入学式②
家を出てから、ユイたちが乗った馬車は舗装された道をどんどん進んでいく。馬も通常の乗馬や鑑賞用ではなく、魔獣に分類される走行用の馬なので、その進む歩は力強く、そして速い。
「サロモン叔父様、ひとつ質問なのですが、どうして私たちは相乗り絨毯ではなく、馬車で移動するんですか?」
道中、みんなで叔母が焼いてくれたベリーパイを食べながら歓談している中、ふとユイが疑問に思っていたことを尋ねる。
叔父は興味深そうに「どうしてそんな疑問を持ったんだい?」と聞き返した。
「エギルやマールは、長期休みが終わって学校に戻る時、いつも相乗り絨毯を使ってますよね? 馬車の移動が嫌だと言う訳じゃないんですけど、絨毯で飛んで行った方が早く着くと思って……」
ユイの疑問に、叔父は頷きながら「理由はいくつかある」と言った。
「そうだな……エギルとマールが学校に戻る時と、今この状況の違いがひとつ目の理由だな。何か分かるかい?」
ユイはエギルたちが移動する時のことを思い出す。だが、これと言って違いが分からない。
「しいて言えば、私や叔父様がいるかいないか?」
「確かにそれも違いと言えよう。だけど、それだけじゃない。向こうの荷馬車に乗っている荷物、いつもあんなに多いと思うかい?」
「いいえ……あっ、今日は大きな荷物があります」
「そう、それが私たちが馬車を使う理由だよ」
叔父はそう言うが、ユイはその理由にいまいちぴんと来なかった。
その様子を見て、兄弟が口を挟む。
「絨毯での移動は確かに楽だよ。楽だけど、長距離移動となると、それなりの乗り心地は欲しいと思わないか?」
「ユイはあまり相乗り絨毯に乗ったことがないんだっけ? 乗り心地はね、操縦士の腕によってまちまちなんだ。ハズレを引いちまったら、着く頃にはヘトヘトさ」
「操縦士の……腕?」
頭をかしげるユイに、マールは馬車の小窓を開ける。
そこからちょうど、併走するように空を飛ぶ相乗り絨毯がいくつか見えた。
「ほら、今飛んでいる絨毯の中でも、安定して飛んでいるものとそうでないものがあるのが分かるか?」
よくよく目を凝らしてみると、確かに、一定して安定している絨毯と、時おりぐらりと波打ったり蛇行する絨毯がいるのが分かる。あまりにも不安定なその動きを見ていると、乗りたいという気持ちが失せていく。
「なるほど……確かに、乗り心地は大事ですね」
ようやく納得したユイに、叔父は2つ目の理由を告げる。
「操縦士の腕とも関係するが、後は今回のように大荷物の場合は、相乗り絨毯はオススメしない。腕の悪い操縦士に当たってでもみろ、乗り心地の他に荷物を落とされかねない」
そこでもまた、ユイは疑問を呈した。
「荷物を落とされるんですか? 固定魔法を掛ければ落ちない気がするんですけど……」
「ユイさんや、それは理想論だよ。相乗り絨毯を浮遊させる魔法と荷物を固定する魔法は、ひとつの絨毯に対してかけることになる。複数の魔法が狭い範囲で影響し合うリスクは、知ってるだろ」
「あ、なるほど」
魔法は簡単で便利なように見えて、その実かなり繊細だ。扱い方を誤れば、最悪の場合命を落とすこともある。
相乗り絨毯の場合も、常に浮遊するための魔法が絨毯にかけられている。事前に使う魔法を指定する魔法陣を組み込んでいたとしても、その工程に変わりはない。
その上にさらに魔法を重ねがけするとなると、かなり繊細な制御が必要となる。
小さい荷物であれば、乗る人自身が抱えれば問題ないが、あまりに大きな荷物や荷物量が多い時はそれができないため、荷物と絨毯を固定するほかない。しかしそうすると、互いの魔法が干渉しあってしまうため、どちらかの魔法の威力が落ち、荷物が落ちるか、はたまた絨毯が飛べなくなってしまう。
それは術巧者な者でも簡単に行えるものではなく、かなり難易度の高いことである。
つまり、今回のような大荷物になる場合、地道に馬車を使うのが1番安全なのである。
ユイがこの話に納得したことを確認すると、今度はエギルとマーレから、腕のいい操縦士の見分け方を延々と聞かされたのだった。