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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
19/24

魔石に憑かれる⑦


 「防護魔法に切り替えてください!」


 だからその声が聞こえた時は、空耳ではないかと思ってしまった。

 しかもその声は、ユイがとてもよく知る、だけど今この場にいるはずのない人物の声に似ていた。


 咄嗟のことだが、フレインはすぐさま遮音魔法を解除し、代わりに防護魔法を張り直す。

 その直後、


地面よ、沈め(イヨルフ・ヴァスクル)

風よ、その場(ウィンドゥル・)に留まれ(バシュツ)


 連続して魔法が放たれた後、男子学生たちに向かって何かの液体が宙に撒かれる。


 杖を持った男子生徒の方は拘束が緩かったのか、すぐに宙に飛び跳ね、その液体を回避していた。

 四足歩行の男子生徒はもろに液体を被り、その数秒後、地面にうつ伏せで倒れ込んだ。


 その間に、魔法を放った本人は、ユイたちの方へと合流した。

 左目に眼帯を着用しているが、見た目はユイたちとさほど変わらない歳に見える。だが着ている服から、学校の生徒でないことがうかがえる。


 ──レイ。


「救援信号を見て来ました。状況を教えてください」


 ユイは声を掛けようと口を開いたが、直前で噤む。今は悠長に話す時間ではない。目の前の状況を対処するのが先である。


 突如助けに入った人に、驚きつつもフレインが簡潔に状況を説明する。


「あたしたちより前に、救援信号が上がって、しばらくして彼らと会敵したわ。多分どちらも魔石に憑かれている。あたしたちに会う前に憑かれていたなら、憑かれてから1時間近くは経っているかも」


 フレインの説明に、助けに入った彼は頷いたあと、地面に倒れた男子生徒を魔法で引き寄せた。


「……確かに魔石に憑かれてますね。かなり時間が経っているかも。急いで魔石を取り除く作業を行った方がいいです」


 そう言って、今度は拘束から抜け出した男子生徒の方を見やる。


「あちらは……動きや魔法特性からして、魔獣の魔石に憑かれる可能性が高いですね。彼も早いところ、魔石を取り除いたほうがいいと思います」


 第三者の意見も、ここにいる全員と同じ答えだった。

 やはり一刻も早く、彼らから魔石を取り除かなければならない。

 そして、その決断を下したのはフレインだった。


「イサク、あんたはあの人の対処をお願い! あたしは、これからこの人の魔石を取り除く!」


 ユイは驚きのあまり、思わずフレインの顔を見る。

 よほど心配そうな表情でもしていたのか、フレインはユイの視線に気付くと、薄らと微笑んだ。


「こう見えて、ちゃんと魔法医療師中級の資格は持っているわ。魔石を取り除く作業自体も、何度か経験している。1人で処置するのは初めてだけどね」


 人に憑いた魔石を取り除くためには魔法医としての資格がいる。

 魔法医療師資格といい、初級・中級・上級と分かれており、中級以上でないと外科手術は行えない。


 イサクはちらりとフレインの方を見やる。それに対し、フレインが頷くと、イサクも頷き返した。


「そっちは任せる。……そこのあんたはこっちを手伝ってくれ。さすがに1人じゃ手に余る」

「ユイちゃんは、あたしのほうを手伝って。基本的なことは分かるわよね?」


 助けに入った彼がイサクのもとに、そしてユイはフレインの手助けに入る。


 イサクたちの放つ魔法が被弾しないよう、ユイは動けるスペースを作りながら防護魔法を張っていく。

 その間に、フレインは魔石を取り除くための準備を進めていた。


 経験者ということもあり、フレインの作業の手つきはスムーズだ。

 倒れた男子生徒は意識を失っているとはいえ、これから体に刃物を入れていく。途中で意識が戻り暴れられないよう、手足はしっかり地面と結合する。

 防護魔法を張り終えたユイは、処置中や処置後に必要になるであろう魔法薬の準備に入った。


「……ちょっとまずいわね」


 ぽつり、フレインがぼやく。ユイは思わず手を止めて、フレインのほうを見やる。


「何か足りないものでもありましたか?」

「……ううん、違う。物は足りてるわ。そうじゃなくて……魔石の位置が見当たらない。表面上に見当たらないから、おそらく体内に入り込んだ可能性がある」


 魔石が人体に憑くということは、魔石そのものが憑く人の体に無理やりに付着することになる。

 魔石の大きさ、その魔素としての意思の強さ、その憑く人体の状況などによりさまざまではあるが、多くは体の表面上、皮膚に刺さるような形で憑いてあることが多い。魔法医はそれを視認して取り除いていく。


 だが魔石がかなり小さい場合や、時間経過とともに、魔石はどんどんその体を取ろうとするため体内へめり込んでいく。そうなると表面上からでは確認できず、体内にもぐりこんだ魔石を探すことになる。

 その場合でも、魔石の侵入口となる傷があるためそこから魔石を取り除くことが可能だ。


 しかし今回の場合、憑かれている人体の外傷がひどい。体中に多くの裂傷・擦傷がある。

 魔石が体内に侵入する際の傷も裂傷の傷跡と似ているため、どこから魔石が侵入したのか探すのが困難だ。


 ユイもあらかた準備ができたところで、フレインとともに、男子学生の身ぐるみをはがしながら魔石がどこにあるかを探す。だが、2人がかりでも、その手掛かりはなかなか見つからない。

 

 フレインに焦りの様子が見えてくる。


 ──多分、私なら、魔石の位置自体を特定できると思う。


 その様子を見て、ユイはひそかに思う。

 だがそれを行うとなると、ユイ自身が入学前に決めていたことに反してしまう。それにできれば、あまり他人に知られたくない。


 今の状態でも、男子学生の体内にユイたち第三者の魔素を流し込み、魔素の流れが滞る部位から判断し、処置を行っていくという方法がある。

 しかしその手段は、あまりにも手数が多く、時間もかかる。そうなると男子学生の命の保証はできなくなる。


 ユイ自身としては、憑かれた人の生死はさほど気にならない。探掘を目指すものとして、こういった状況に陥ることは自他ともにあると思っているからだ。

 ならば男子学生に魔素を流し込んで、魔石を特定する手段でも問題ないだろう。


 ──でもみんな、疲労がかなり溜まっている。


 魔石に憑かれた男子学生たちと対峙して、どのくらい時間が経ったのだろう。

 まだ動けそうではあるものの、疲労は確実に蓄積されている。

 魔石を取り除くというのは繊細な作業だ。途中で集中力が切れでもしたら、憑かれている人はもちろん、その後の取り出した魔石の取り扱いに誤りでもあれば二次被害が起きてしまう。

 そういう意味では、あまり時間をかけたくないところだ。


 ユイは手を動かしながら思案する。

 けれど考えたところで、行きつく答えは変わらないのだ。


 ──先輩たちなら、きっと秘密にしてくれる。


 一番の問題は、ユイがこれから行おうとすることを口外されないかということ。

 だけどその点に関しては、彼らはきっと大丈夫だろうという思いがあった。

 出会ってからまだ数か月。短い時間ではあるけれど、彼らは信頼に値する。



 ユイは大きく呼吸をし、意を決してフレインに話しかけた。


「フレイン先輩……私なら、魔石がどこにあるのか、判断することができます」



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