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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
3年生編
37/52

喧噪の新入生②



 ここ数日のフレインの過保護が功をなしたのか、新学年を迎えるころには、ユイの体調はいったん落ち着きを見せていた。

 そしてあっという間に、入学式も終わり、新たな1年生を迎えた生活が始まっていった。




「──というのが、俺が考える人工魔石製造の本来あるべき形だ」

「……確かに、一理あるとは思うけれど」


 昼休み。

 食堂のいつもの一角で、ユイはギルフィとその従者というクルト・フレミードと一緒に昼食を摂っていた。そしてその傍らで、ギルフィの話を聞いていた。

 数日前にギルフィが行っている討論会で出た話題を、改めて2人で話し合っていたところだ。クルトはギルフィの話題にさほど興味がないのか、話に交じるでもなく、ただ黙々と麦粥を食べている。


「だが、現状は理想論であることに変わりはないがな。特に鑑石課の連中は、人口魔石は悪用されるリスクのほうが高いと謳って、研究そのものを破綻させたことがあるらしい」

「そうなんだ。それにしてはずいぶん詳細な話が多かった気がするけど」

「大まかな概要自体は、他の人が書いた論文等で世には出ているからな。あとは……一応噂では、王立図書館の禁書棚には過去の研究資料が残っているという話だ。まぁ、禁書棚に入れる人間は、許可された人間しか立ち入ることができないし、俺たちみたいな学生は一生入れないけどな」


 けれどギルフィの話はこれまた興味深かった。

 自然に生まれる魔石とは別に、人の手で魔石を作ることができたらどうなるか。確かにリスクは多そうだが、それでも利点も多いのは確かだろう。

 ユイ自身、近しいことは以前一度行ったことがある。その時の記憶を頼りに、人口魔石を生むこと自体はできなくはなさそうだ。

 いずれ時間が空いた時にでも試してみようか。そう試案していると「ユイ、いたー!」と叫びながらテーブルにやってくる2人がいた。


「ユイー、助けてー!」

「マジでお願いします!」


 両手に巻物や本を抱えたハンナとアストルが、悲痛な表情をしながらやってきた。


「2人とも、大声で叫んで周囲に迷惑だろう。それにしても……なんだ、その手に持っているのは。もうすでにそんなに課題が出る授業があるのか?」


 ギルフィが2人をたしなめながら、手に抱えているものを見て首をかしげる。


「違くて、これ全部ガジャ先生から渡されたんだよ」

「あの先生ありえない! これ明日の総合科目の授業までに終わらせろっていうんだよー? これから授業もあるのに、終わらないよー」

「今までの成績が悪い学生に追加課題を出してるっていうけど、なんで今なんだよ……。その時その時に出してくれたらいいだろうに……」


 ユイとギルフィの隣にそれぞれ座り、テーブルに抱えていたものたちを広げながら嘆く。

 ハンナが持っている巻物を拝借して、軽く流し読んでみる。

 確かに量としてはかなり多そうだ。だが、ユイはそこに書かれた課題に見覚えがある。


「……これ、1年の時に試験に出た問題だよ? あ、これも……」

「……あぁ、そうだな。確かに量は多そうだが、1年の内容であれば明日までに頑張ればできるだろう」


 ギルフィもアストルの巻物を開き見て言う。

 今まで口を挟まなかったクルトがぼそりとつぶやく。


「そのくらいの量ならよかったのでは? その課題の倍の量を抱えた学生を見ましたけど」

「……そうなの? これで少ないほうなの?」

「うそー……ねぇ、ユイ。お願い助けて」


 もはや泣きそうな表情ですがるハンナを見て、ユイはどうしようかと悩む。

 この課題を見る限り、ほとんどがレポート提出のようだ。一問一答形式であれば、その答えを教えることはできるが、レポートとなるとある程度設問の論点を教えることしかできない。実際に文章として書きあげるのはハンナ自身になる。

 だけどここまで助けを求められている手前、無下に断るのも気が引けた。

 少しだけならいいだろうか。

 そう答えようとした矢先、


「見つけましたわ! ユイお姉さま!」


 甘ったるい声が耳に届き、その声に覚えがあるユイは思わず身構える。


「お久しぶりですわ、お姉さま」


 一呼吸して、声のしたほうに顔を向けると、そこには満面の笑みでユイを見つめるひとりの女学生の姿。そしてその半歩後ろには、気弱そうな男子学生。

 人覚えが悪いユイでも、彼女に関しては強く印象付けられている。


「…………久しぶり、ニーナ」


 名前を呼ぶと、さらに笑みが深くなり、もはや感極まって泣きそうな感じだ。


(……誰、あの子。1年だよな?)

