魔石に憑かれる⑧
ユイの言葉に、フレインは驚きの表情を見せる。
「ユイちゃん……わかるの?」
「はい、おそらく問題ないかと。ただ……」
ユイは一瞬言い淀むも、フレインの目を見て伝える。
「ただ、これから私がやること、できれば誰にも言わないで欲しいんです。お願いします」
ユイは頭を下げる。できれば学校生活を送る中で、この手段は行いたくなかった。使わなくて済むよう、うまく立ち回るつもりでいた。
しかし現在の状況を鑑みると、そうもいっていられない。合理的な方法をとるならば、これが一番最適解であろう。
おそらくフレインは山ほど質問があるに違いない。だけどそれらすべてを飲み込んだうえで、ユイに向かって力強くうなずき返した。
「分かった。誰にも言わない。約束するわ。
……それじゃあ、ユイちゃんは魔石を探してちょうだい。見つけ次第、あたしが刃を入れる。いいわね?」
「はい」
ユイは一呼吸ついてから、意を決して右目につけていた眼帯を外す。
「その目……」とフレインがつぶやく声が聞こえたが、今はいったん聞き流す。
「解放せよ」
ユイが魔法を唱えると、右目にかけられていた魔法が消え、だんだんと右目が熱くなっていくのを感じる。
一度目を閉じ、再度開くと、左右異なった世界が広がっていた。
左目はいつもと変わらない情景を映しているが、右目は光が届かない真っ暗闇の中でものを見ているよう。だがだんだんと、光の粒のようなものが空中や地面に漂っているのが見えてくる。それらが集まったり、霧散したり、どこかへ流れていく様子が右目で見え始めてきた。
ユイが右目で見ているもの、この光の粒のようなものこそが、魔素と呼ばれるものであった。
──魔素は問題なく見える……早いうちに、魔石を見つけないと。
ユイは右目で見える情景が落ち着いてきたことを感じてから、地面にいる男子学生の姿を見る。
左目では傷だらけの男子学生が身ぐるみをはがされた格好で寝ているが、右目では多くの魔素が流れを作り、人型のような姿をとっている。
左目と右目で交互に見ながら、ユイは魔石のありかを探していく。
──頭……多分もともとの魔素の塊。顔、首……心臓、も多分問題ない。体の主要部以外を見ていったほうがいいのかも……。
頭から順に男子学生の体を見ていく。
あまり時間はかけたくない。この右目はユイ自身にとってもかなり負担となるからだ。
だんだんと呼吸が荒くなっていく。
何とか平静を保ちながら、ユイは男子学生の下半身のほうに、不自然な魔素の滞りを見つけた。
「膝……? ここには魔素はたまらない……。フレイン先輩、左脚の……ここです。膝の少し上のほう。ここに魔石がある可能性が高いです」
ユイが指さした部位を確認すると、フレインは迷うことなく男子学生の体に刃物を入れていく。
痛みで男子学生が目を覚ますのではないかと思ったが、どうやらその様子もなく眠ったままだ。
その間に、フレインは切開した場所から魔石を探していく。
「……あった。ユイちゃん、容れ物を」
フレインがそれを見つけるまで、さして時間はかからなかった。
ユイは言われた通り、容れ物を手に切開した部位の近くへもっていく。
「浮遊せよ」
魔石に浮遊魔法を放ち、ゆっくりと体内から取り出していく。
魔石は人の爪ほどの大きさだった。
何とか体内から取り出した後、フレインはすぐさまユイの持っていた容れ物へ魔石を移す。そして容れ物に入ったことが確認できると同時に、ユイはすぐさまその容れ物の蓋を閉じた。
この容れ物は魔石を入れる専用の容器となっており、こうして隔離しなければ、すぐさま魔石が他者に憑いてしまう可能性があるのだ。
何とかひとり、無事に魔石を取り除け、2人で安堵の息を漏らす。
だが安心はしていられないので、フレインはすぐさま切開した傷口を縫い始めた。
ユイは荒くなる呼吸を抑えながら、傷口に塗布する薬草をフレインのわきに置いていく。
そしてふとイサクたちのほうを見る。
あちらは以前、男子学生を拘束できないまま魔法のやり取りが続いていた。
助っ人が入ったとはいえ、どうやら状況は変わらないらしい。
ユイは右目で動き回る男子学生を見ていく。
──動かれると魔素が見ずらい……でも頭のほう……首? 通常魔素があんなに濃いってことはないはずだから……。
「イサク先輩! レイ! 首です。その人、首周辺に魔石が憑いている可能性があります!」
ユイは離れた位置から、普段出さないような大声で魔法を放つ2人へ声かけた。
咄嗟のことに2人は一瞬、ユイのほうを見やったが、すぐにまた眼前の男子学生へと対峙していく。
「ユイちゃん、傷口縫い終わった! あたしはあっちの手助けに行ってくる。悪いけど、この人の後処置を任せていい?」
