秘密②
ふっと意識が戻ると、ユイは地面に倒れていた。
自分はなぜ地面に倒れているのだろうと、ぼんやりとした頭で考える。
その周りには、焦ったような表情のフレインとイサクの姿が。
「……こえるか。おい、……。……ないぞ」
「ユイちゃん、……! ……しようか、いったん…………先生を……」
2人の言葉が耳に入るも右から左へと通り抜けていく。
聴覚はあまり機能していないけれど、思考はだんだんと戻ってきて、自身に何があったのか理解していく。
慌てる先輩たちの言葉に、先生という単語を聞き、ユイは待ってと言葉を発した。
「先生は呼ばないでください。私のカバンに、いつもの薬があるので、それをいただければ大丈夫です」
そう伝えたつもりだが、自分がちゃんと言葉を話せていたのか正直怪しい。
それでもフレインが「薬ね」と言っていた気がするので、おそらく伝わったのだろう。
「おい、移動させるぞ」
イサクがそう言い、地面に倒れたままのユイを抱え上げ、近くの小さな2人掛けのソファに寝かせてくれた。
「ユイちゃん、薬ってこれでいいのかしら?」
ようやく聴覚が戻ってきたようで、フレインの言葉がちゃんと聞き取れた。
彼が手にもつ薬を見て、こくりと頷く。
「ありがとう、ございます」
「はい、水も……って、もう起き上がっていいの?」
「起き上がらないと、薬、飲めないので」
ユイはゆっくりと体を起こし、フレインが持ってきてくれた薬を一気に飲み干す。
最近効き目が感じにくくなっている薬ではあるが、今はないよりましだろう。効果が表れるのに少し時間はかかるので、それまではおとなしくしておいたほうがいいかもしれない。
「……お騒がせしました」
ユイはフレインとイサクに向かって頭を下げる。
まさか、このタイミングで自分が倒れるとは思っていなかったので、2人はさぞかし驚いたことだろう。
「別にそれはいいのよ。……それよりも、一度先生に診てもらったほうがいいんじゃない? 急に倒れるなんて……どこか悪いんじゃ」
フレインが心配そうに、ユイの顔をのぞき込む。
だが彼のその申し出に、ユイは首を振った。
「いえ、診てもらわなくて大丈夫です」
「……本当にいいのか? さっき、フレインが触診したとき、お前の魔素の流れが一時的に止まってたみたいだぞ。魔素の流れが止まるなんて、よほどがない限りおきないはずだ」
「……それなら、なおさら大丈夫です。魔法医が診たところで、治るものでもないので」
ユイが倒れた時の状態を知り、会得がいった。
ただの風邪や身に覚えのない不具合であれば彼らの言う通り素直に魔法医に見せようと思うが、それ以外の理由であれば見せたところで仕方がない。倒れる原因となった症状は、ユイが一番よく理解しているからだ。
「……カミラ、エフィナシーナ、フィスティル。ほかにも使っているようだけど、主だったのはこのあたりかしら。特にフィスティルは、魔素の吸収や放出の循環を良くする薬草として有名ね」
唐突に語りだすフレインの言葉に、ユイは驚いて彼を見る。
「どうして……それを……」
「あら、あたしの生家は薬草園をやってるのよ? ユイちゃんがよく採取している薬草から、丸薬として有効性があるのを考えるのはたやすいわよ」
フレインは薬草についての知識は明るいのであった。ユイが採取する薬草から、どのような薬を作れるのかを導き出すのも簡単なのだろう。
ユイはどうすべきか悩んだ。
今さら何でもない風を装っても、彼らはきっと納得しないだろう。それにユイの魔素の循環が一時的とはいえ止まっていたとまで知ってしまったのだから。
だけど2人に話したところで、困らせてしまうのは目に見えている。かといって、何も知らせないままでいて、いざというときにまた困惑させてしまうのも申し訳ない。
そんなユイの様子を見てか、フレインが「少し真面目な話をいいかな」と言って、ユイの向かいの椅子に腰を掛けた。
「本当は、ユイちゃんのコース選択の試験が終わったときにでも話そうかと思ったのだけど、今この場で話をしてしまうね」
イサクはフレインが話す内容を知っているのだろうか。さして驚くそぶりも見せず、近くの椅子に座っていった。
ユイも真面目な話ということで、ソファの背もたれに体を預けながらも姿勢を正す。
「確かユイちゃんが初めてここに来た時だっけ……あたし、話したことあったよね。卒業したら、新たな組織を作っていくって。このサークルはそのための下地でもあるんだって」
フレインの言葉にユイは頷き返す。
初めてユイがこのサークルに訪れ、加入させてくれと言った日の話だ。2年前のことではあるが、ユイにとって同じような志を持った人がいるという事実に驚いたので、今でもよく覚えている。
「まあ実際、順調に進んでいるかと言われたら全然なんだけど……なんせあたしたちは学生で、まだまだ勉強中の身。知らないことだらけで、今は知識を補充していくので精一杯」
「でもね」と区切り、フレインはユイやイサクを順にみる。
「不可能じゃないって、思っている。イサクとユイちゃん……もしからしたら今後増えるかもしれないけれど、本当にできるんじゃないかって思っている。ううん、このメンバーならやっていけるって信じている」
その顔に嘘はない。フレインは、本当に自分たちなら成し遂げられるという自信をもって言っている。
「将来的に、イサクやユイちゃんとは長い付き合いになっていくと思うの。だからね、できることならあまり隠し事はしないでいきたい。特に体調面については」
フレインの話の行く先に気づく。
彼はユイに話しているのだ。
自分たちに、ユイ自身のことを話せと。
「隠し事せずって……魔法使いなんて、隠し事があってなんぼだろ。すべて話せって、無理があるぞ」
「それは知ってるわよ。あたしだって、さすがに話せないことはあるし。そうじゃなくて、話せる範囲で、みんなで情報共有はしていきましょうってこと。長い付き合いになっていくならなおのこと、居心地いい場所にしたいじゃない」
それはフレインの本音だろう。
居心地のいい場所にしたい。
現に、ユイにとってもこの場所は、一番落ち着けるいい場所となっている。
──……彼らになら、話してもいいのかもしれない。
ふと、そう思った。
特に今までも、ユイは自身のことについて隠していたというわけではない。
話す必要性がない、そう考えていたのだ。
だけどフレインの話を聞いて、ユイも含めて将来のことを考えてくれている。
ずっとこのメンバーで、やりたいことをやるために走り続けていこうと言っている。
それであれば、必ずどこかでユイのことは話さないといけない。それが今この瞬間であるというだけの違いだろう。
「……フレイン先輩、イサク先輩」
ユイは一度、飲みかけの水を飲み干した。そして改めて2人に向き直る。
「……私、おふたりに話さないといけないことがあります。あまり面白い話じゃないんですけど……聞いてくれますか?」
ユイは勇気をもって伝えた。
自分の話をするのは、今回が初めてだ。自身の身の話をするなら、どうしても家の話もしていかないといけない。それは絶対、明るい話にはならない。
「……いいのか? 別にこいつが言ったからって、無理に話す必要はないぞ」
「……大丈夫です。それに、いつかは話さないといけないって思ってはいたので……それならば、今話してもさして変わりはありませんから」
「ユイちゃん……えぇ、もちろんよ。でも無理しなくていいからね。まだ体調も良くないだろうし」
心配してくれる先輩方に軽くうなずき、ユイは小さく深呼吸をする。
そして、ユイは意を決して言葉を吐き出した。




