秘密①
「はぁ……」
あの日から数日が経ち、しばらく話しかけないでほしいと伝えたからか、ここ最近はニーナが突撃してくることもない。いたって平和な日々が訪れてはいるものの、根本的解決には至っていないため、いまだに悩みの種となっている。
──最終手段、フィリスティン家に直接手紙を出せば、さすがに彼女の父親が何とかしてくれる気はするけど……。あぁ、伝言蝶が切れてたはずだから、まずはそれを買い足して……。
そこまで考え、頭の奥のほうでまたずきんと痛みを覚え、思わず顔をしかめる。
少し良くなっていた体調も、ニーナが現れたことで悪化の一途をたどっていた。しかも今まで飲んでいた薬の効果も薄れてきており、新しく調合しつつある薬もいまいち効果が感じられていない。
定期的に痛む頭を抱えながら、ユイは勉強以外の事由に頭を悩ませる時間が増えていた。
「……ちゃん、ユイちゃん」
「……え、あ、はい」
自分の名前が呼ばれた気がして、反射的に返事をする。
意識を現実に戻すと、机を挟んだ席に座るフレインが、心配そうにユイの顔をのぞき込んでいた。
「大丈夫? さっきから顔を何度もしかめているようだけど」
「あ、はい、大丈夫です……」
「顔色悪い奴が言っても信ぴょう性ないぞ」
窓際に座っていたイサクも口を挟む。
今日は4コマ目の授業が終わってから、隠し部屋のほうに来ていた。
その後にフレインやイサクもやって来て、各々勉強の時間を取っていたのだ。
「顔色……悪いですか?」
「悪いね。昨日から思っていたけど、今日はさらに悪くなってる気がする」
「……そんなに?」
「そんなに、よ。今日はもう早く寝てしまったほうがいいじゃない? 薬草の世話は、あたしのほうでやっておくから」
それは悪い、と思いながらも、先ほどからやけに頭が痛い。熱っぽさは感じないけれど、この頭の痛さが続かれると、勉強に集中できないかもしれない。
──さすがに今日はおとなしく休んだほうがいいのかも。
そう考えるくらい、今日のユイは朝から不調を感じていた。
今の頭痛以外にも、授業中何度か意識が飛ぶことがあったし、呪文学の授業ではうまく魔素のコントロールが取れず、先生からも心配されるほどだった。
連日の悩み事が体調にも表れているのなら、なるべく早く取り除くに越したことはない。
「……そう、ですね。今日はもう休もうと思います」
ユイは素直にフレインの言葉にうなずいた。
幸いにも今日中に終わらせたい課題はすべて済んでいる。いくつか残っているものの、明日に回してもさほど影響はないはずだ。
ユイは机の上で開いていた教科書を閉じる。
身の回りの荷物を整え、すでに飲み終えたコップも片していく。
「あ、フレイン先輩。先輩が育てている薬草、いくつかもらっていってもいいですか?」
ふと、ユイは調薬に使っている薬草がそろそろなくなりそうだったというのを思い出す。薬自体がそろそろなくなりそうなので、できればそれだけでも調合しておきたい。
「いいわよ。ていうか、別にあたしの許可取らなくてもいいって前にも言ったわよね」
「そうですけど……やっぱり、何か申し訳なくて」
「じゃああたしも手伝うわ」と言って、立ち上がるフレイン。申し訳ないと思いつつ、ユイも薬草の部屋へ移動しようと足を踏み出した時だった。
──……あれ?
突然心臓がバクバクと音を立てて聞こえ、呼吸が早くなる。
頭の先から熱が逃げていくような感覚に陥り、思わず近くの壁に手をつく。
「……どうした?」
誰かがユイに向かって話しかけているように思えたが、自分の心臓の音と呼吸音でうまく聞き取れない。
だんだんと血の気が引いてきて、立っているのもやっとだ。
すると今度は、目の前がだんだんと白くかすんできて、何も見えなくなる。
耳元で甲高いキーンという音が鳴り響き、周囲の音が聞こえなくなってきた。
──あ、落ちる……。
まぶたが異様に重くなってくる。
痛む頭の隅っこで、意識が落ちると認識しながら、ユイは抗えないまぶたの重さに従って、そのまま意識を失った。




