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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
2年生編
28/52

新しいルームメイト⑥



 その日の夜、寮の自室でお互い授業の課題などに取り組んでいた。

 それらがひと段落した頃合いで、ユイのほうからユリに話があると告げる。

 自然と椅子に座り向き合うような形になった状態で、ユイは言葉を発する。


「正直、私はあなたとの接し方がよくわかっていないの。もちろん、日常生活を送るうえで気づいたことは都度教えていくつもり。だけどそれ以外で、私はあなたに常に気を遣って過ごしていくことは難しい」


 ユイはなるべく難しい言葉を使わないよう、言葉を選びながら話を進めていく。


「そのうえで、質問なのだけど……。あなたはどこまで自分のサポートをしてほしい? もちろん四六時中、一から十までっていうのは難しいと思うけど、できる限り意に添うようにしたいと思っているの」


 途中途中、話が通じているか様子を伺いながら尋ねる。

 ユリは眉間にしわを寄せながら、うーんとうなっていた。


「……私は、ユイの負担になる?」

「いやそういうわけじゃ……。逆に、何をすればいいかわからないままいるほうが、正直困る」

「……私の、できること」


 ユリがうなりながら考える。そして、しばらくたった後、自然と組んでいた手をほどいた。


「私は、言葉は話せるし、聞き取れる。だけど文字を読むのが苦手です。だから、授業で教科書の内容読むの、少し苦手です」


 確かに、ここ数日寮内で一緒に過ごすだけでも、彼女と意思疎通を取る分にはさほど問題はなかった。

 だけどユリからしてみれば、話すことと読むことは別物なのだという。


「だから教えてほしいことは、課題……です。たくさん本を読まないといけない。なのに、分からないことがあると全然進めなくて、課題がうまくできないんです」

「なるほど」


 確かに、1年は座学がメインとなるので、その分課題も教科書に沿った内容や自分の考察をレポートする授業が多い。いくら言葉を話せても、教科書に書いてある文章が読めなければ難しそうだ。


「学校の中のことや、えっと……り、寮、の生活は少しずつ覚えます。周りの人たちを見て。だけど課題はみんな自分でやるから、本読めないって聞くの、申し訳なくて」


 ほかの学校はどうなのか知らないが、この学校の授業の進み具合は早いほうだと思う。何より、予習復習はしてきている前提として授業が進んでいくので、つまずいたまま放置すると、どんどん授業についていけなくなる。

 まだ授業が始まって数日ではあるが、ユリもそれを感じているのだろう。


 ユリの話を聞いて、ユイの中で今までの話を整理する。


「じゃあ、私はあなたに教科書を読めるように手ほどきしていけばいいかしら?」

「……うん、私は本を読めるようになりたい。そうすれば、課題もできる。そうだよね?」

「そうね。文章を読めるようになれば、おのずと意味も理解できるだろうし」


 やることが決まれば、あとはそれに向かって取り掛かるだけ。

 ユイは机の上に置いてある紙とペンを手に取り、これからのスケジュールを組み立てる。


「毎日ずっと教えていくっていうのは難しいから……休日と、あとはお互いの予定が合うまとまった時間で教えていこうと思う。ひとまずこんな感じでいいかな? あ、このくらいだったら読めるわよね?」

「あ、うん、読めます。大丈夫」


 ざっくりとまとめた内容の紙をユリに手渡す。

 ユリもその内容で問題ないのか、「大丈夫です」と読んだ紙を返した。


「じゃあ、ひとまず次の休日から取り掛かっていこうと思うから、よろしくね」

「はい」


 ユリは頷いて、それから「ありがとうございます」と満面の笑顔で言う。


「ユイ、すごく優しいんですね」

「……はい? 私はただどこまであなたのサポートをすればいいか、確認しただけなんだけれど」

「うん、私のこと気にしてくれてる。心配してくれてる。私、すごくうれしい。だから、ありがとう」


 正面から純粋な感謝を述べられて、ユイはたじろいでしまう。

 そもそもユイのやりたいことを叶えていくために、余計な他者との関りは最小にとどめたい。あくまでユイの日常を送るうえで、ユリに割くリソースをどこまで減らせるのかという思惑があっての話だった。

 それなのに、こうしてお礼を言われるのは、何となく居心地の悪さを感じる。


「……別に、お礼を言われることじゃない」


 まっすぐユリの顔を見れず、視線をそらしてしまう。

 それでもユリは、にこにこと心底嬉しそうに笑うのだ。


 ──『森の民』って、変わった人が多いのかしら?


 内心そんなことを思いながら、横からユリの善意の視線を感じつつ、ユイは再び机の上の教科書に意識を戻していった。





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