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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
2年生編
32/52

グループ活動④



 総合科目のグループ活動は、だいたい2、3回の頻度で行われた。

 授業内容も多岐にわたり、さすがに数か月同じメンバーで授業を行っていたら、その人と生りは分かってくる。



 その日は、もともと受講予定だった鑑石概論が休講となったので、ユイは食堂の隅のテーブルで勉強をしていた。

 2年に上がってから、おやつなどをつまみながら勉強できるということもあり、一コマ分の時間であればよく食堂を利用していた。同じような考えの学生は一定数いるらしく、昼時を過ぎた食堂だが、ちらほらと学生の姿が見受けられる。


 座学の授業の復習や予習をしながら、時間をつぶしていると、ふとユイを呼ぶ声が耳に入った。

 集中していたので反応が遅れたが、その声に聞き覚えがあった。

 顔を上げて周囲を見回していると、少し離れたところからこちらに向かってくるハンナの姿をとらえた。


「見間違いかと思ったけど、ユイ・フェールディングであってた~。あ、ここ座らせてもらうねぇ」


 彼女も授業がないのだろうか、いくつかの教材を手にしたハンナは、ユイの向かいの席へと腰を下ろす。


「……えっと、ハンナ・アンドリソン。何か用?」

「ん~、用っていうか、姿見かけたから声かけただけだけど?」


 今まで用がないのに同学年から声をかけられたことなどないユイは、なんとも気の抜けた返答をする。


「あ、これナッツの甘煮? たまにしか置いてないよね~。私も少しもらおうかなぁ」


 そんなユイの返事など気にしていないように、彼女はユイがつまんでいたおやつに視線を移す。


「……食べるなら、早めにもらってきたほうがいいよ。残りすこしだったから」

「あ、本当? ん~、でも最近甘いもの食べすぎてるからなぁ……。帰り際に残ってたらもらってくことにするよー」


 そう言って、ハンナはテーブルの上に置いた教材を適当に広げだす。


「あのさ、ユイ・フェールディング。……あー、もうユイって呼んでいいかな? あのね、勉強中のところ悪いんだけど、私に勉強教えてくれない?」


 話が唐突に変わり、ユイは教科書に戻していた視線を、またハンナへ向ける。


「……私が、あなたに?」

「そう。あ、もちろん無理にとは言わないよー。とりあえず、魔法言語学と呪文学、薬草基礎学と生物学をちょっと」

「……とりあえずって数じゃない気が」

「できれば全教科教えてほしいくらいなんだけどなぁ」


 ちょっとという量ではない話に、思わず反論する。

 彼女の成績が如何ほどのものか、ユイは存知ないが、その様子を見るにさして良いわけではないのかもしれない。


 それよりも、まずユイが戸惑ったのは、さして親しくもない自分に勉強を教えてほしいという彼女の魂胆だ。どういった理由でわざわざユイに話しかけたのか。

 総合科目で一緒のグループであるという以外に、ハンナと交流したことはない。

 突然このように授業外で話しかけられ、あまつさえ勉強を教えてほしいというのだから、何かあるのかと疑ってしまうのも無理はないと思う。


「……どうして、私なの?」


 訝しむユイに気づいているのかいないのか、ハンナは不思議そうに答える。


「どうしてって、ユイ、勉強できそうだから。総合科目でも、ギルフィ・スティービールと一緒に引っ張ってってくれるでしょー? それに知識もありそうだったし。一度勉強教えてほしいって思っていたんだー」

「……私じゃなくて、他の学生でもいいと思うんだけど」

「だって私、友だちいないもん」


 あっけらかんと言う彼女に、思わずユイが鼻白む。

 ユイも似たようなものかもしれないが、ハンナのように別の学生を頼るということはしていない。いや、フレインやイサクには頼っているとは思うが、同学年に尋ねるということは今までした覚えがない。

 

「ほら、私って平民だからねぇ。貴族以上の人には気軽に話しかけて勉強教えてなんて言えないしー。かといってそれ以外でもね、どうやら私って結構物事をずばって言っちゃうことがあるみたいで、あーんまり周りの人たちから一緒にいたいと思われないんだよねぇ」


「まぁ、気楽でいいんだけど」というハンナは、言葉通りさして苦に感じているようには見えない。

 それならば、なおさらなぜ自分なのかと疑問に思う。


「えー、だってユイ1年の時に言ってたじゃん。自分は学ぶために学校に来たんだって。家とかそういうの関係なく。だったら、勉強教えてくれるくらいなら、お願いできるかなぁって」


 ハンナの言葉に、1年の時の記憶が少しよみがえる。

 誰だったか忘れたが、フェールディングの家に取り入ろうとしていた貴族に対し、そのようなことを返した覚えがある。どうやらその時のことを、彼女は偶然聞いていたようだ。


 ハンナの姓から、彼女が貴族家ではないだろうというのは想像していた。総合科目の同じグループ内だと、彼女とアストルがそうなのだろう。

 特に意識していたわけではないが、ハンナたちは特段貴族に対して取り入ろうというような行動を起こしていない気がする。もちろん、授業中であればそんなこと気にする余裕もないだろうけれど。それでも、授業外でも今の今まで特にそういった話を受けることはなかった。


 ──ただ同学年として、勉強を教えてほしいと言っている……?

 

 この2年の間、純粋に同学年としてこのような話を持ち掛けられたことがないため、ユイは必要以上に疑ってしまった。だけどハンナは、本当に、ただユイに勉強を教わりたいだけなのかもしれない。


「……次の授業があるから、それまでになるけれど、いい?」


 それならば、断る理由はない。それに自身の勉強もそれほど切羽詰まっているわけでもない。他人に助言するくらいの時間は取れる。


 ユイの言葉に、ハンナは嬉しそうに目を細める。


「よかったー。断られたらどうしようかなって思ったよ」

「でも全部は無理だから、1教科だけにしてくれると助かる」

「おっけー。じゃあ、今日は生物学を教えてー。でもできれば、全教科教えてほしいくらいなんだけど」

「……あの、さすがにそれは私ひとりじゃ無理だと思う」


 早速生物学の教科書を開いて、疑問点を聞いていくハンナ。

 次から次へと疑問が生まれてくるので、ユイはひとつずつ答えていくけれどきりがない。

 最終的には、ユイが分野や内容ごとに整理をつけ、ハンナが質問していくという体制に整った。


 授業の一コマもない時間だったけれど、こうして同学年とともに勉強をするという時間は、ユイにとってとても新鮮なものであった。




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