入学式③
一行は途中食事休憩を挟みながらも、順調に道を進んでいく。
道中王都近くの道を通り、馬車越しでもその喧騒が伝わってくるほど活気溢れる様子を見られた。エギルとマールから、王都で有名な建物を教えてもらうだけでも、ユイにとってはとても興味深かった。
太陽がかなり西に傾き始めた頃、16時の大鐘が響き終わった時に、ユイたちは目的地付近にたどり着いた。
ユイが馬車を降りた時、まず目にしたのは背の丈以上の高い石塀だった。それは左右に長く伸びており、塀の内側を見ることは出来ない。そのため、その奥にあるであろう学校自体も全く見えなかった。
少しの戸惑いと見慣れない景色への好奇心があったが、ユイはまず馬車から自身の荷物を順番に降ろしていく。
「忘れ物はないな? 私は中には入らないから、エギル、マール、ユイのことを頼むぞ」
全ての荷物を降ろし終えたあと、叔父が兄弟に向かって言う。
任せろと言うエギルたちに頷き返し、サロモンはユイにも言葉を告げた。
「ユイ、何か困ったことがあればエギルやマールを頼りなさい。あとソフィアも言っていたが、長期休みは遠慮なく家に帰って来なさい。あそこはもう、お前の家でもあるんだから」
叔父と叔母の言葉は、心から心配して言っていると分かるから、ユイはその優しさが少しむず痒く感じる。けれどそれを表には出すことなく、分かりましたと返事をした。
暗くなる前に近くの宿に移動する叔父を見送る。
馬車が角を折れ、姿が見えなくなったところで、ユイたちはくるりと背後を振り返った。
「さぁ、ユイ。まずは入口で手続きを済ませよう」
「学校の敷地内と外を出入りするには、まずこの門で申請が必要になるんだ」
兄弟から説明を受けながら、ユイは門番に入学証を手渡し、手続きを済ませていく。
少し時間はかかったが、無事手続きが終わり、入学証の代わりに手元には学生証が渡された。
すると、固く閉じられていた門が、鈍い音を立てながら内側に開いていく。
完全に開ききったあと、ユイは思わず感嘆の声を上げていた。
「「ようこそ、我らが学び舎、レイスヴィーグ大学校へ」」
門の向こうには、王都の活気あふれる街並みがそのまま移ってきたかのような賑やかさがあった。
道の両端には様々な露店が所狭しと並べられ、店主たちが道行く人たちに声をかけている。ふと視線を上へと持っていくと、浮遊魔法を使っているのだろう、空中にもいくつか店があるようで、箒に乗った客が品定めをしているのが見える。
そんな道のさらに奥、少し小高い場所には立派で大きな建物がある。風貌からして、あれが校舎だろう。
「どうよ、ユイ。驚いただろ?」
エギルの言葉に素直に頷く。
そうだろうそうだろうと、マールも後に続く。
「学校用品から日用品、食料品まで、日常生活を送る上で必要なもんはここに来れば全部揃うほど品ぞろえは豊富だ。学校の敷地の外に出ることなく、買い物は済ませられる」
「さらにさらに、ここから左の道に進んでいけば、娯楽施設もあるときた。ちょっと息抜きしたければ行ってみるといい。優しい先輩たちがわんさかいて、いろんな遊びを教えてくれるぞ」
エギルとマールの紹介を交互に聞きながら、3人は賑わう人の間を縫うように歩いていく。
ちょうど露店が途切れた少し先で、道が幾重にも分岐している通りに出た。
「ここからは基本学生しか行き来しない。この分岐路から真っ直ぐ……そう、このいちばん広い道幅の通りが、校舎へ続く道だ」
「そんで看板が立っている通り、この分岐路の左右へ進むと低学年の寮がある。左が男子寮、右が女子寮な。4年生以上は、それぞれ専門コースごとに寮が分かれてるが、今はまだ覚えなくていいだろ」
今の場所からでも、左右奥遠くの方にちらっと建物が見える。おそらくそこが、学生寮なのだろう。
「あいにくだが、俺たちの寮はまた別のところにあるから、案内できるのはここまで。道のりに歩いていけば、途中に誰かしら立っているだろうから、何かわかんないことがあったら聞くといい」
「それじゃあ、頑張れ」と2人は言い残し、校舎のある道の方を歩いていく。
ユイは途中まで2人の姿を見送ったあと、言われた通り右側の道に向かって歩き始める。
寮までの道は遠いのかと思っていたが、想像より近かった。
新入生が迷わないようにと、道の途中途中に先輩たちが立っていた。だが寮までの道はほぼ一本道のようで、迷う要素はどこにもなさそうだ。それでも、少し心細さを感じている新入生にとっては、間に先輩たちがいることで、安心する効果がありそうだった。
寮の真ん前にたどり着くと、入口に1人の女生徒が立っていた。制服姿のその生徒は、分かりやすく腕に「寮長」と書かれた腕章を着けていた。
「新入生ね。名前を教えてくれるかしら」
「はい。ユイ・フェールディングです」
名を告げると、どこからか現れた羽根ペンがひとりでに宙を動き、寮長が広げた巻物に印をつけた。
「あなたで最後ね。これは部屋の鍵よ。動けと魔法で伝えれば、部屋まで案内してくれるわ。あ、部屋は2人1部屋よ。あと、部屋の机の中に寮内の規則や敷地内の地図があるから、きちんと確認すること。分からないことあれば、同室の子に聞くか、寮にいる先輩たちに聞きなさいね」
必要事項だけを述べて、寮長は巻物と羽根ペンをしまい、すたすたと今ユイが来た道を歩いていってしまった。
ユイはしばし、ぽかんと寮長の背中を眺めていた。
そしてはっと我に返り、外套のポケットに入れていた杖を取りだし、先ほど手渡された鍵に向ける。
「鍵よ、動け」
鍵に向かって魔法を唱えると、鍵がブルブルと震えだし、小さな虫のように宙に浮いた。そのまま寮内に向かって飛んでいく鍵に、ユイは荷物を持ち直してついて行った。