新しいルームメイト②
詳細を聞く前に、「結構時間が経ってるから、早く行け」と半ば追い出されるように隠し部屋を出た。
イサクはお前何をしたんだと言わんばかりの表情でユイを見ていた気がする。
「呼び出されることなんて、していないと思うんだけれど……」
一体校長はどんな話で呼び出したのか。
全く見当がつかないまま、ユイは校長室へと向かう。
校長室は、普段授業を受ける校舎の北側、研究棟と呼ばれる教員たちの研究室が集まる建物の一階奥に位置する。
普段滅多に足を踏み入れない場所なので、緊張しつつも校長室のドアを叩く。
「入りなさい」という声とともに、ドアが勝手に開いた。
「失礼します」
初めて入る校長室は、木材を基調とした家具が置かれ、落ち着いた雰囲気の様相だった。
両壁にはたくさんの本が所狭しと並べられ、ドア正面奥には立派な机、そして左側に来客用だろうか、ソファと小さなテーブルが置かれていた。
そこには入学式以来に姿を見る校長。そしてその向かいには見知らぬ2人が座っていた。
「あぁ、ユイ・フェールディングくん。急に呼び出して悪かったね。さぁ、こちらに座って」
「はぁ……失礼します」
困惑しながら、ユイは校長が手差した一人掛けのソファに腰を下ろす。
ユイは左手に座る見知らぬ客人を盗み見る。
ひとりは校長より年上だろうか。魔法王立図書館の制服をきた男性だ。
そしてその隣に座るのは、ユイと同じくらいの年頃の少女。だが、特徴的なのは彼女の前髪の隙間から除く、見慣れぬ紋章。少女はユイの視線に気づくと、にこりと微笑みかけた。
状況が読めないまま、ユイは視線を校長へと移す。
「あの、私がここに呼ばれた理由は何でしょうか」
「うん、順を追って説明するよ。その前に、まずは彼らを紹介させてもらおう」
そういって校長は、同席する2人を紹介し始めた。
男性のほうは、王立図書館に属するエドアルド。そして少女のほうはユリという。
「ユリくんは、レイスヴィーグ魔法大学校への入学が決まっていてね。数日後には、晴れてここの学生となるんだ」
「はぁ……そうなのですね」
「そして彼女は、元は『森の民』であった。1年ほど前かな、訳あって身元を王立図書館で預かっていたが、魔法の才があるということで、この度この学校への入学が決まったんだ」
校長の話を聞き、ユイはもう一度視線を少女へと移す。
『森の民』とは、もともとアークレイリ王国ができる前からこの地に住んでいた先住民たちのことを指す。彼らは昔からの生活を続けており、複数の集団で里を形成しているという。その多くは各地方にある森の中で生活していることから、王国民たちは彼ら先住民のことを『森の民』と呼んでいるのだ。
そして1年ほど前。一般的には話題に上がってこないが、その『森の民』を王宮が保護したという話が出回った。
どうやら『森の民』が魔石に憑かれてしまったらしい。無事に魔石は取り除くことができたようだが、その『森の民』は掟により『森の民』として以前の居住区へ戻ることが許されないのだという。
詳細な経緯は知らされていないが、その後は王立図書館預かりとなっている。
──サロモン叔父様の話では、どこかの貴族が後見人になったという話も聞いたけど……。
ユイはお世話になっているアクラネス家の叔父からこの話を聞いていた。ユイの生家の一族が経営するインゴルーゴ総合病院に魔石に憑かれた『森の民』が運ばれたので、そこから一族間に話が伝達してった。その話をユイも聞いていたのだ。
──けれど、その話と私が呼ばれたことに何の関係があるんだろう。
校長の話の意図がよくわからない。
そんなユイの心情を読み取ってか、校長はようやく本題へと入る。
「そこでユイ・フェールディングくんへのお願いだ。彼女──ユリくんは最低限の言葉や生活習慣を覚えたが、まだまだ心もとないようでね。そこで最低でも低学年のうちは、寮生活において2年生以上の学生と同室になってもらおうと考えた。君に、彼女と同室になってもらおうと思っているんだ」
校長の話は、ユイと『森の民』の少女──ユリがルームメイトになって、ユリの日常生活のサポートをしてほしいということであった。
突然に話にユイは戸惑いを覚える。
「どうだろう。何か質問はあるかな?」
「……なぜ、私なんでしょう。2学年以上というなら、私以外にも女学生はたくさんいます。なぜ、私が選ばれたんですか?」
ユイのほかにも学生はたくさんいる。1年ではなく2学年以上の学生が選ばれるという理由も、学生生活に慣れてきたからという点で納得はする。
しかしそこでユイが選ばれる理由がわからない。ユイは1年次にそこまで目を付けられるような行動をした覚えがない。こういった際に、指名されるいわれはないはずだ。
その問いには、校長ではなく同席しているエドアルドが答えた。
「あなたを推薦したのは、こちらです。突然のことでご迷惑をおかけしてしまいますが、あなたの人となりを聞きまして、お任せしてもよいのではないかと打診させていただいたのです」
どうして、と声に出しそうになったが口をつぐむ。
ひとりだけ、王立図書館所属で、ユイを推薦しそうな人に心当たりがあったからだ。
「ユイ・フェールディングくん。もちろん、私たち教員側もあなたに負担がかからないように配慮するつもりだよ。そのうえで、この話を引き受けてもらえないかな。最も、断られても時間がないから次を探すのも大変なんだよね」
校長が困り顔でユイへ話しかける。
正直、ユイにとっては何のメリットもない話だ。ルームメイトが変わるという点に関しては特段問題ないが、彼女のサポートもしなければならないとなるとそれなりに時間を取られる可能性がある。授業以外にサークル活動にも精を出そうと思っていた矢先の話だ。できればこの話は断りたい。
しかし言外に、「断るな」と言われているようで、ノーと即答できない。
それにエドアルドやユリを同席させている時点で、状況的に断りにくくさせている。
ユイは悩んでみたものの、結局この場の圧には逆らえなかった。
「…………分かりました」
半ば折れる形で、この話を承諾した。
その後は、簡単に寮の部屋移動やユリの入寮タイミングを話し合った。
承諾した後にやはり受けなければよかったと後悔したが、もう遅い。
ユイは気づかれぬよう、小さく重い息をついた。
「──ひとまず、ユイ・フェールディングくんに関係する話はこのあたりだね。突然呼び出して申し訳ない。また詳細が決まり次第、伝言蝶を飛ばすから、それまでは君も部屋移動の準備を整えておいてほしい」
ユイを交えての話は、ここでいったん終了となった。
数十分しか同席していないはずなのに、やけに心労が溜まったように感じるのは気のせいだろうか。
ユイは立ち上がり、校長室を後にしようとすると、エドアルドから声をかけられた。
「申し訳ないのですが、よければ一緒に来ていた部下を呼びに行ってもらえませんか。おそらく図書館のほうにいると思うのですが……」
申し訳なさそうに依頼するエドアルドに、ユイはわかりましたと返事をする。
大変なことを引き受けてしまった手前、このくらいのお願いは何のその、という気持ちだ。
ユイは改めて「失礼します」とあいさつし、校長室を後にした。




