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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
18/52

魔石に憑かれる⑥



 魔石に憑かれる。


 主に探掘者(たんくつしゃ)鑑石課(かんせきか)の者たちが、いちばん恐れる事態と言っても過言ではない。



 役目を終えた動植物に魔素が集まり石化したものが魔石と言われるが、時にこの魔石に意思が宿ることがある。

 詳しくは解明されていないが、多くの者が「記憶の残滓」と呼んでおり、主に魔法使いの魔石によく見られる。生前や死の直前、その人の感情が強すぎたり基礎魔素力が高いと、死して魔石と化してもそこに含まれる魔素が意思を持っている場合が多い。


 だが意思を持っていたとしても、その肉体は既にない。また死亡した段階で、体に意識はないし、物事を考える脳の働きもない。理路整然とした思考回路はよほどのことがない限り再現されない。

 そうなると、意思を持ったとしても明確な目的を見つけることは難しくなる。


 そのような状態の魔石が次に求めることは何か。

 思考するための頭を持つ外殻を求める。その結果、魔石が動物や人間に憑くという動きをしてしまう。


 だが生憎と、人間の体には意思はひとつしか要らない。その中に外から別の意思が入り込むとどうなるか。

 体内で意思同士が互いに反発し、拒絶反応を起こす。

 また、魔石自体が持つ魔素と別の魔素が体内で混同するということも拒絶反応を起こす要因のひとつとなる。


 それらが重なり合い、憑かれた本人は自身の思考すらできず錯乱し、魔石の意思のほうに引っ張られてしまう。

 それすなわち、魔法使いたちの中で「魔石に憑かれる」という。




 まさに、ユイたちの前にいる学生がそうだ。


 ──憑かれてからどのくらい経ったのだろう……時間経つほど、本人がもたない。


 お互い様子を伺う状態が続く中、早く対処しなければという焦りが生まれてくる。

 魔石に憑かれ、そのまま自我が戻らなかった人を何人も見てきた。その未来に少しだけ恐怖する。


「2人とも、そのまま聞いて」


 背後にいるフレインが口を出す。


「これから合図する。そしたらユイちゃんは救援信号をあげて。多分動くとこいつら反応するだろうから、あたしとイサクで動きを止める。いいね?」

「はい、分かりました」

「そんな簡単にいけばいいけどな」


 お互い相手の動きを見計らいながら、そろりそろりと動いていく。

 ユイの準備が整ったところで、フレインが合図をしかけた。


「今よ!」

爆ぜて知らせよ(レーティル・ピーサ)!」


 ユイは救援信号を打ち上げ、続いて別の信号も打上げる。「要救助あり」と。


 空中で破裂音が響くと同じく、魔石に憑かれた男子生徒たちがそろって3人の方に向かって突っ込んでくる。

 だがそれを読んだ上で、フレインとイサクの魔法が阻む。


捕らえよ(ハーンダカー)!」

風よ、押し込め(ウィンドゥル・イータ)


 各々の魔法が放たれるが、男子生徒たちの反応速度が早い。放たれた魔法をすり抜け、彼らはさらに距離を取ってきた。

 位置関係が変わったところで、ユイたちは横並びに集結する。


「助けが来るまで何とかなる?」

「無理だろ。あいつらかなり身軽だ。おそらく、魔獣の魔石に憑かれてる可能性あるぞ」

「だよね……しかもでかい方、杖も持ってるっぽい。魔法使いの魔石だったら、場合によってはこっちがやられる」


 救援信号はあげたものの、どのくらいで助けが来るのか分からない。

 2対3ではあるが、魔石に憑かれた人間とのやり取りは、本来低学年だけで対応できるものではない。ある程度の知識はあれど、実践で対応するのは難しい。


 それにユイは、別の面でも心配する。


「魔石に憑かれる時間が長くなると、あの人たちも危険ですよね……」


 すでに魔石に意識を取られてかなり時間が経っているのか、体の痙攣は治まることなくだんだんひどくなっているように見え、口からはうなり声とよだれが下垂れている。見るからに、かなり危険な状態であると推測される。


