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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
3年生編
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秘密③


「私、あと数年で死ぬんです」


 世間話の延長戦のような切り出しに、フレインもイサクもすぐには言葉の意を理解できていないだろうことが、彼らの表情を見てわかる。


「最低でも20まで生きられるか……超えたとしても、数年持つかどうかというくらいですかね」


 そう診断されたのは、数年前の話だ。

 あれから詳しい検査はした記憶がないので、もしかすると今話した内容も変わっているかもしれない。

 それでも、あと10年は生きられないだろうということは、何となく理解していた。


「……実験体だったんです、研究のための。体の中をいろいろいじられているので、その代償として長く生きられないんだって聞きました。……先輩たちも、この右目、みましたよね?」


 その問いかけに、フレインとイサクは首を縦に振る。


「触れていい話か分からなかったから聞かなかったが……それ、魔眼だよな」

「はい、そうです。トスモズドアという魔獣の眼球ですね」

「トスモズドアって……」


 魔獣の名で、ユイの右目にある魔眼の性能に気づいたのだろう。フレインとイサクの表情がさっと強張った。


「確か……視覚が弱い代わりに、魔素が見える目を持つって魔獣のはず」

「何かの書物で読んだが、トスモズドアは魔獣の中でも体内魔素保有が飛びぬけて高かったはずだ。空気中の魔素をかなりの量吸収でき、保存する器官が発達してると。それが両目の魔眼だったはず……」

「その通りです。トスモズドアは魔眼で魔素を見、そこから多くの魔素を吸収していたようです」


 今まで、トスモズドアは魔素含有量が多いということは分かっていたが、どのようにして多くの魔素を取り込んでいるのかという疑問が残っていた。

 大昔の魔法使いたちの研究で、トスモズドアを解剖したが、はっきりとした確証を得た結果はでなかった。一番魔素を吸収することができる器官があるとすれば、魔眼であるという仮説があるくらいだったのだ。


 ユイの右目にトスモズドアの魔獣が移植され、完全になじんだことにより、その仮説が事実であると判明した。

 だがこの話は、公の場で発表されることなく、ユイ含め一部のフェールディング家の者たちしか知らない。


「いや、そもそもトスモズドアは100年くらい前から乱獲禁止されていなかったか。生存するトスモズドアも数がかなり減って、今ではほとんど見かけてない。昔に捕獲された魔獣の魔眼が裏ルートで高値で売られているって話は聞くが……」

「肉体から離れた魔眼って、そんな100年近くも力が残っていることある? そりゃあ、何かしらの方法があるとは思うけれど……」

「……確か新鮮な魔眼を植え付けたって言っていた気がします。まぁ、家の誰かなら、周囲にバレずにこっそり捕獲してくるくらい動作もないですし」


 まだユイが幼い時の話なので、もう記憶が定かではないが、確か研究者のひとりがそう言っていたような気がする。

 魔眼は肉体から切り離すと、急速にその性能が落ちるらしく、数日でただの魔獣の眼球へとなり下がる。もちろん全てがそうなるとは限らないが、かなり確率は低い。そのため多くの魔眼は、魔獣から切り離した後、どれだけ早く移植できるかが肝となってくるのだ。


「……ええと、話がそれてしまいましたけど、魔眼の移植だったり、そのほかにもいろいろと体をいじられたせいで、一気に寿命が縮んだみたいなんですよね。この魔眼も普段は魔素を見たり吸収しないよう二重で魔法をかけていたりして……負担にならないようにはしているんですけど、それでもやっぱり負荷がかかっているので、薬で緩和したりいろいろと試しているんです」


 ユイからしてみれば、もはやこれが当たり前となっているので、今更自分の生い立ちに悲観することもない。そういう運命なのだということを、幼い時分に悟ってしまったから。

 そのせいか、自分の話をしているというのに、どこか他人事のように感じてしまう。


 だがこの話を聞いて、目の前の先輩方は何を思っただろうか。

 まさか後輩が、あと数年の命だということを聞いて、驚かないはずはない。

 せっかくこのサークルに入れさせてもらって、短いが2年も一緒に活動してきたのだ。長期的に活動していくことを見越して作ってきたこの場所に、途中でリタイアするかもしれない人間がいることをどう思うだろうか。


「…………いろいろと合点がいったわ」


 少しの沈黙の後、フレインがぽつりと口を開いた。


「ユイちゃんがうちに来た時から、どことなく生き急いでいるような子だなって感じがした。今の話を聞いて納得したよ。ユイちゃんは、生きているうちに、探掘者になりたいんだ」


 その言葉に、ユイはゆっくりと首肯する。


 幼いころに、自分の命に限りがあることを知った。

 同じころ、初めて自分でやりたいと思えるような夢を見つけた。

 それからはどうしたら探掘者になれるか、なるためにはどうしたらいいかと考える日々が続いた。

 その間にも実験体として体をいじられることがあったが、夢を叶えるためにくじけてはいけないと、自分を鼓舞し続けた。

 弟と一緒に、隠れて勉強もした。

 弟がいなくなってからは、ひとりで将来についてを考える日々が続いた。


 そして、運命の分かれ道。

 自分の夢を叶えるために決断し、決行した日。

 とても大変だったけれど、あの日を後悔したことはない。

 あの日から、ユイの本当の人生が始まったと言っても過言ではないのだ。


「……私、初めてここにきて、フレイン先輩の話を聞いて思ったんです。ここなら、私がやりたいことが叶うかもしれない。同じこと考えている人が、私以外にもいたんだって」


 このサークルは居心地が良い。

 みんなのやりたいことが分かっていて、同じような目標に向かって進んでいるのが分かるから。

 お互い助け合いながらも、過干渉になることもなく、自分のペースで好きなことができるこの場所が、ユイは一等気に入っていた。


 ──だから、フレイン先輩の話に私も含まれていることを知って、うれしいけど……申し訳ないんだ。


 学校を卒業してもこのメンバーで仕事をしていく。

 それはとてもうれしい話であり、反対にそこまで自分が生きていられるのかという不安を感じるものでもあった。

 特にそれを望んでくれている先輩たちに、どう切り出せばいいのか、悩んでいなかったといえば嘘になる。


「迷惑をかけてすみません。でも私、この命が続くまで、やりたいことをやるって決めたんです。それには、この場所がすごくいい……。

 また迷惑をかけるかもしれません。だけど私も、先輩たちと一緒に夢見ていいですか? 一人前の探掘者になれるよう、先輩たちと一緒にいていいですか?」


 お願いしますと頭を下げる。

 この場所がいいのだ。知らないうちに、そう思えるほど、ここの場所に馴染んだ。授業や必要最低限でしか、人との馴れ合いはしなくていいだろうと思っていた。

 だけどこのサークルに入って、先輩たちと知り合って。多分そこから少しずつ、変わっていったのかもしれない。


 気付けばルームメイトともほどよい関係を保てていて。

 授業以外でも、関わりあいを持つ同学年の学生ができて。


 楽しいのだ。

 自分が思ったより、この学生生活を楽しんでいる。

 自分の夢を叶えるために学校へ入り、多くの知識を得ようと授業もたくさん取った。

 正直人との関わりは最低限でいいと思っていたのに、気付けば少しずつ周囲に人が増えた。

 こんなふうに思える日が来るなんて、夢にも思わなかった。

 

 そんなふうに思えるきっかけになったこの場所を、ユイはそう簡単には諦められない。

 さすがに断られるかもしれない。

 拒絶の言葉を覚悟しつつ、ユイはフレインたちの返答を待った。




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