アークレイリ王立図書館④
レイを先頭に、ユイとイサクは図書館を出る。
徒歩で目的地へと向かう中、ユイは周囲の景色に目を走らせる。
たくさんの人々、所狭しと建てられた建物たち。商店の店先には、見たことのないものが売られている。時おりどこからか、いい匂いも漂ってきて、学校内の露天通りとはまた違った雰囲気が感じられる。
「この店」
図書館から少し歩いたところにある1件の店の前で、レイは立ち止まった。
中を覗くと、結構人が入っていそうだ。
3人は店内に入り、レイが慣れた感じで近くの店員に声をかける。
「あれ、いつもとは違う人たちと一緒ね。3人? いちばん奥の個室しか空いてないけどいい?」
「はい、大丈夫です」
どうやら店員と顔見知りらしい。
空いている席を教えてもらうと、またレイがこっちと先導してくれた。
「この店……確か一般人がやってる店じゃなかったか」
個室と言っても、周囲が壁で区切られているわけじゃない。その席の周辺に、遮音魔法がかけられており、周囲の声や中の声が通らないようになっているだけの席だ。
テーブルにつき、テーブルの上のメニュー表を見ながら、イサクが尋ねる。
「はい、そうです。知ってましたか、この店」
「ここ自体は初めてだ。ただ王都の外れの方に、似たような店があるから、同じなのかと思っただけだ」
「王都のど真ん中にあるのは、中々珍しいみたいですね」
男たちの会話を片耳に、ユイはメニュー表を眺める。
そこにはたくさんの種類の料理の名前が書いてあるが、その多くは知らない名前で、どんな料理なのか検討もつかない。
「ユイ、決めた?」
レイが齧り付くように眺めるユイに尋ねる。
そうは言われても、何がいいのかさっぱり分からないので、ユイはおすすめは何かと聞き返す。
「何だろ……僕はバケットやサラダを頼むことが多いけど」
「米が置いてあるのか、ここ」
「あ、本当だ。日によってないこともあるので、今日はある日みたいです。ユイ、何食べる?」
「……レイと同じのでいい」
いろいろ気になるものはあるものの、今日はレイと同じものにしておくことにした。
レイとイサクもそれぞれ決め、テーブルの上にあった伝言蝶にメニュー内容を書く。その後テーブルに描かれた小さな魔法陣の上に置くと、魔素が供給されたのか、伝言蝶はひらひらと店の奥へと飛んで行った。
「一般人の店でも、魔法は使ってるんだな」
「料理自体は手ずから作ってるみたいですけど、それ以外は魔法が飛び交ってますね。スタッフにも魔法使いは多いし」
一般人と魔法使いが共に暮らしているとはいえ、働き口などは別れていることが多い。
その中でも、共に働いているというこの店は、かなり珍しいのではないだろうか。
料理が運ばれてくるまで、3人はぽつりぽつりと会話を続けていたが、途中ユイは思い出したように今日の本題を切り出した。
「私もレイに渡したいと思っていたものがあるから、ちょうど良かった」
そう言ってユイは持参していたバッグから、大きめな袋を取り出す。
「今レイが何の調薬を試しているか分からなかったから、原料そのまま持ってきたわ。それぞれに効能を書いた印をつけた。調薬のレシピも入れてあるから、好きなのを試して」
袋の口を開け、中身が入っていることを確認してレイに手渡す。
レイはありがとうと言うとともに、ちらりとイサクの方を見やる。それだけで、レイの心境を察したユイは、大丈夫だと告げる。
「イサク先輩には話した」
その言葉に、レイは目を見張る。
驚くレイの姿は滅多に見れるものではない。
恐らく、ユイが自身のことを他者に話すとは思っていなかったのだろう。ユイ自身も、自分の変化に驚いているのだから、半身の彼にとっても同様に驚く内容だろう。
新鮮な表情に頷き返して、ユイはレイの用事を問う。
「……僕も、薬を渡したかっただけ」
そう言って、レイもカバンからいくつかの小袋を取り出す。簡単に薬の効能や種類を教えてもらい、自分のカバンへと仕舞っていく。
そうしていると、あっという間に頼んだ料理たちが届いた。
「おいしそう……」
目の前に置かれた料理に、思わずぽろりと感想がもれた。
薄くスライスされたパンの上に、同じく薄くスライスされた肉や野菜がふんだんに乗せられている。
種類もいくつかあり、同じ皿の端には、サラダも付け合せられている。
最後にイサクが頼んだ料理が運ばれてきたが、こちらもまた美味しそうな匂いを漂わせている。
皿に盛られた米の上に、トロリとしたタレで絡められた肉が、かけられている。タレが米に染みているところが、見ているだけでも美味しそうだとわかる。
各々の前に料理が揃ったところで、ユイはさっそくひと口いただく。
「……ん!」
塩味のある肉と野菜シャキシャキとした食感が、口の中で程よく混ざり合う。野菜にかけられているタレがこれまた絶妙で、いいアクセントとなっている。
「これ、おいしいでしょ?」
そう言うレイに、ユイはこくこくとうなずき返す。
イサクも料理が口にあったらしく、料理がどんどんなくなっていく。
「この米、初めて食うな。いつもみたいにパサパサしていない。何か、こう……ふっくらしてる」
「最近、新しい米が出たという噂を聞きました。もしかすると、それを使っているのかも」
会話は少な目に、みんな目の前の料理に舌鼓を打つ。
食べる手が止まらず、ユイとイサクはあっという間に料理を空にした。
「美味しかった」
「あぁ、久しぶりに上手いと感じたな」
食後の飲み物も頼み、レイが食べ終わるのをのんびりと待つ。
その時ふと、どこからか甘い匂いが漂ってきた。
思わず周囲を見回していると、レイが「作りたてが買える」と教えてくれた。
「見てきたら? ユイ、甘いもの好きでしょ」
「フレインの土産とかにどうだ?」
イサクの言葉に、名案だと思い、ユイは断りを入れて席を立つ。
甘い匂いは、店の入口方面から漂ってきていた。
「あ、レイと一緒にいたお客さん。良かったら、買ってかない?」
先ほど案内してくれた店員が、焼きたての菓子が入ったプレートを手に声をかけてきた。
彼女が手に持つプレートには、何種類かのケーキが乗せられている。
さらに、店に入った時には気づかなかったが、入口付近には一口サイズのお菓子が売られており、種類もかなりある。
美味しそうなお菓子たちを眺めて、ふと視線を上の方へ向けると、並ぶお菓子の列に小さめの缶や小袋が置いてあった。
ユイの視線に気づいた店員が、「それは南の地域で取れた茶葉だね。こっちはあまり人気ないけど、コーヒー」と説明してくれた。
少し悩んだものの、ユイはお土産として、いくつかお菓子や茶葉などを購入することにした。
店員にお菓子をまとめてもらって、席へと戻る。
──……やっぱり、何か仲良くなってない?
少し離れたところから2人を見ていると、何か真剣に話をしているのが分かる。
イサクはいつも通りだが、レイはどことなく楽しそうな雰囲気で話をしている。よほど彼のことを気に入ったのだろうか。
「買ってきました」
ユイが遮音魔法の範囲内に入ってから声をかけると、2人一緒に振り返る。
「買えた?」
「うん、買った。イサク先輩は買わないですか?」
「俺はいい。甘いもんはそこまで好きじゃねぇし」
「……僕も皆に買っていこうかな。ご飯も食べたし、そろそろ出ます?」
「そうだな。問題ないか?」
「はい、大丈夫です」
最後にレイのお菓子選びに付き合って、ユイたちは満喫した様子で店を出た。




