入学式①
近くで鳥の鳴き声が聞こえた気がして、ユイ・フェールディングは木戸の外に視線を向けた。
木戸の向こうの庭には、つい先日開花したばかりの桜の木が見える。鳴き声の主はどこにいるかと左目を細めるも、さすがにその姿を確認することはできなかった。
「ユイちゃん、入りますよ」
ドアがノックされる音とともに、叔母であるソフィア・アクラネスが声をかける。
「そろそろ出発するようですよ。準備はできた?」
開かれたドアの隙間からひょこりと顔をのぞかせる叔母。小柄なため、その仕草がとても可愛らしく目に映る。
「はい、今行きます」
ユイは返事をするとともに、机の上に置いていた鞄を手にする。大きな荷物はすでに表の馬車に乗せているため、あと必要なものはこの鞄だけだ。
「忘れ物はない? 教科書は全部持った? 杖は? 箒はいらないんだったかしら? ……あぁ、ちゃんと確認したのに、なんだか心配だわ」
玄関へ向かいながら矢継ぎ早に確認する叔母に、ユイは苦笑しながら大丈夫だと告げる。
「心配し過ぎです、ソフィア叔母様。大丈夫なので、落ち着いてください」
「そう? 何か私の方がすごく心配になっちゃうわ」
頬に手を当て、大げさなくらい心配そうに眉を下げる。彼女の場合これが平常なので、心配ないと繰り返し伝えるしかない。
「あぁ、そうだわ。ユイちゃん、道中みんなで食べてね」
そしてふと、思い出したように手に持っていたカゴを手渡す。蓋をずらしてみると、そこにはユイの好物のひとつであるベリーパイがあった。まだほんのり温かみを感じるので、作って間もないのだろう。
「ありがとうございます、叔母様」
素直に礼を伝えると、叔母はさらに嬉しそうに笑みを浮かべる。
「さぁさ、そろそろ行きましょう。みんなに遅いって怒られてしまうわ」
2人は屋敷の者たちに挨拶をしながら表へと出る。
家の門の前には、馬車が2台。その傍には御者と、アクラネス一家が揃っていた。
「あ、やっと来た。早く出ちまわないと、着く頃には暗くなるぞ」
「大方、母さんがあれやこれやと忘れ物チェックしてたんだろう」
似たような顔の兄弟・エギルとマールが大げさな仕草でやれやれと言う。その様子が先ほどまでの叔母と重なり、今さらながら彼らは血の繋がった家族なのだと実感する。
「エギル、マール。準備ができたなら先に乗っていなさい。ユイ、君も忘れ物はないかね。問題なければ馬車に乗りたまえ」
叔父のサロモンが御者と話す傍ら、子どもたちへと指示を出す。
ユイは改めて、ソフィアに出立の挨拶を告げる。
「ユイちゃん、長期休みは遠慮なく、うちに帰ってきてね。事前に連絡をくれたら、ユイちゃんの好物を作って待っているわ」
「……ありがとうございます、叔母様」
柔らかい笑みを浮かべ、見送ってくれる叔母に、ユイは改めてこの家の温かさを感じた。
兄弟が乗り込んだ馬車にユイも乗り込む。
さほど経たないうちに、叔父も乗り込んだ。
「では母さん、この子たちを送ってくるよ。留守を頼む」
「はい、任されました。エギル、マール、ユイちゃん。行ってらっしゃい」
各々、ソフィアへ返事をし、馬車のドアを閉める。
サロモンが御者へ合図を送ると、ガコンと大きく揺れ、その後は徐々にスピードを上げながら動き始めた。