喧噪の新入生①
「ダニエル先生、マンドラゴラの剪定終わりました。あと希望通り、失血薬と気つけ薬、その他諸々の調合もできたので、いつもの棚に仕舞ってあります」
「お、終わったのかい? ありがとう、ユイ・フェールディング。助かったよ」
季節は廻り、ユイが学校に来てから3度目の桜の季節を迎えていた。
今年の入学式を数日後に控えた今日、ユイは薬草学の担当教員であるダニエル・グレティーソンの研究室にて、彼の手伝いをしていた。
「……うん。これで全部だね。いや、本当に助かったよ。今まで手伝ってくれていた6年生が忙しくて来れなくなるって聞いてどうしようかと思ったけど、君に来てもらって本当に良かった」
この話を持ってきたのはユイの親戚にあたるエギル・アクラネスだ。
どうやらこの学校には、教員補助というものがあり、学生でありながら教員の授業の手伝いを行うことができるのだという。しかもこの教員補助には、給与制度もあり、手伝いをしながら給料も入り、かつ補助する教員によっては授業以外の知識等も得ることができるという、一石二鳥の仕組みとなっている。
ただ誰でもできるというわけでもなく、教員補助を希望している教員から直接話を受けるか、補助するに相応しい人物を他推薦するしかない。
もともとエギルに話が上がっていたようなのだが、エギルは魔法医療コースに進んでおり、6年生となった今、実習等で時間が取れないのだという。その代わり、エギルの知り合いで、かつ1年次に魔法薬の授業で好成績を収めていたユイに話が移っていったというわけだ。
「でもできれば魔法薬の授業は取り続けてもらいたかったよね……3年の授業は取るつもりある?」
「えっと……すみません、魔法薬の授業と被って、他に取りたい授業を受けるつもりでした……」
「あぁ、いいんだよ。君くらい優秀な子だったら、魔法薬を極めていけるのにって思っただけなんだから」
気にしなくていいとは言われているものの、教員補助を任されている手前、ダニエルの授業を1年の時以外取っていないというのはいささか申し訳なさを感じる。だがほかに必要な授業がある手前、致し方ないことなのかもしれない。
「じゃあ、はい。今日の報酬ね。それとよかったらこれもどうぞ。ちょっとした伝手で、『森の民』からもらった種でね。多分コヅチみたいな名前の薬草らしい。私も今育ててみているのだが、できれば君も試してみくれないかな。それでもし開花したならばぜひ私に教えてほしい!」
そう言って、ダニエルは金銭が入った小袋と一粒の種を渡した。
ダニエルは報酬として、金銭のほかにこうして変わった種子を渡してくる。ユイからしてみればとてもありがたいため、こうして定期的に彼の手伝いを買って出ている状態なのだ。
「ありがとうございます。『森の民』からということは、この土地にもともと存在していたものかもしれないですね。早速植えてみようと思います」
お礼を言い、研究室を後にしようとするユイをダニエルは引き留めた。
「まだ何かありましたか?」
「あぁ、違うんだ。ついでにこれも渡そうと思ってね。よくあるハーブティーだ。手伝ってもらっているとはいえ、少し疲れているように見えたからね。体調管理は魔法使いとしてできて当たり前だが、これでも飲んで少し休息をとってみたほうがいい」
そう言って、茶葉が入っているだろう袋も追加で渡された。
「……ありがとうございます。あとでいただきます」
ユイは再度お礼を言い、今度こそ研究室を後にした。
ユイはそのままの足で、隠し部屋へと向かった。
今日の薬草の世話をするとともに、今し方いただいた種を早速植えようと思った。
いつものごとく、定期的に変わる入り口の魔法トラップを解除し隠し部屋へと入っていく。
「あら、ユイちゃん。久しぶりねぇ」
「フレイン先輩」
部屋には、フレインがたくさんの荷物に囲まれて立っていた。
「帰っていたんですね。お久しぶりです。長期休暇はゆっくりできましたか?」
「あー、休めたと言えば休めたけれど……半分以上家の手伝いに駆り出されたから、ゆっくりできたかと言えばなんとも言えないねぇ」
3年生はコース選択の試験ののち、他の学年とは違い4年次の授業の前に少し長めの休暇を与えられる。多くのものがその期間に生家へ帰ったり、旅行へ行ったりと各々の時間を過ごすのだ。
フレインは生家へ帰っており、ここ1か月以上会っていなかった。
「先輩のお家は、学校にも薬草を卸しているんですよね? この時期だと結構忙しいんじゃ……」
「そうなのよ。すっかり失念していたわ。それだったら、どこかへ旅行行けばよかったって後悔したわよ」
心なしか薄っすら肌の色が濃くなったように感じるフレイン。ぶつぶつと文句を言いながら、お土産だという品々をテーブルの上にどんどん置いていく。
「そういえば、イサクは? あいつも確か家に帰るって聞いてたけど」
「イサク先輩なら結構前に帰って来てますよ。今日は、実験体……になってくるとか言ってここにはまだ来ていないと思います」
「実験体……あぁ、魔法道具の試作品の実験体ね」
フレインは何のことか理解したのだろう。大変そうねぇと苦笑していた。
ユイはフレインがテーブルに置いていったお土産を食品とそれ以外に分けながら、フレインの話に相槌を打っていく。フレインの家の話や薬草を買いに来る客の話、普段聞いたことのない話に、ユイは思いのほか興味深く聞き入っていた。
「……そうだ。ユイちゃん、この後時間あったりする? 家からいくつか種子や苗をもらってきたの。この前少し拡張したスペースがまだ空いているじゃない? そこに植えようと思うんだけど」
「大丈夫ですよ。私もさっきまでダニエル先生の手伝いをしていて、お礼として初めて見る種をもらったんです。これを植えようと思っていたので、手伝いますよ」
「あら、本当? その種子についても詳しく聞きたいんだけど……」
そういって、フレインはユイの顔を見て首を振る。
「いや、今日はやめて明日にしましょう。ユイちゃん、あなた自分の顔色が悪いの気づいている? 今日はもう休んだほういいと思うわ。……あたしも寮の部屋移動がまだ完全に終わってないし、この荷物も整理しちゃいたいし」
「……そんなに顔色悪いですか? 種を植えるくらいできると思いますけど」
「いつもより顔に赤みがないわよ。あたしたちがいない間無茶してたんじゃないよね? ひとまず、今日はもう無理しちゃダメ。分かった?」
ユイとしてみては、確かに数日前から体全体が重いと感じてはいたが、動けないほどではないため問題ないだろうと思っていた。それにここ最近、いつも摂取している薬の効きが悪い気もしていたので、そのせいだろうとも思っていた。
問題ないと言っても、フレインは聞き入れてくれないだろ言うということは、この2年ほどの付き合いで理解しているため、ユイは渋々ながらも頷いた。




