喧噪の新入生③
また来るという言葉通り、その後もユイの前に何度かニーナが現れた。
初めの数回は、何とかあきらめてもらおうと話し合いをしてみたが、それらはすべて徒労に終わった。
今はもう、彼女が自分を探している気配を感じると、咄嗟に隠れてやり過ごすようになっていた。
「ユイお姉さま、いらっしゃいますか!」
魔法言語学の授業が終わり、そろそろ教室を移動しようかと思っていた矢先、教室の入り口にニーナが現れた。
まだ教室に残っていた3年生が、またかという表情で彼女を見やる。
ニーナは教室全体を見回し、ユイとよく一緒にいるアストルに目を付けた。
「失礼、ユイお姉さまはどこにいらっしゃいますか?」
先輩に対するにはあまりに慇懃無礼なその姿。アストルは最早慣れたように返答する。
「ユイなら次の授業があるから、もう出ていったよ」
「ユイお姉さまの次の授業の教室はどこですの?」
「さぁ、さすがに俺もそこまで知らないよ」
「そうですの……」
ニーナは礼も言わずに、自身の従者を引き連れて教室を出ていった。
「……毎日毎日、大変だな」
「……ありがとう、アストル」
ニーナが完全に教室を去ったことを確認して、ユイは自身にかけていた認識疎外の魔法を解いた。
ここ最近、授業終わりの教室にニーナがよくやってくる。ユイが彼女に会うのを避けているのを感じ取っているのだろうか。そのため授業が終わるとすぐに、認識疎外の魔法をかけ、相手から自分のいる場所を悟られないようやり過ごすようになっていた。
今日は偶然アストルが隣の席に座っていたこともあり、彼のおかげでニーナはあっさりと教室を出て行ってくれた。
「一回ちゃんと話したらどうだ? 付きまとわれて迷惑だって」
「もうすでに散々伝えた結果がこれなの……。最近は寮の自室までくる勢いで……」
「うわ、マジか。言いたいわけじゃないけど、本当にユイの親戚? 貴族とか世間知らずとか抜きにしても、あれやばいでしょ」
「もう、本当に、その通りで……」
ユイ自身、ここ最近ゆっくり休めた例がない。気を抜いたら、ニーナに見つかり、永遠とフェールディング家の当主になるよう話聞かせられるのだ。
──本当に、絶対に、ありえないのに。
何度ユイが当主になる気がないとその理由も含めて伝えても、ニーナはそれがどうしたと言わんばかりに話を自分のほうに持っていく。心の底から、フェールディング家の当主はユイ以外ありえないのだというのだ。
あまりの話の通じなさに、ユイはもう対話をあきらめて、逃げ回る選択肢を取った。
寮でも待ち伏せされているときがあり、日によっては隠し部屋で夜を過ごすこともある。フレインやイサクには簡単に事情は説明しており、実際に数回その現場に居合わせているため、ユイが隠し部屋で寝過ごしやすいよう小さな小部屋のスペースを開けてくれた。
周囲の人たちにまで迷惑をかけてしまっている状態で、早く解決しなければと思いつつ、話の通じない相手にどのように対すればいいのか悩みの種にもなっていた。
「まあ、できること少ないかもしれないけど、なんかあったら言って? いざとなったら、先輩風吹かしてでも、一発強く言ってやるから」
「迷惑かけてごめんなさい。私のほうでも、いい解決方法がないか考えておくから……」
アストルにも何度か迷惑をかけてしまっている。あまりこれ以上、助けてもらうわけにはいかない。
ユイは自身で解決できるよう努めると言い、次の授業があるため、アストルを残し教室を後にした。
その日の、夕方。
本日最後の授業が終わり、多くの人が教室を出て食堂へと向かっていく。
5コマ目の授業の後は、ニーナがやってくることが少ない。束の間の時間に安堵しつつ、ユイは教科書を片付けながらこの後のやることを整理していく。
そんな最中、ユイに声をかけてきた学生がいた。
「ユイ・フェールディング、少し話をいいだろうか」
話しかけてきたのは、クリスティン・ハワード。ユイと同じく、5家の名を冠するハワード家の嫡子である。授業中に話すことは何度かあったが、授業外でこうやって話すのは1年生以来である。
今日はいつもいる従者や取り巻きたちの姿が見えない。どうやら彼1人で来たらしい。
「構わないけど……話って何?」
「ニーナ・フィリスティンについてだ」
そう言いながら、クリスティンは2人の周囲に遮音魔法を施していく。周囲の人たちに会話が漏れないように配慮してくれているのだろう。
「実は、ニーナ・フィリスティンがつい先日、俺のもとにやってきたんだ」
「ニーナが……?」
ユイはここ最近、3年が授業を受ける教室にまで彼女がやって来て、ユイを探していることについての話だと思っていた。だが彼の口から話されたのは、ユイの想像とは違っていた。
「あぁ。彼女曰く、5家として、ユイ・フェールディングをフェールディング家当主となるよう他家に推薦してほしいという話だった」
一般的ではないが、貴族家の場合、他家の推薦を持って当主の座につく道というのがある。
だがしかし、その多くは同族一門内の家同士で話し合われるため、関係ない家が間に入るということはないに等しい。
ユイはもはや、めまいがするようだった。
「なんてことを……」
「もちろん、断った。5家とはいえ、他の家のことに口出しする権利はないからな。それに俺は、まだ次期後継者の立場だ。推し進めたいなら、俺ではなくハワード家当主にでも掛け合うべきだと伝えておいた。まあ、もしその話が上がってきたとしても、父様も同じように断ると思うが」
ニーナはユイが当主になるためなら、何だってやるといった。もはや彼女は、ユイではなく、その周辺から手はずを整えていこうとしているのだろうか。
「……教えてくれて、ありがとう。それと、迷惑かけてごめんなさい。もう一度、彼女とは話をしてみるわ」
「……他家のことだから、あまり口出しするつもりはないが、大丈夫なのか。最近の様子は見聞きしていたが、話が通じるタイプとは思えなかった」
「そうね、話が通じなくて困っているわ。だけど……これ以上、周りに迷惑をかけないうちに、対処してしまわないと」
ユイはニーナともう一度話そうと決心した。そして今度こそ、ユイの考えを理解させようと。
ユイはクリスティンに礼を言い、どのように話し合いの場を設けるか、思案しながら教室を出ていった。