(見てー、あからさまに嫌そうな顔するユイ、初めて見たー)


 こそこそとハンナとアストルが話しているのを片耳で聞きつつ、ユイは何用かと尋ねる。


「わたし、お姉さまのこと探していたのですよ? 伝言蝶でお話したいって言ったじゃないですか。それなのに寮でも校内でもなかなかお姉さまに会えずに……ずいぶん探したんですよ?」

「あー……そうだったんだ」


 確かに入学式の数日前に伝言蝶が届いていた。

 だが軽く目を通しただけで、ちゃんとその中身は読んでいない。それに以降は、ほとんど隠し部屋にこもっていることが多かったので、寮でも彼女にあう機会がなかったのだろう。


「おい、君。今俺たちは話中だったんだ。1年生だとしても、上級生の話に割り込むなら、まずはそれなりの礼儀があるだろう?」


 少し厳しめの口調でギルフィが間に入る。

 彼女は眉を寄せ怪訝そうな顔でギルフィを見やる。だが、現状彼が言っていることが正しいので、反論はできない。


「……ご歓談中失礼いたしましたわ、先輩方。では改めて、自己紹介を。わたしはニーナ・フィリスティン。フェールディング一族の分家がひとつ、フィリスティン家の者ですわ」


 フェールディング家を本家として、分家がいくつか存在する。そのうちのひとつ、フィリスティン家は分家の中でもそれなりの地位にあり、本家であるフェールディングの者たちとも近しい間柄であった。

 そのためユイも彼女の家の者たちとは、数度顔を合わせたことはあるが、ニーナに関してはどうにも苦手な存在だった。


「……それで、用件は? 私たちも暇じゃないんだけれど」


 ユイはさっさと用件を話すよう伝える。

 ニーナはユイに話しかけられ、嬉しそうな表情のまま答えた。


「ユイお姉さま、フェールディングの当主にお戻りくださいませ」


 ──……やはり、その話か。


 彼女の用件を半ば察してはいたが、やはりその通りだった答えに思わずため息が漏れる。


「……ニーナ、それはない。すでに一族会議で現当主に決定しているよ。それに私にその意思はない。残念だけど、それは絶対ない」

「いいえ、ユイお姉さまはフェールディングの直系ではありませんか。現当主もその血を引くとは言いますが、相応しいのはユイお姉さま以外ほかにおりません。ニーナは、ユイお姉さまがお戻りくださるなら、なんだってしますわ」

「直系だからっていう考え方はもう古いよ。それに、そもそもあなたの父親が現当主を推したのよ。私を説得するよりも、まずは自分の父親を説得するべきじゃないかしら」


 ニーナ父親であるフィリスティン家現当主は、ユイのことを嫌っている。正確には、本家であるフェールディングそのものを嫌っているとでも言おうか。そんな彼が娘の言うことをそうやすやすと聞くとは思えない。

 それにユイ自身、当主の座には興味ない。一時期、当主として仕方なく受け継いだことはあるが、それも2年ほどですぐに譲渡している。今更戻れと言われたところで、現当主体制が整い始めた今、一族全員が賛成するとは思えない。


 ユイの言葉に、ニーナは悲しそうな表情をする。

 なぜ彼女はこんなにもユイを当主に据えたがるのか。


 ──そもそも、ここまで懐かれる覚えもない。


 数回あったことがあるといえど、言葉を交わしいたのは幼い時分に1、2回ほどのはずだ。

 ここまで慕われるのは、いったいなぜなのか。


「お父様はわたしが説得いたしますわ。ほかの分家の方々も、お姉さまのすばらしさを伝えれば、きっと考えを改めてくれると思います」

「そう簡単にいくとは思わないけど……。とりあえず、私は当主に戻るつもりは毛頭ない。

 そろそろいいかな? 私たち次の授業の準備があるから、これ以上あなたと話す時間はないけど」


 少し冷たく突き放すと、ニーナはいよいよ両目に涙を浮かべてすがるような表情をしてきた。

 だけどユイ以外の周囲の人たちもぼちぼちと移動し始めている姿を見て、寂しそうに分かりましたと言った。


「今日はこのあたりで失礼いたしますわ。ですがお姉さま、わたし、あきらめきれないんです。またお時間あるときにお話しさせてくださいませ。……それでは、失礼いたします」


 そう言い残し、ニーナはとぼとぼと食堂を出ていった。

 気弱そうな男子生徒も、ユイたちに軽く頭を下げて、彼女の後を追っていった。


「…………はぁ」

「えっと……ユイ、お疲れ?」

「なんか話通じてなさそうな子だったな」

「……白桃のゼリーがあった。食うか?」


 戸惑いを見せつつ、ハンナ、アストル、ギルフィはそれぞれユイに労いの言葉をかける。クルトでさえ「あの1年生、あまりに失礼すぎる」と静かに憤慨していた。


「なんか、ごめんなさい。お騒がせして」

「いや、俺たちは別に……」

「ユイのほうこそ大丈夫なのか? あの感じだと、自分が欲しい答えが返ってくるまで、君に付きまといそうだぞ」


 ギルフィのいうことはもっともだ。ユイの嫌だという言葉が、彼女に伝わっている気がしない。遅かれ早かれ、また同じようなことを言われそうだ。


「善処する……白桃ゼリー、もらう」

「びっくりしたー……。ユイ、何か困りそうなことあったら言ってねー? 私でどのくらい対処できるかはわからないけど、いつも勉強見てもらってるから、こういう時くらい手助けするよ?」

「俺も、ユイには世話になってるし」


 ハンナとアストルの心意気に感謝しつつ、ユイはギルフィからもらった白桃ゼリーを食べて心を落ち着かせることにした。



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