グループ活動⑥
次の授業があるハンナとアストルを見送った後、ユイとギルフィは食堂から図書館へと移動していた。
ギルフィの先導の元、図書館内の奥のほうにある、いくつかの小さな個室のうち1つに入って行く。
「こんなところ、あったんだ……」
「来たことないのか? あらかじめ予約しておけば誰でも使えるし、遮音魔法も施されているから複数人で集まるならちょうどいい」
ユイも図書館には何度か足を運んではいるが、たいてい目当ての本を借りるかその場で読んでしまうことが多いので、貸借以外の利用方法を知らなかった。
個室に入ると、図書館内の人のいる音が聞こえなくなった。よくよく見ると個室の入り口に、いくつか魔法陣が組み込まれているのが見て取れる。おそらく魔法陣には、この個室の内外の音を遮断する魔法が組み込まれているのだろう。
ユイは興味深くその魔方陣を見ていたが、ギルフィは「始めるぞ」と言って個室に備え付けのテーブルに資料をいくつか取り出していた。
「……そういえば、討論会と言ってたけれど、私以外にほかに人はいないの?」
「今日は人ぞろいが悪くてな。討論会なんて大仰に考えず、意見交換だと思ってもらえればいい」
ユイもギルフィの向かいの席に座る。
テーブルに広げられた資料は、書きかけと思われる論文のさわりと、参考にしているのだろうか、何冊かの本が置かれている。
「さて、まずは簡単に俺が書こうとしている論文の概要を話そうと思うが……その前に、ひとつ聞きたい。君はグズルク・スケーファンという魔法使いを知っているか?」
ギルフィの口から出た名前に、ユイは記憶をたどりながら答える。
「……『魔素と魔法使いの関係』や『絶滅する魔法使い』を書いた人で合っている?」
「……驚いた。かなりマイナーな著書だと思っていたが、読んだことがあるのか」
「数年前、興味本位で」
その頃を思い出し、ユイの表情は人知れず苦くなる。
偶然見つけた著書であったが、その内容はユイの興味を引いた。周囲に隠れて読んでいたし、その著書が思いのほか参考になったので、薄っすらとではあるが今も記憶に残っている。
「著書を読んでいるのなら話が早い。俺は彼の著書を元に、自分なりの研究や考察を交えて、『魔素の消滅と魔法使いの減少』という題で論文を書こうと思っているんだ」
ユイの些細な変化など気づかず、ギルフィは話を進めていく。
「今回、魔素の消滅に焦点を当てていこうと思っている。この点について、ユイの考えを聞いてもいいか?」
「……正直、分からないっていうのが答え。だって……人は魔素を肉眼で見ることは叶わないから、そもそも魔素がなくなるっていう判断をどうやって行うかっていう課題が出てくると思う」
「そうだな。俺たちは目で魔素を見ることはできない。しかし呼吸をするように魔素を吸収・排出していて、そこに魔素があるっていうことだけはなぜかわかる」
そう言ってギルフィは、置いていた資料のうち1冊を手に取りページをめくる。
「グズルク・スケーファンもそこを指摘したうえで、目で見える方法を模索している。……話が変わって申し訳ないが、君はこの魔法道具を見たことはあるだろうか」
ギルフィが開いたページを見る。そこには文章のほかに円盤のような魔法道具の絵が描かれていた。
天文学や占星術で使うような円盤にも似ているが、よく見ると円盤の内側にメモリのような数値が書かれているようにも見える。
「これは魔素計測器と言うらしい。この長い針のようなものが、その場所の魔素の濃度によって数値を教えてくれるのだという」
その絵の周囲に使い方のような説明が簡単に連ねてある。それだけ読むと研究者勢からすればとても画期的な道具のように思える。
だがそこで、とある数字を見つけ、ユイは首を傾げた。
「これ、100年以上前にはすでに作られていたというの? それにしては、魔素計測器って代物を見たことがないし、そもそもの認知が低いような……」
「そう、そこが疑問としてあげられるんだ」
ギルフィの弁に熱が入る。
「君が言うように、これはかなり画期的な道具だ。魔素を研究している人たちからすれば、願ってもないものだと思う。それなのに、なぜ今日までこの魔法道具は取り上げられていないのか。俺は2つ、理由があると思っている」
そう言って、ギルフィは指をたてる。