 そんな3人の不安事などお構いなく、男子生徒の姿をしたそれらは、ユイたちの方へと突っ込んでくる。


捕らえよ(ハーンダカー)!」

地面よ、沈め(イヨルフ・ヴァスクル)!」


 フレインやイサクが魔法で応戦する。

 ユイは彼らの邪魔をしないよう、サポートに回ることにした。

 だが、動き回る速度が速すぎる。フレインやイサクの邪魔をしないようにするだけで精一杯だ。




 不毛な時間だけが過ぎていく。


 男子生徒の姿をしたそれらは、疲れを知らないかの如く動き回る。しかも憑いてるのが動物の魔石が高いからか。人の体の構造に合わぬ動きが目立つ。四つん這いで動く男子生徒の足は、片方が折れているのではないだろうか。

 それにフレインやイサクもまだ余裕がありそうに見えるが、これ以上長引けば疲労が溜まってくる。回復魔法をかけたところで、集中力までは回復できない。1年のユイの面倒も見ながらとなると、どこかできっとボロが出てしまうだろう。

 双方のためにも、これ以上時間をかけるのは危険だ。

 

 ──私にできること……私にできること……。


 ユイは考えながら、2人のサポートを続ける。

 だが経験不足のこの状態で、いい案などそんな簡単には思い浮かばない。

 今はいかに先輩方の足を引っ張らないように動くかだけだ。


地面よ、沈め(イヨルフ・ヴァスクル)


 男子生徒たちが着地したと同時に、イサクが魔法を放つ。タイミングが良かったのか、彼らが抜け出す前にその足は地面へと沈み、身動きを制限できた。


「今のうちに拘束するか意識を落とせ!」


 イサクの声と杖を持つ男子学生が大きく息を吸い込む動作が重なった。

 そして次の瞬間、魔素のこもった咆哮がユイたちに向かって発せられた。


我を防護せよ(ヴェンダ)!」


 ユイは咄嗟に3人を囲むように防護魔法を放つ。だがその咆哮は防護魔法を貫通し、けたたましい音がユイたちの耳を攻撃する。


「ま、魔声……?」

遮音せよ(ヒョーフローク)!」


 咄嗟にフレインが新たな魔法を放つ。それにより魔声は遮断できたが、この一瞬でイサクがかけていた拘束魔法が緩んでしまった。四足歩行をしている男子学生の片足が、地面から抜け出している。


地面よ、沈め(イヨルフ・ヴァスクル)


 イサクは再度魔法を放つが、なんと男子学生の咆哮に打ち消されてしまった。


「なっ……!」


 魔法を打ち消すほどの魔素が込められているなど、だれが想像できようか。

 ユイも応戦しようと魔法を放つも、彼の放つ咆哮にかき消されて魔法が発動する前に消えてしまう。


 フレインは遮音魔法を継続していて攻撃できない。ユイとイサクはすきを見て魔法を放っていくも、途切れることを知らない咆哮によって、その魔法は打ち消されていく。その間に、四足歩行をしている男子学生は地面から必死に手足を抜き取ろうともがいている。


 もはや、ユイたちの魔法が届くの先か、彼らが地面から抜け出すのが先か、どちらかの状態になってしまった。


 ──早く、何か突破口を見つけないと……。


 焦りがどんどん募っていく。それはフレインもイサクも同じだった。

 先の予測が見えないまま、どんどん時間は過ぎていく。


 ──せめて、誰か助けでも来てくれれば……。


 思わず弱気な思考が頭をよぎった。

 そろそろ救援信号を受け取った誰かが、助けに来てくれないだろうか。

 そう思ってしまうほど、ユイたちは対応に困ってしまっていた。




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