アークレイリ王立図書館②
そして、時間は進み休日──。
9時の鐘が鳴るころに、ユイは門近くの広場のベンチに座っていた。
いつもは賑わう時間帯にしかこの近辺の露店へ来ることはないため、この時間の閑散とした露店沿いはどことなく寂しさを覚える。
「悪い、待ったか?」
ユイが到着してからさほど時間が経たずに、私服姿のイサクも集合した。
普段の制服姿しか見たことがなかったので、ラフな私服姿がすごく新鮮に思える。
ちなみにユイは、いつも通りの制服姿だ。
「大丈夫です。私もさっき来ました」
「そうか。……お前、学校外に行くのに制服なのか?」
「ダメでしたか? 私服の持ち合わせがあまりないので」
「いや、別に。学生だって分かるから、逆にいいかもしれないな」
挨拶もほどほどに、ユイたちは早速王立図書館へ向かうべく、校門へと進んでいった。
学校から王立図書館までは、相乗り絨毯を使えば1時間ほどで到着する。
ユイとイサクは、10時の鐘が鳴って少しした後、王立図書館から離れた路地の停車場で相乗り絨毯を下りた。
「はい、毎度。帰りは中央の大鐘の乗り場から乗ってくださいねー」
相乗り絨毯の操縦士にイサクが金を払い、操縦士はそのまま空へと飛んで行った。
「さて、ここまで来てまだひとりで来ようなんて言えるか?」
「……いえ、イサク先輩が一緒に来てくださり大変助かりました」
ユイはこの短時間で、ひとりでここに来ようとしていたことを後悔していた。
まず門から出る前に、躓いた。
どうやら学校外へ行く際は、門番へ外出届の申請が必要らしい。それを怠ってしまうと、無断外出とみなされ、罰則対象となるのだそうだ。
そのルールを知らずに門の外に出ようとしていたユイの首根っこをつかんで、イサクが呆れながらも丁寧に教えてくれた。
無事門番に申請を終え、王立図書館行きの相乗り絨毯に乗り込んだ。相乗り絨毯に乗るのは初めてで、自分で箒で空を飛ぶ感覚とは違い、妙な浮遊感に慣れないまま道中を過ごした。
そしてイサクと操縦士の会話で、ユイはこの相乗り絨毯が王立図書館の真ん前に止まるわけではないことを知った。
どうやら王立図書館周辺には、幾重にも防護魔法がかけられているらしい。これは魔石を保管する役目も果たしていることから、万が一のことを考えて作られた防護魔法なのだという。
その影響もあり、防護魔法内には許可された箒や相乗り絨毯以外の空飛ぶ魔法道具は入り込めない。
そのため防護魔法の外、王立図書館から離れた位置に相乗り絨毯の乗降場があるそうだ。
「時計塔がずいぶん左だな……。東側に出れば王立図書館に行けるか」
イサクが時計塔との距離感を測る。そして時計塔の方面に向かって歩を進めた。
ユイは彼の後ろをついていきながら、あたりをキョロキョロと見渡す。
王都には数えるほどしか来たことがなかったが、このように歩いて回るのは初めてだ。
見慣れぬ景色や風景に、歩きながらもつい視線が行き来してしまう。
相乗り絨毯の乗降場から遠いと思っていたが、思ったよりも時間がかからず、王立図書館前へとたどり着いた。
「わぁ……」
思わず感嘆詞が出てしまうほど、正面から見上げる図書館は大きかった。
2度ほど訪れたことのある王宮と勝らずとも劣らないのではないだろうか。
イサクが人の流れに沿って、図書館内へ入ろうとしていたので、慌ててユイもその後を追う。
正面ドアは解放されており、多くの人が出入りをしている。
すっと図書館のドアをくぐると、外の賑わいが一瞬にして消え、図書館特有の静けさに包まれる。
──遮音魔法がかかっているんだ。
おそらくこの図書館全体に遮音魔法がかけられているのだろう。この広い図書館全体に魔法がかかっているとなると、かなり高度な魔法使いが施したに違いない。
「待ち合わせはここか?」
イサクが立ち止まり、ユイを振り返って尋ねる。
ユイは「はい」と返事をしながら、周囲を見渡す。
待ち合わせは、図書館のエントランスを指定されていた。
だが思ったよりも人が多く、この中からレイを見つけるのはかなり大変な気がする。
「……いない?」
「人多くて探しずらいな。受付に聞いてみるか?」
「……そのほうがいいかもしれないですね」
ざっと周囲を一周見た感じ、レイがいる気配がない。
このまま探しても時間の無駄なので、イサクの提案に乗ることにした。
受付があるエントランス奥のほうへ、イサクの先導で進んでいく。
その際、近くの階段の手すりにたたずむ、1匹の黒猫を見つけた。
「猫……?」
場違いなその猫を見ていると、気のせいだろうか、一瞬視線が合ったような気がした。
猫はその後、すぐに手すりを下り、人の中へと消えていった。
「おい、突っ立って何してんだよ」
猫に意識を取られて、立ち止まっていたらしい。先に進んでいたイサクが戻ってきた。
「あ、すみません」
「受付のほう、思ったより並んでいたから、少し時間がかかりそうだ。その間に見つかればいいが……いたか?」
「いいえ、近くにいたらわかると思うんですけど、レイらしき人は見つけられないです」
「そりゃそうよ。この人の多さじゃ、さすがのあたしも鼻が利かないわ」
さらりと第三者の声が会話に交じってきて、ユイとイサクはぎょっとして周囲を見回した。
だが、その声らしき人物の姿は見つからない。
「こっちよ、こっち」と足に何か柔らかいものが押し当てられた気配を感じ、ユイは足元を見る。
そこには先ほど階段の手すりに座っていた黒猫がいた。
「さっきの……」
「あなたがユイ? レイと同じ魔素のにおいがしたから」
「はい、そうですけど……」
「この猫……使い魔か?」
イサクの言葉に、黒猫はつっけんどんに言い放つ。
「人に飼われるそこら辺の使い魔と一緒にしないでちょうだい。あたしは誰とも契約していないわ。しいて言うなら、レイと協力関係にあるだけよ」
「レイと?」
どうやらこの猫は、レイと知り合いのようだ。
使い魔となれば、契約者と意思疎通が取れるが、誰とも契約を結んでいないにも関わらず、ここまで流暢に意思疎通が取れる魔獣はそうそういない。この猫が人から変化したとか言うわけでないのなら、かなり長生きをしている猫なのだろう。
その猫──後にスヴァルと名乗った──は、言伝があってユイを探していたという。
「急に仕事が入ったみたいだから、少し待ってくれですって。昼までには終わらせると言っていたわ」
仕事であれば仕方がない。それに忙しいなら日を改めようと思ったが、スヴァルに止められた。
「待っていてやりなさい。柄にもなく、そわそわしていたんだから」
そう言われると、ユイも素直に頷くしかない。
「イサク先輩、少し待つことになりそうなんですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。先に図書館内を見て回るか?」
「あ、そうします」
もともと図書館でも探したい本があったので、順番が前後になるだけだから何ら支障はない。
ユイとイサクは、昼頃になるまで各々図書館内を見て回ることにした。




