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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
2年生編
33/52

グループ活動⑤



 その日から、ユイが食堂で勉強をしていると、どこからともなくハンナがやってきて、一緒に勉強をすることが多くなった。さらに、時おりどこから聞きつけたのかアストルもやって来ては、ちゃっかり勉強を教わっていく。

 今までは勉強と言えば隠し部屋か寮の自室で行うことが多かったが、ここ数日は食堂で勉強をする時間が増えていた。


 今日も、魔法陣学の授業の課題が思ったより早く終わったため、ユイは食堂に足を運ぶ。

 最近の定位置となりつつある出入り口からほど近いテーブルに向かうと、そこにはハンナとアストルが座っていた。

 ユイの姿に気づいたアストルが、ひらひらと手を振る。


「ユイ、いいところに来た。申し訳ないんだけど、この計算式教えてくれない? 俺もハンナもさっきからずっと頭悩ませてて……」

「救世主! ユイー、助けて~。今日の最後の授業の数学の課題が分からない……」


 教科書を突き付けながら、泣きそうな表情で助けを求めるハンナ。

 その姿に押されつつ、ユイはハンナが指さす教科書の内容を見る。


「……この前の授業の最後にやった式の応用版のはず。基本はこの計算式でいいのだけど、これだけだと答えにたどり着けないから……」


 テーブルに着くや否や、ユイはハンナとアストルに答えの導き方を教える。

 正直ユイ自身は他人に教えるのは苦手意識があったが、思いのほか自分の勉強の復習にもなり、より理解が深まっていく気がする。

 それに、特にハンナは内容によっては教えても全く理解してくれないこともあり、ユイ自身相手にどのように説明したら理解してもらえるのか、考えながら説明するいい機会にもなっていた。


 2人に勉強を教えながら、ユイ自身も勉強を行っていると、授業終了の鐘が鳴った。


「あ、もうこんな時間? 最近テーブルに座って勉強できる時間増えてきたな」

「何とか課題終わった……糖分……授業前に糖分欲しいよぉ……」


 アストルとハンナが勉強の手を一時とめる。ユイも少し硬くなった体を思い切り伸ばす。


「全員そろって、何をしているんだ?」


 唐突に、ユイたちのテーブルに声がかかった。

 声をかけてきたのは総合科目でユイたちと同じグループのギルフィ。先ほどまで授業を受けていたのか、はたまたこれから授業なのか、手には教科書を持っていた。


「見たらわかるでしょー? 勉強してたの~。主に教えてもらう側」

「そういうギルフィは? 今日は従者や取り巻きたちは一緒じゃないんだな」

「みんなそれぞれ授業だ。俺は今しがた授業を終えてきたところだが……」


 そう言葉を切って、ギルフィはユイたち一同を見回す。


「……ちょうどいいか。この中でこれから時間空いている者はいないか?」


 唐突の質問に、ハンナとアストルはこれから授業があることを告げる。


「ユイは? 君も授業だろうか」

「私は一応次の授業時間は空いているけれど……」

「そうか。もし君がよければなのだが、これから論文の討論会をしようと思う。君も参加しないか?」

「論文の討論会?」


 疑問を浮かべるユイに、ギルフィは説明をする。


「討論会と言っても、そこまで堅苦しいものじゃない。俺が書いている論文について、ただ意見を求めたいというだけなんだ。いつも討論会に参加してくれている者たちが、ことごとく授業や用事で都合が合わなくなってな。誰か代わりの者たちを探しているところなんだ」

「ちょっと待った。論文ってギルフィが書いたの? 聞く感じ、まだ公表してなさそうなんだけど、その状態で他人に内容を教えてしまっていいわけ?」


 アストルが横から口を出す。

 論文は、時に個人の成果だけではなく、グループ単位、しいては主に貴族であれば家単位での成果物となり得る。よって自身の執筆する論文は、公表まで秘されるべきものであるはずだ。

 

 それなのに、ギルフィは自身が執筆中の論文について意見を聞きたいという。アストルのような態度になってしまうのも致し方ない。


「あぁ、その点については何ら問題ない。俺が趣味で書いているものだからな。本命の論文とは無関係だから、他人に教えたところで何ら影響はないから安心してほしい」

「趣味って……そこまでして論文書いてるのー……?」


 ハンナがありえないという表情でギルフィを見やった。

 確かに、趣味で論文を書くという人はそうそういないかもしれない。ギルフィは変わり者と言えるだろう。


「どうだろう、ユイ。ほんの少しでもいいが、俺の論文の討論会に参加してくれないだろうか?」

「ユイ、嫌なら嫌って言ったほうがいいぞ」

「そうだよ~。討論会なんて、話聞くだけで眠くなってくるじゃんね~」

「それはハンナだけだろうが」


 隣でハンナとアストルが口論を始める。ユイは少しだけ悩んだ。

 他人の論文については、興味がないかと言えばウソになる。執筆段階で他人の論文を読めるということは、基本的にありえないからだ。

 しかしギルフィの専攻が分からない。彼自身趣味で書いているということなので、内容次第ではユイにとって方向違いの分野である可能性もある。そうなれば、ギルフィにとってもユイにとっても、時間の無駄となるかもしれない。


「……どういう内容か、簡単に教えてくれる? 内容次第で、参加してもいいなら参加する」


 ユイの返答に、ギルフィは構わないと告げる。


「確かに広く知られている内容じゃないからな。興味が湧かない、知らない分野である可能性もあるか」

「へー、そんなの書いてるの? 参加しないけど気になってきた。いったいどんな内容の論文書いてるんだ?」


 授業へ行く準備をしながら、アストルが興味深そうに尋ねる。

 それに対し、ギルフィは知らないかもしれないが、と改めて前置きしたうえで言った。


「魔素の消滅と魔法使いの減少について」


 その内容を聞いた瞬間、ユイはテーブルに広げていた教科書を閉じ、ギルフィの論文の討論会に参加しようと決めた。




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