「まずひとつめ。素材となる材料集めが困難になったから。どうやらこの魔法道具には、トスモズドアというイノシシに似た魔獣の一部が使われているらしい。この魔獣については知っているか?」
その名前を聞いて、ユイの表情はまたしても曇る。無意識に右目に伸ばそうとした手を慌てて隠した。
「……知っている。トスモズドアには視覚がない。代わりにその目に魔素を映すと言われている。……その珍しい特徴から、一時期魔獣狩りの被害にあっていたとか」
「さすがに有名だから知っているか。ちょうど魔獣乱獲を禁止する法が定められたのが100年と少し前だ。画期的な道具の誕生とともに、その材料が手に入らなくなるなら、普及しないのも当然だ」
「だが、俺はもうひとつほうが大きな理由だと思っている」と言い、2本目の指を立てた。
「もうひとつ教会の弾圧にあった、というものだ。魔法が原初の神から授けられたと信じている教会のやつらにとってしたら、魔素の消滅なんて話は、原初の神からの威光が届かなくなったということになる。嬉しい話じゃないだろうさ。グズルク・スケーファンもそういった教会のやつらからの圧力に負けて、研究を進めることができなかったんじゃないかと思っている」
確かに、とユイは思った。
教会の人たちは、原初の神・アテルを崇敬している。どの程度崇めているかはわからないが、それでも魔法を使えているのはアテルが我々に授けたからという考えが根本にある。
反対にグズルク・スケーファンの著書は、次第に原初の神から授かった御業がなくなると言っているのだ。それがいかに真実であろうとも、教会の人たちがそれを世に広めるのを認めないことは目に明らかだ。
魔法道具しかり、彼の著書しかり、将来的に重要な内容であろうにもかかわらず、一般的に普及していない理由がそこにある。
だがそこで、ユイはふと気づいた。
「……待って。それでいえば、あなたも危ないんじゃない? だって彼の著書を元にするんでしょう? グズルク・スケーファンがその後どうなったのかは知らないけれど、少なくとも教会関係者にその内容が知られたら、その論文をもみ消される可能性だってあるんじゃない?」
いくら趣味で執筆するからと言って、それはれっきとした成果物だ。学校側で評価されるに値するものである。だがその論文を公表してしまったら、ギルフィに何か弊害があるのではないだろうか。
もちろん、彼の側でもすでに理解していたのだろう。神妙な顔で「全くないとは言い切れない」と言った。
「一応これでも、着手するにあたり教会関係者には極力広まらないよう気を付けている。俺としては、論文を書き上げることさえできればそれでいい。その後の取り扱いに関しては、さほど気にしていない。だが、書き終わる前に妨害が入るのだけは避けたいんだ。だからユイ、君もこの件に関しては、できれば吹聴しないでもらいたい」
「それは、もちろん。論文の内容自体に興味はあれど、自分の進路に影響するようなことは避けたいもの」
ユイはあくまで自分のために、ギルフィの論文の内容を知ろうとしている。だけどそれが原因で、今後の進路を妨害されるような結末に至ってしまっては意味がない。
ただでさえ、ユイには時間も、選択肢も少ないのに。
「助かる」というギルフィの言葉とともに、授業終了を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「む、もうこんな時間か。全然内容について討論できなかったな……」
「ここ、遮音魔法が生きているのに、鐘の音は聞こえるんだ」
「鳴らなければ、授業を忘れて籠る人がいるからだろう。鐘の音だけは、個室にいても聞こえるようになっているんだ」
ギルフィは次の授業があるのだろう。広げていた資料をまとめ始める。かくいうユイも、次は授業があるので彼の討論会はここでお開きとなる。
「次に討論会を行うとき、また誘っても問題ないだろうか。もちろん、今回の内容以外にも定期的に行っていたりするのだが」
「……予定や授業がなければ。ほかの内容も、題材を聞いてから参加してもいいなら。今日の内容については、私ももう少し聞きたいから、またやるときに声をかけてもらえると嬉しい」
「分かった。遠くないうちに開催するとしよう」
そう約束して、2人は図書館の個室を後にし、それぞれの授業へと向かっていった。