どうやらフレインの処置が終わったらしい。ユイが頷き返すと、フレインは防護魔法を出てイサクたちのほうに合流した。
ユイはその間に処置を終えた男子学生の傷口に薬草を塗り込んでいく。
──縫い方が綺麗……腕がいいのね。
思わず関心してしまうほどきれいな縫い口だった。
そこに薬草を塗り込み、持参していた包帯で傷口を覆っていく。
なるべく汚れが入らないよう、最低限周囲をきれいにしたつもりだが、如何せん外での応急処置である。細菌等が入らないとも限らない。学校へ戻ったら、学校医にきちんとした処置をしてもらうほうが良いだろう。
処置を終え、ユイもフレインたちのほうへ合流しようとすると、どうやらちょうど片がついたようだ。
誰かが放った凍結魔法だろうか、それにより男子学生の下半身を地面と拘束することができていた。そして、助っ人の彼が持っていた液体を男子学生へ振りかけると、次の瞬間男子学生の動きが完全に止まった。
──多分あの液体……かなり濃度の高い睡眠薬よね。
魔法使いの人体には影響はないとはいえ、簡易的な手術を行っても一切目覚める様子がなかったとなれば、かなり強い睡眠薬なのだろう。そんなものを作っていることに驚くが、今回に限ってはかなりありがたい。
完全に動きが止まったところで、すかさずフレインが魔石を除く作業に入る。
ユイは先ほどと同じくフレインのもとに魔石の容れ物を持っていこうと立ち上がり、歩みを進める。
次の瞬間、ユイの視界がぐにゃりと歪み、地面に倒れ込んだ。
──あ、ヤバい。
意識しだすと、心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。そしてそれに呼応するように、息も荒くなっていく。
原因は右目にあることは明らかだ。
魔素を見ることができるが、それだけではなく、この右目は外部の魔素を吸収する働きを持つ。
普段は右目で視認しないよう魔法をかけ、その上から魔素を吸収しないよう魔法陣を描いた眼帯を着けている。
先ほどまでも、なるべく吸収した直後から同じ分を排出するよう気を付けていた。もはや無意識レベルでできるはずであったが、ここに来て少し緊張の糸が解れた。今までの疲労も合い重なり、魔素の均衡が崩れた。
「はっ、はっ、はっ……」
口で呼吸しながら、必死で魔素の循環を元に戻そうとする。
頭の隅で、眼帯をつけ直せばよいと思いついたが、先ほど外した際に処置をした男子学生付近に置いていた。取りに行きたいが、思うように体が動かず、起き上がるのも困難だ。
──落ち着け、落ち着け、落ち着け。
今までも同じような経験は幾度となくあった。落ち着いて対処すれば、何も問題はない。
そう頭では理解できていても、体は言うことをきいてくれない。先ほどから耳鳴りもひどくなり、周囲の音すら拾えなくなってきた。
──落ち着け、落ち着け、落ち着け……。
視界もだんだんぼやけてきて、ところどころ真っ白くなる。瞼が重くなり、今にも目を閉じたい衝動に駆られるが、今ここで目を閉じてしまったら確実に意識を落としてしまう。その状態から平常に戻すのはかなりつらい。そのため、今ここで瞼を閉じてはいけない。
フレインたちは男子学生の対応に追われ、おそらくユイの状況に気づけていないだろう。
せめて眼帯だけでも手渡してほしいところだが、声を出そうにも荒い呼吸の隙間から言葉にならない声が漏れるだけ。さすがにこれではフレインたちのもとへユイの声は届かない。
──誰か……眼帯を……。
「ユイ」
耳鳴りが響く隙間から、自身を呼ぶ声が聞こえた。そして、両手が温かいもので包まれた。
ぼやける視界には、誰かがユイのそばに来てくれていた。
「ユイ、聞こえる? 今から僕の魔素をユイに流す。それに合わせてゆっくり呼吸して。いいね?」
ところどころ拾えた言葉にうなずき返すと、ゆっくりと左手側から魔素が流し込まれていることを感じた。ユイはそれをゆっくり体内に循環させ、右手側からそれを相手へ送り返す。
意識を体内へ集中させながら、ゆっくりと息を吸い、吐く。
どのくらいそうしていただろうか。
最後に大きく息を吸い、吐きつくす。気づけば耳鳴りはとうに鳴りやみ、視界も通常通り見えるようになっていた。体は少し重いが、ずいぶん回復したほうだろう。
「……もう、大丈夫。あと、悪いけど眼帯取ってくれる? あっちの男子学生の近くにあるはずだから」
「分かった」
ユイがそういうと、先ほどまでつながれた両手が離れた。ゆっくりと体を起こしながら、その間にユイは右目に魔法をかける。すると先ほどまで見えていた魔素が見えなくなった。
取ってきてもらった眼帯を着けると、過度な魔素の吸収も抑えられる。一気に負担となっていたものがなくなったが、体のだるさは変わらない。あとで体調を整える薬を摂取したほうがよさそうだ。