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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
17/24

魔石に憑かれる⑤



 簡単な昼食と休憩を挟んだ後、ユイたちは少しの間広い場所に留まった。

 その間に、フレインやイサクから魔素循環のコツや急な斜面を登る際の魔法の使い方、そして前半にできなかったマッピングについて詳しく教わった。

 それに周辺には、この地域特有の植物などが生えている。過度な採取をしなければ、持ち帰りは問題ないということのため、ユイとフレインで手分けして採取したりした。


 そうしていると時間はあっという間に経ち、山登りを始めてから6時間近く経っていた。


「そろそろ帰るぞ。これ以上遅いと日が暮れる」


 イサクの声とともに、各々自身の荷物を片付ける。

 だんだんと日が落ちてきたからだろうか、ときおり吹く風がだんだん冷たくなってきたように感じる。


「帰りは別ルートで帰るよ。マッピングはユイちゃん、お願いね。行きと違って降りだし、帰りのドアもそんなに遠くないから」

「はい、分かりました」


 先ほど教わったマッピングのため、地図と魔法ペンを準備する。少しばかり不安はあるものの、何事も実践あるのみだ。


 3人の用意が整ったところで、イサクを先頭に帰路へとつく。




 その時だった。


 甲高い笛の音のような音の後、爆竹のような爆ぜた音が空の方で聞こえた。

 驚きのあまり、周囲を見渡していると、木々の隙間から上空に赤い煙幕のようなものが漂っているのを見つけた。


「今のは……」

「救援信号だ」


 イサクが誰にともなく険しい表情で呟く。隣にいるフレインも似たような顔をしていた。


 救援信号について、ユイも事前に聞いていた。


 基本集団行動が主ではあるが、それでも人手が足りないほどの危機に陥ることがあるのだと言う。

 その際に周囲に知らせを入れるのが救援信号だ。

 この救援信号は、集団ごとに使われる色が異なるらしく、学校関係者は一律赤い煙幕を使うことになっている。これは授業として活動する学生と、専門の探掘者など仕事として活動している人たちとを区別するために色が分けられているのだという。


 ──赤色だから、学生……授業はないはずだから、私たちみたいに課外行動している人?


 想定外の事態に、ユイはフレインとイサクを見やる。2人とも、ユイよりは落ち着いているように見えるが、その表情は険しいままだ。


「……助けに行ったほうがいいんでしょうか?」

「……続投の知らせがない。状況が把握できない以上、むやみに助けに行かないほうがいい」


 救援信号は2投あげられるルールとなっている。初めに所属を示す煙幕信号と、次に状況を知らせるための信号だ。

 だが今上がったのは、所属を示す赤い煙幕信号のみ。その後は耳をすませてみても、知らせの信号らしきものは聞こえないし見当たらない。


 ユイはそっと無言魔法で、自身の感知領域を広げていく。魔素の知覚を広範囲に広げて人探し等に利用する魔法だ。だが、全方向にかなり広げてみても、魔法使いらしき人は見当たらない。


 イサクは舌打ちをするとぐしゃぐしゃと髪を乱す。


「救援信号を知らない下級生だけで行動してねぇよな? 誤射とかならせめて何かしらの反応入れるだろ」

「管理室の名簿に名前書いてた時、今日の入山者のところに、すでにあたしたちの他に3、4グループいたわ。どのグループにも上級生の名前があったし、下級生だけでいうならあたしたちのグループのみよ」

「……さすがにこのままってわけにいかねぇ。フレイン、今回の指示出しはお前だ。俺らはお前の判断に従う」


 イサクの言葉に、ユイも頷く。

 フレインは少しの逡巡の後、方針を決めた。


「現状は、あたしたちはこのまま山を下る。管理室でも救援信号が上がったことは認知してるでしょうし、学生会辺りが動くと思う。一旦、このまま下って情報収集しましょう。もし途中で続投があれば、その内容によって臨機応変に対応。これでいくわ」


 異議はあがらず、フレインを先頭に山を下りる。その後ろをユイ、イサクの順に並ぶ。

 異常事態ということもあり、ユイのマッピングは中止になった。今はとりあえず、少しでも早く学校に戻ることが先決だ。




 だからそれに気づけたのは、本当に偶然と言っても過言ではなかった。


 山を下るため、救援信号があがった後ユイがひっそりと広げていた感知領域を解こうと思った矢先。背後の方からかなりのスピードで近づく魔素を2つ検知した。


 ユイが振り返り、それを視界に入れ、杖を手に取り、魔法を唱えるまでさほど時間はかからなかった。


我を防護せよ(ヴェンダ)!」


 ユイの後ろにいたイサクの背後に向かって、防護魔法をかける。鈍く何かがぶつかる音、そしてユイたちの上空を飛び越える姿をとらえた。だがぶつかった際の反動が思いのほか強く、ユイは後ろに尻もちをついてしまった。


「おい、大丈夫か?」


 イサクが差し伸べてくれた手をつかみ立ち上がる。

 立ち上がって辺りを見回すと、状況はあまりよくないものになりつつあった。


「2人とも、なるべく急な動きはしないで。でも杖はいつでも抜けるようにしといて」


 フレインが前方に注意したまま告げる。ユイとイサクも、フレインと背を向けるようにして、()()から視線を離せないでいた。


「……あれは」


 同じ制服を着た男子学生。だがその制服はすでにボロボロだ。しかも両手を地面につき、まるで四足歩行の動物のようにゆっくりとこちらを伺っている。その表情は人間のものとは思えないほど歪んでおり、たらりと鼻から血が出ているようだ。おそらく、さきほどユイがかけた防護魔法に面と向かってぶつかったからだろう。

 フレインのほうにも、おそらくもう1人いるはずだ。そちらはちらりとしか見てないけれど、おそらくそう大差ない状態だと思われる。


「おいおい、冗談だろ……」


 四足歩行で様子を伺う男子学生は、その口からうめき声のような、うなり声のような、まるで動物みたいな声を発する。そして時おり、手足が痙攣して、体制を保てず地面に転がる。


 ユイはそんな目の前の男子生徒のような症状を、嫌というほど見てきた。幼い頃の記憶が呼び起こされる。


 まさか、と信じられない気持ちでいると、フレインがその言葉を呟いていた。


「……魔石に、憑かれてる」



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