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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
2年生編
35/52

グループ活動⑦



 ギルフィの討論会──意見交換から数日たった。

 ユイは今日最後の授業を終えると、隠し部屋ではなく寮の自室へと戻った。


 あの日から、ユイなりに魔素の消滅という内容について改めて調べなおしていたのだ。


 ──教会側で発行している魔法使い出生届……参考になるかと思ったけれど、あの話を聞いた後だと信ぴょう性が低く見える……。


 魔法使いが生まれると、信奉者の有無にかかわらず、その知らせを教会へ届け出なければならない。

 教会側はその数を毎回記録して残しておく。図書館や教会に行けば、過去の記録も含め閲覧することが可能になっている。

 ユイはそれを知っていたため、昨日図書館から借りてきた記録を読み直していた。

 出生の記録は、毎回同じような数値になっている。多少の増減はみられるものの、記録を取り始めてから数百年、その数は大して変化していない。


「明らかに数字としたらおかしいよね……」


 この記録通り、変化がないととらえることもできるだろうが、ユイは先日のギルフィとの会話を思い出すと、どうも疑ってしまう。しかし詐称しているのだとしても、その証拠を見つける手段がない。

 一番確実なのは、このことを王宮へ進言することだ。だが進言するにも、相応の手順や、根拠となり得る資料を準備する必要があり、とても手間がかかる。


 ──……でもだからと言って、これを突き詰めたところで、私のやろうとしていることに関係ないし。そもそも手間のほうがかかってしまう。


 嘘が紛れていたとしても、それが問題になるのはあくまで教会側だ。ユイにとってしてみれば、自分の夢を叶えるのに何ら支障はないところ。それならば、これ以上悶々と悩み続けるのも時間の無駄になる。


 ──けど、魔素の消滅、ね……。


 この部分についてだけは、ユイにとってもかなり関心深い内容だった。ギルフィが誘ってくれたことに関しては感謝している。

 魔素の消滅へと進んでいるのだとしたら、その魔素はいったいどこへ行っているのだろう。

 それに魔素がなくなるということは、空気中にあると言われている魔素も消えてしまうということだろうか。

 そうなれば、魔素が全く感じられない場所というのも生まれてくるのかもしれない。


「魔素計測器……作れる方法ないかしら」


 そう考えたら、ちらりと図で見せてもらったあの魔素計測器なるものが欲しい。同じ材料ではなくても、代用品で近しいものを作ることはできないだろうか。


 ──誰か魔法工学に詳しい人いないかな。


 あいにくユイの交友関係は狭い。それにユイ自身も魔法工学の分野に関しては、さわり程度しか知らない。仕組みを理解できても、それを組み立てる技術が乏しいのだ。

 フレインやイサクにも周りに詳しい人がいないか聞いてみるのもいいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、自室の部屋のドアがノックされ、すぐにドアが開いた。


「あれ、あ、ユイ! こんばんは。珍しい、この時間にお部屋にいるの」

「ユリ」


 同じ部屋のユリがたくさんの教材を抱えて入ってきた。


「あ、そうだ。ユイ、今時間ありますか? 私、ユイに質問したいこと、たくさんあるの」


 ユリは教材たちを自身の机に全て起きながら、肩から掛けていた鞄を下ろし、中をあさり始める。

 ユイは諾と答え、先ほどまで考えていた内容をいったんすべて頭の隅へと追いやった。





 今日はとても暑かった。

 ここ数日、雨と晴れが交互に続く日が多かったが、それが落ちついたと思ったら、今日は一段と気温が上がった。

 魔法使いであれば、自身の体温調節もできて当然ではあるが、校舎の外に一歩でも出ようものなら、太陽から降り注ぐ日差しが容赦なく肌を焼いていく。


「あ~、今日の総合科目って箒乗りの授業だよねぇ~。ぜぇったい暑いじゃん……」


 少し早めの昼食を摂っていると、今日もどこからともなくハンナがやって来て、同じテーブルで昼食を摂り始めた。

 嫌そうな表情をするハンナに、ユイはそうだねと返す。


「でも暑くても寒くても、総合科目の授業は屋外だから、どうしようもないと思うけど」

「そうだけど! それでも今日はフィールドワークで山に行きたかったよ~」

「……珍しい。嫌いだと思ってた」

「嫌いだよ? だけど山なら木々が太陽を遮ってくれて、気持ち的に涼しく感じるじゃん? 箒乗りなんて、遮るものなんてないから、余計熱く感じるでしょうがー」


 愚痴るハンナに、確かにそうかもしれないと思い返す。

 だが文句を言ったところで、授業がなくなるわけでもないのだから、そこはもうあきらめるしかない部分ではあるが。


 もっぱらハンナが話しているのを、時々相づちを打ちながらただ聞き流す。

 授業で彼女とかかわるようになってから、こうして食事の際にときおり一緒になることがあるが、話が尽きることがない。次から次へと話題に事欠かないさまを見て、内心感心している。


