グループ活動②
ユイたちのグループは、今いた広場からさほど遠くない位置がスタート地点となっていた。
各々合図があるまでポシェットの中身を確認したり、体を動かしたりしながら時間をつぶす。
「みんな準備中のところ悪いが、始まる前に少しいいだろうか?」
準備をしている最中、同じグループの男子学生のひとりが、ユイたちほかのメンバー全員に声をかける。
「始まる前に、自己紹介や簡単な状況確認をしておきたい。いいだろうか?」
「……自己紹介って、今必要? まあ、お互いの得手不得手を今のうちに確認するって話ならいいと思うけど」
「別にー、いいと思うけどー」
「特に問題ありません」
全員が是と回答したので、その男子学生が仕切るように話を進める。
「知ってるかもしれないが、俺はギルフィ・スティービール。山登りの経験は何度かあるが、この裏山にはまだ登ったことはない」
「俺はアストル・コゾン。俺はそもそも山登りすらしたことないな。でもこの裏山のちょっとした話くらいなら、先輩とかから聞いたことあるかもしれない」
「私は、ハンナ。ハンナ・アンドリソン。私も、山登りはしたことないし、裏山に入ったこともないよー」
「ユイ・フェールディングです。私も数回山登りは経験したけど、この裏山のことはほとんど知らない」
少し神経質そうな、真面目そうなギルフィ。明るい髪色が特徴で、よく制服を着崩している姿を見たことがあるアストル。ユイより少し小柄で、見るからに無気力そうな雰囲気を漂わせているハンナ。
同学年で顔と名前が一致している学生は片手で数えられるほどしかいないが、さすがに少なくとも1年はこのグループでの活動があるというので、ユイは目の前の3人の顔と名前を一致させる。
ギルフィは全員の話を聞いて、支給された地図を開き全員に見えるように置く。
「今俺たちがいる場所はおそらくここだろう。そして地図上では頂上がここ。俺たちがいる場所を考えると、比較的歩きやすい立地のように見受けられる。……ユイ・フェールディング。君も山登りをしたことがあるなら地図は読めるだろう? 俺の見立てに誤っているところがあったら教えてほしい」
「……地図で見た限りは、急な斜面や勾配がきついところは少ないと思う。頂上に行く分には、さほどひどい道ってわけじゃないと思う」
突然話を振られ驚くも、ユイはギルフィと同じ見立てを返す。
そんな話をしているうちに、拡声魔法だろうか、かなり大きなガジャの声が開始の合図を告げる。
「始まったか。アストル・コゾンとハンナ・アンドリソンは初めてということだから、ひとまず頂上までは先頭を俺、間に君たち2人、最後尾はユイ・フェールディングという形態で行こうと思う」
誰もその言葉に反対の声が上がらなかったので、その列を組んだ状態で、ユイたちのグループは裏山へと入っていった。
見立ての通り、ユイたちが通っているルートは起伏が少ない場所のようで、比較的歩きやすい状態だった。ただ道らしき道が見当たらない箇所もあったので、ギルフィが状況を判断しつつ、進行方向を決めていっていた。
状況を報告しあうくらいしか会話らしい会話はなかったが、しばらく歩いたところでハンナが声を上げた。
「ねー、ちょっと休憩しない……? こっちは普段から動いているわけじゃないから、ちょーっとこのペースで進められるときついんだけど……」
「もう、か? まださほど時間は経っていないと思うんだが……」
「俺も言おうか迷ってたんだけど、ちょっとペース早いかな。いったんさ、ほら、そこら辺平坦になってるから、すこしだけ休もうよ。休んだとしても授業時間内には行けそうな気がしない?」
「む……確かに問題ないとは思うが……」
ギルフィの回答を待たずして、ハンナは目先にあった少し大きめな石に腰を下ろした。
それを見て、渋っていたギルフィもあきらめて地面へと腰を下ろした。
「あー……もう足が痛い……。頂上ってあとどのくらいで着くのー?」
「地図的には3分の1くらいは進んだくらいだと思う。登りと下りで、授業時間半々を使う感じになるだろうか」
「……でも地図を見ると、頂上からゴールまでの道のりが、かなり険しい斜面になっている可能性がある。動きなれていない人がいるなら、授業時間内にゴールまで行くとなると、頂上までこのスピード感で登っていくことになると思うけど」
「げぇ、本当?」
ユイの今までの体感からそう伝えると、ハンナは明らかに嫌そうな表情をした。
「ていうか、薄々思ってたけど、私以外みんな絶対魔法騎士とか探掘コース志望でしょー?」
「む、俺はそのつもりだが」
「俺も探掘コース狙ってるかな」
「私も」
「ほらー。だって1年の時から思ってたけど、君たち3人って割と成績気にしてそうだったじゃん? やだー、なんで私このグループになっちゃったんだろう……」
