけど、王都以外では、俺はそこまで警戒する必要はないんじゃないかと思っている。……いや、昨日これを見つけた時点でそう判断したんだ」


 どういうことかと尋ねるユイに、ギルフィは理由を説明する。


「魔素計測器に類似する性能のこの魔法道具が、一般の魔法道具展で売られていたということ。これがどういうことか分かるか?」

「……魔法道具店に教会の人たちが査察に来ても、見つからない方法があった、とか」


 ギルフィの問いかけに、ハンナのほうが合点がいったのか、そういうことかと答える。


「王都に比べて、地方の教会関係者は、そこまで必死に魔法や魔法道具とかに関して、取り締まっているわけじゃないもんねー」

「そうだ。この地域の教会側が認知していたとしても、王都の教会本部にまでその情報を送っていないと思われる」

「あぁ、なるほど。そういうことね。確かに王都の教会連中と違って、地方の教会って地域と密接につながってることが多いからなぁ。地域住民の機嫌を損ねたら、ひどい目に合うのはそこの教会の連中って話はよくあるよね」

「そうそう。私の家のほうにある教会も、王都の教会に比べて結構開けてるよー。もちろん、悪い噂があるのは知っているけどー、それでも割と親密に接しているほうじゃないかなぁ」


 アストルも合点がいったらしく、ハンナとともにギルフィの言葉にうなずいている。


 ユイは教会についてはよく教科書が巷で聞く話以外の情報を持っていない。

 ユイが生まれ育った地域の教会が、とても遠く離れた位置にあったのも理由のひとつだろう。

 知識としてあった教会の印象と、彼らから聞いた教会の印象の違いに内心驚く。おそらくユイがもともと知っている情報は、主に王都側の教会の情報なのだろう。


「……つまり、その魔法道具が売られているからと言って、全部が全部教会本部に話が行くってわけじゃないってこと?」

「そういうことだろうな。現に昨日立ち寄った魔法道具店、王都では見かけない魔法道具がたくさんあっただろう? そのうちの何点かは、王都で売ろうものなら教会連中によって廃棄されてしまう代物もあったんじゃないか」


 言われてみれば、昨日立ち寄った魔法道具店は初めて見るものが多かった。

 王都では売られることがないものが混じっているのであれば、初めて見たというのも納得がいく。


「さて、説明はこのくらいにして本題に入っていきたいがいいだろうか」


 話が脱線しかけてきたところで、ギルフィが元に戻す。


「とりあえず、この魔法道具が使えるかどうか試すために、ここ周辺を何往復かする。ユイはこの場所のマッピングを頼みたい。そして、魔素計測器の数値をメモして欲しい。ハンナとアストルは、数値が極端に低い箇所があったら、実測として魔法を試して欲しい」


 グレタールには皆の荷物番を頼み、全員に役割が振られたところで、早速ギルフィは魔素計測器を手に歩き始めた。




 ──結果として、1箇所目は大した成果が出ずに、調査が終了した。


「地味に疲れたー」


 アストルが汚れるのも気にしないまま地面に寝転ぶ。みんな同じように疲れた様子だが、さすがにアストルのように地面に寝転んだりはしなかった。


「単調な作業って、本当に疲れるよねー」

「鑑石コースに進むやつのセリフとは思えないな」


 使っていた魔法道具を片付けながら、ギルフィが呆れ口調で言う。ユイも同じことを思ったが、さすがに口には出さなかった。


「てかさ、やっぱその魔法道具、おかしいんじゃない? 大した結果出なかったんでしょ?」


 アストルが起き上がりながら、ギルフィに向かって言う。

 今日の結果を見ればそう思うのも無理はないが、ギルフィはまだ分からないと言った。


「1回使っただけで、すぐに分かるとは思っていない。今日だけで言うなら、魔法道具が悪いのか、はたまたこの場所が見当違いだったか、どちらか判断つかないからな。今回の旅行で使ってみて、結論を出すとするさ」


 この魔法道具を買ったのはギルフィだ。

 最終的にどうするかは彼が決めることなので、ユイたちはそれ以上文句を言うことはなかった。


「さて、みなさん。お疲れかと思いますが、そろそろ日が暮れます。宿に戻りましょうか。明日も早くから移動がありますから、早めにお休みなさると良いです」


 ずっとユイたちの荷物番をしていたグレタールが、手を叩いてみんなを促す。

 各々自分の荷物を整理して、一行は宿への道を帰って行った。




 

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