「あ、ねぇねぇ、次って授業取ってるー? 空いてたら魔法言語学の課題ちょ~っと教えてほしいんだけど」

「絶対ちょっとじゃないと思う。……でも、ごめん。授業があるから無理」

「あー、そっか~。仕方ない、自分で頑張るしかないかぁ……」


 そう言いながら、さして困ったように見えないのがハンナという学生である。

 飄々としているというか、間延びするような話し方も相まって、捉えどころがない雰囲気を醸し出している。

 けれど、最近それが彼女なりの処世術であり、個性のひとつなのだということが分かってきた。


 ──……今日も、いる。


 最近ユイとハンナが一緒にいると、よく視界に入るグループがある。

 同学年のほどんどの人の名前と顔が一致していないユイからしてみれば、どこの誰かはわからないけれど、ハンナは彼女たちのことを知っていた。


『あー、あれねぇ。私が彼女たちのグループに入るのを断ったから、なんか目の敵にされてるっぽいんだよね~。ほら、しかもあっちは一応貴族だし。ていうか、ユイ覚えていないって本当? 1年の時に絡まれてたのにー』


 ハンナ曰く、彼女たちのグループはエリクソン家の令嬢の取り巻きたちだという。その名を聞いてもピンとこないユイではあったが、ここ最近ユイたちの周辺に現れるのにも理由があるのだという。


『私がユイと一緒にいるからだと思うー。ほら、あっちの貴族様たちのグループは断ったじゃん? ユイは、ほら、一応貴族で五家に名を連ねているでしょー? 底辺より格上の家と付き合うのかって言って、よく思われてないみたいなんだよねぇ』


 なんだそれ、とユイは思った。

 ハンナとかかわりを持つようになったのは、総合科目で同じグループになったからだ。そうでなければ、以前のように接点なんてなかっただろう。

 それにハンナが家に取り入るのではなく、純粋に勉強を教えてほしいから話しかけてきているのを知っているからこうして同席しているのであり、それ以上もそれ以下の理由もない。

 だから彼女たちが言っていることの意味が理解できなかった。



「ほら、今日もご一緒されてますわよ」

「レベッカ様のお誘いを断っておいて、いい御身分ですわよね。平民のくせに」

「それを言うならフェールディング家の方もよ。レベッカ様にああいっておきながら、平民の媚は受け入れるんですからね」

「レベッカ様もお可哀そうに」


 少し席は離れているとはいえ、ユイたちに聞こえるように話しているあたり、質が悪い。

 ハンナも聞こえているはずだが、今日も今日とてさして気にしていないように話しながらご飯を食べている。逆にユイのほうが気になって仕方がない。


「ユイ~、またしかめっ面してるー。あぁいうのは無視してていいんだよ~。直接何かする勇気もないんだから、放っておくのがいいんだって」

「……ごめん。耳障りで」

「ユイって案外辛らつだよねぇ~。逆にごめんねぇ、なんか私のせいでユイにまで迷惑かけちゃって」

「別に……迷惑かけられているとは思っていないけど」

「本人たちが飽きるまで、放っておけばいいんだよ。それにレベッカ・エリクソンじゃなくて、その取り巻きたちが好き勝手言ってるだけだしー。私は何とも思ってないからー、ね?」


 そういって薄っすら笑うハンナだけど、ユイとしては何か気に食わない。

 一度本当に文句を言おうとしたのだが、それもハンナに止められている。曰く「格上に媚入ってお願いしているって、言われるだけだしー。何言ってもこっちが悪く言われるだけだから、もう放っておくのがいいんだよー」とのこと。確かにここでユイが文句を言いに行ったら、またしても彼女たちが家柄を持ち出して悪く言い出すのが目に見えている。


 ──どこに行っても、家が出てくる……。


 せっかく学校という身分関係なく人が訪れる場所だというのに、その中でも家としてのしがらみがあるなんてなんと窮屈なことか。

 こういう時、本当に貴族としての家の名を捨ててしまおうかと考える。

 けれどそれには相応の手順や手続きが必要になるため、かなり時間を要する。その手間を考えるのならば、この状況を我慢するしかない。


「……次の授業、取ってないんだよね?」

「え? あぁ、次はそうだねー。終わってない課題やらないといけないなぁ……」

「私は教えられないけど、代わりに教えてくれそうな人探そうか?」

「え、本当? それはすごくありがたいんだけど……ユイにそんな知り合いいたっけ?」

「ギルフィ辺りなら、授業なければ引き受けてくれると思うけど」

「げぇ、彼に頼むのー? 教え方厳しくて嫌なんだけどー」

「そう? 適任だと思うけど」


 その点、ハンナはユイが貴族だとしても、特に取り入ろうなどとは考えずに、普通に話しかけてくる。もしかしたら内心は考えているのかもしれないけれど、そのような仕草は見えないので、ユイは違うと読んでいる。だからこうして、時折彼女に勉強を教えたり、一緒にご飯を食べたりしている。


 ──フレイン先輩やイサク先輩と同じで、一個人として接してくれてるから、一緒にいてもいいと思ってるのかも。


 先輩方と同じように、ハンナにもだいぶ気を許している自覚がある。それはもしかしたら、”フェールディング家の人間”としてではなく、”ユイ・フェールディング”として接してくれているからかもしれない。

 だからハンナが気に病むようなことが気に入らないのだと思う。


「じゃあ、食べ終わったらギルフィを探しに行くよ」

「え~、それ決定事項~? だったらせめてアストルを道連れにしてやる……アストルも探すよ!」

「別にいいけど……彼も授業だったら、結局2人だけになるけれど?」

「それがいっちばん嫌だ!」


 心底いやそうな表情を浮かべるハンナに、ユイ思わず苦笑が漏れる。

 仲が悪いわけではないのだが、勉強の教え方が好かないらしい。

 なるべく優しく教えてくれるよう頼んでみようか。そう思いながら、ユイはデザートとしてとっておいたベリーの乾物を口に運んだ。




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