ハンナが天を仰ぐ。
なるほど、3年次の選択コース試験で探掘コースを目指すなら、この授業は比較的よい成績を修め続けなければならない。ユイとしてはそれが前提条件にあるため、授業時間内にゴールまで無効と思うならばこのくらいのペースで進むくらいが妥当だと思っていたが、そうでない者からしてみればこの行程は厳しいに違いない。
それに何より、初心者が2人もいるのだ。今のペースで進めたからと言って、途中でトラブルがないとも言い切れない。
──ただグループで頂上に向かって戻るだけだと思っていたけれど、意外と考えることが多そう……。
今まで山に登る際は、フレインやイサクと一緒だったため、どちらかというと彼らに助けられながら行動をしていた。
しかしこれは2学年の授業。ユイとさほど変わらない知識や経験の人たちが多い中、いかに授業をこなしていくのか。いちから丁寧に教えてくれる担当教員ではないため、自分たちで考えながら進めていくしかない。
「……あのさ、俺も初心者だから教えてほしいんだけど、今みたいにちょくちょく休憩挟んだら、授業時間内にゴールには着けないわけ?」
アストルが大きく体を伸ばしながら、ギルフィに尋ねる。
「何事もなく進められればぎりぎり行けるとは思うが……さっきユイ・フェールディングが言ったように、下りの道が険しいところが2、3か所はありそうだ。そこに時間をかけなければ、何とかなるとは思うが……」
おそらくギルフィも、自身の成績のために授業時間内のゴールを目指しているだろう。
だが今回はグループ行動だ。成績の基準は教えられていないが、グループ全員で頂上へ行き、ゴールまで向かうことが最低限の条件。誰かひとりでも欠けるなどもってのほか。
ましてや授業時間を過ぎてしまったら、どんどん評価が下がるだろうことも推測できる。
成績を気にする人たちにとっては、悩ましいところである。
「私としては、休憩入れてくれないと体力が持たないんだけどー」
「俺も今のペースで行くなら、休憩を挟んでほしいかな」
「む……歩きながら魔素を循環して、疲労を軽減すればいいと思うが」
「無茶言わないでよ。平坦な道ならいいけど、いきなり知らない山の中では難しいって。さっき何度か試したけど、俺何度か木の根につまずいて、全然魔素循環に集中できなかったよ」
「私はまず動きながら回復魔法を使えないんだけどー……」
「……そうなのか。すまない、てっきり全員できるものだと思って、どんどん進んでしまっていたんだが……そうか、確かにそうなると休みを挟むのは必要になるか」
3人の話を聞きながら、ユイも何が一番最善かを考える。
「……提案なのだけど、2人は歩きながらでも回復魔法があれば、さっきのペースで進むこと自体はできるの?」
「まぁ、俺はちょっときついけど、いけないことはないかな」
「いったん頂上まで頑張ればいいなら、私もそのくらいは頑張れると思うけどー……」
彼らの答えを聞いて、今度はギルフィに尋ねる。
「えっと……ギルフィ・スティービール? は、まだ体力や魔素的には余裕はあるの?」
「一応、このくらいの行程なら問題ない」
「……じゃあ、頂上まで途中途中、私とギルフィ・スティービールで2人に回復魔法をかけながら登っていくっていうのはできそう?」
「……できなくはないと思う。だが君は大丈夫なのか、ユイ・フェールディング。失礼だが、君にそこまで体力の余裕はないように思えるのだが」
「だから頂上まで。さっきのペースでいけば、何事もなければ時間的にも余裕は生まれると思う。頂上で少し長めに休憩して回復に努めれば、下りにもさほど支障はないと思うけれど」
今ユイが考えられる最適解だと思われた。
もちろん、ユイとギルフィに負担は偏る。しかしこの少しの時間で、ギルフィも思ったより山に登りなれているように感じた。ユイも1年前よりは成長しており、このくらいの立地であれば、自分の体力だけで頂上まで登り切れるだろう。
ギルフィは少し迷っているようであったが、最終的にはユイの提案を呑んだ。
「アストル・コゾン、ハンナ・アンドリソンもそれでいいだろうか」
「いや、逆に俺としたらありがたすぎるんだけど……」
「まぁ、それだったら、いったん頂上までは頑張ってみるけどー……」
アストルとハンナもそこまで提案されてしまえば、嫌とは言えない。
ユイとギルフィへの遠慮だけがあるのを見取って、ギルフィはこの方針で進むことを決めた。
「では、俺はアストル・コゾンへ回復魔法をかけよう。ユイ・フェールディング、君はハンナ・アンドリソンを頼めるだろうか」
「分かった」
「よし、ではそろそろ移動しようか」
ギルフィの声掛けで、座っていた面々が立ち上がる。
先ほどと同じ隊形を組み、ユイたち一行はまた頂上へと登り始めた。




