新しいルームメイト③
ユイは図書館へ向かいながら、先ほどの話を思い出し、改めて重い息をつく。
2学年になる早々、まさかこんな展開が待っていようとは。
これから一体どうなるのか。
後悔してももう遅いが、ユイの気分は下降していった。
取り留めのないことを考えながら歩いていると、あっという間に図書館が入る建物についていた。
──そういえば、部下とは言っていたけれど、王立図書館の誰を探せばいいのだろう。
今更ながら、名前を聞きそびれたと思った。
だが図書館がある3階へ進むにつれ、漏れ聞こえてくる声からその人物は判別できた。
「……は、難しいと思います。一応聞いてはみますけど、許可が下りるかどうかは」
「そうよね。申し訳ないけど、ダメもとで聞いてみてもらってもいいかしら? 無理にとは言わないわ」
「分かりました。あとは問題ないと思いますので、貸出状況を確認して次回持ってきます」
「えぇ、お願いします。あとこれなんだけど、タイトルと作者がはっきりとわからないの。特定できるかしら?」
「どちらもですか? ……せめてどっちかだけでもわかれば探しようはあるんですけど」
「そうよねぇ……あら、何かご用かしら?」
ユイが階段から廊下へと出ると、2人の男女が話していた。
ユイの姿に気づいた女学生のほうが、親しげに話しかけてくる。制服のタイの色からしておそらく4年生だろう。
「……校長先生の客人のエドアルドさんという方から、同行していた王立図書館の方を呼んでくるように頼まれました」
その言葉に、女学生と話していた男子がユイのほうを振り向く。
話し声からしてわかってはいたが、やはりそこにはユイがよく知る人物がいた。
「時間のようね。今回はその分だけお願いします。片づけはこっちでしておくから気にしないで」
「……分かりました。それでは、今日はこの辺で失礼します」
そう言って彼はユイのほうへ歩いてくる。そしてそのまま隣を素通りし、今さっきユイが上ってきた階段を降り始めた。
ユイは立ち去る前に、女学生にぺこりと頭を下げ、元来た道を戻る。視界の端で、女学生はにこやかに微笑みながら手を振っていた。
ユイは男子──レイの後をついていく。
会話は特にない。もともとユイもレイも話すほうではないので、2人でいるときは無言の時間のほうが長い。
──まさか、レイに会えるなんて。
レイは10歳のころ、託宣により、王立図書館の魔石管理課という役につくために家を出た。
魔石管理課はみな託宣によってきめられており、任につくにあたって、全員王宮預かりとなる。魔石というものは、一律王の命により管理され、王族によって保護されていくものだからだ。
魔石管理課に勤める者たちは、家を捨て、王へ忠誠を誓い、自身の限界が来るまで働くことになる。一度任ぜられたら、その任を解くまで、家族と会ったり連絡を取り合うことは許されないのだという。
だからこの1年の間で、こうして2度もレイと会うということは、本来ならばありえなかったことなのだ。
黙々と足を進めていく2人。
図書館のある建物を出たあたりで、あとを追いかけていたユイは立ち止まりレイを呼ぶ。
その声に、レイは足を止め振り返った。
「何?」
「……校長室、そっちじゃない」
あっちと指さしながら、今度はユイが先導して歩く。その後をレイがついてくるのが気配で分かった。
教員棟へ向かいながら、ユイは聞きたかったことを尋ねる。
「……レイでしょ。『森の民』のサポートを推薦した人って」
先ほど校長室で話していた内容だ。王立図書館で働く人の中で、魔法大学校に通っている学生を名指しで言えるのは、縁者がここに通っていることを知っている人だけだ。
もしかするとほかにもいるのかもしれないが、ユイを名指しで指定するあたり、その人物はレイ以外に想像つかない。
「……迷惑だった?」
レイは特に否定することなく聞き返した。
「勉強に集中できなくなる」
「学年は違うし、授業中まで張り付けってことにはならないと思うけど」
「それでも、日常の時間を取られることになるなら同じことだよ」
「そう。だとしても、学生のうちだれか1人はそうなる予定だった。たまたまそれがユイになったってだけ。諦めなよ」
「他人事だと思って……」
気づけば横に並んで2人で歩く。
久しぶりの再会ではあるけれど、どちらもそれを喜ぶような性格ではない。それでも、ユイの隣にレイがいる。逆もしかり。隣にいるというだけで、とても安心感を覚えるのだ。
教員棟に入れば、校長室までさほど時間はかからない。図書館からもそこまで遠いわけではないため、あっという間についてしまう。
「……レイは、よく学校に来るの?」
ふと、ユイは先ほどの様子を思い出し尋ねる。
図書館へレイを呼びに行った際、先輩の女学生と親しげに話していた。その様子から、彼女とは何度かあっているように感じられた。そうなるとレイは何度かここに足を運んでいるということになる。
「月に1、2度は。王立図書館の本の貸し出しを学校側が窓口となってやってるんだって。主に僕がそのリストや貸し借りする本を運んでるんだ」
言われてみれば、王立図書館に行かずとも、学校にない本を借りることができるという話は聞いたことがある。ただ今まで利用したことがなかったので、それがどういう流れで行われているのかは知らなかった。
──私が気づかなっただけで、レイは何度か学校に来ていたってことなのね。
ユイも頻繁に図書館を利用する。だが大抵は借りる本が決まっているので、長く居座ることなどはなかった。もしかすると今までもユイが図書館に足を運んだ日にレイが来ていることはあったのかもしれないが、この1年間は見事にすれ違っていたようだ。
「今度図書館で見かけたら声かけるね」
「え、無視していいのに」
心底嫌そうな顔をしているレイ。無言で軽く肩を叩く。
「校長室、着いたよ」
2人はあっという間に校長室の前へと着いた。
中にはまだ客人がいるのだろうか。
ユイはレイの案内を任されただけなので、校長室には入らずこのまま隠し部屋へ戻る。
「じゃあね、レイ。またどこかで」
別れの挨拶は簡潔に。
ユイは軽く手を挙げて、今来た道を戻り始める。
「ユイ、待って」
少し歩いたところで、レイが呼び止めた。
振り向くとレイがポケットから紙とペンだろうか、取り出して壁を机代わりにして何かを書いている。
書き終えると、その紙をユイのほうへ魔法で飛ばしてきた。
ユイがその紙を受け取るのを確認すると、「じゃ、また」と言って、校長室のドアをノックし中へ入っていった。
ユイが受け取った紙を見ると、そこには1件の住所が書かれてあった。ユイ自身見覚えのない住所である。
「……これ、レイの?」
状況的に、レイが自身の住所を書き記したのだろうか。それにしても説明が不足している。
ユイはあきれつつも、その紙を丁寧に折りたたみ自身のポケットへしまう。
そして小さく「また会いましょう」とつぶやき、今度こそ隠し部屋へと戻っていった。




