魔石に憑かれる④
ハウトヴェルホース山は、王都より北の方に位置する。魔石探掘目的以外にも、一般人も山登りを楽しめる標高ということもあり、時期によっては一般開放もされている山である。
初心者でも比較的挑戦しやすいと言われているが……。
「はぁっ……はぁっ……」
登り続けて数時間。ユイの息はあがりかけていた。
木々が邪魔をして太陽の位置は正確には分からないが、記憶時計を見る限り、おそらく2時間ほど経つか経たないかか。
フレインやイサクは立ち止まるとつらそうに息をつくけれど、見た感じまだまだ余裕はありそうだ。
ユイも体内の魔素を循環し、なるべく疲労回復をするようにしているのだが……。
──や、山登りって、こんなにきついものなの……?
ここまでほとんど登り坂。時おりかなり急な斜面もあったりする。魔素循環に気を取られたら足元が疎かになる。かと言って、地形に意識を取られていたら疲労回復をするのを忘れてしまう。
両方を両立して扱えず、予想以上に苦戦していた。
そして、まだまだ続く上り坂を進んで行くこと2時間ほど。
ようやく、平坦で開けた場所に出た。
「ちょっと遅いけど、ここで昼休憩にしましょう」
フレインはそう言って、持ってきた荷物を下ろし大きく背伸びをした。
イサクも荷物を地面に置き、軽く体をほぐしている。
ユイはと言うと、荒い息を整えながら、そのまま地面に座り込んでしまった。想像以上に足腰が痛く、もうこのまま動きたくない気持ちになる。
「ユイちゃん、お疲れ。どう? 初めての山登りは」
フレインが地面に汚れてもいいようにとシートをひきながら問いかける。
「お、思ったより、大変で……ガジャ先生の授業の大切さを身に染みて感じました」
「まあ本来は、魔法も使いながら進むことが多いけどね。今回みたいに自力で行動もあるみたいだから、早めに慣れておくに越したことはないよ」
どうやら普段は、しんどいところは魔法を使って進んでいくものらしい。だが全ての場所でそれができるとも限らない。そんな状況になることも鑑みて、魔法を使わずに山登りをする経験を積んでいるのだそうだ。
ガジャの授業では、基本的に魔法を使わず、自身の体力向上を目的とするような授業が多かった。今ここで、その授業内容の大切さを身に染みて実感した。今後はもっと意欲的に授業を受けようと決意する。
呼吸を何とか整えたところで、ユイは道中疑問に思っていたことを尋ねる。
「思ったんですけど、箒を使った方が早くないですか? もちろん、木がたくさんあるところは難しいですけど、こういった広い場所さえ確保できれば、ポイントごとに繋ぎができませんか?」
その問いに、イサクが呆れたように言う。
「お前、それができたら誰も困んねぇだろ。魔法高度の話を知らねぇのか」
「……魔法高度?」
「イサク、1年は箒乗りの授業始まったばかりよ。習ってないわ。ユイちゃん、箒乗りがどのくらいの高さまで飛行できるか知ってる?」
フレインの問いかけに、ユイは鳥が飛べる高度くらいと答えた。実際そこまで高く箒で飛んだことがないため、どのくらい高く飛行できるのかのイメージができない。
「魔法を使いながら飛行できる高さが3,000メートル、箒で上昇できる高度が5,000メートルほどと言われているわ。確かこの国で一番高い山が3,800くらいあるって聞いたことがあるから、そこの山頂だったら飛行しながら魔法行使は不可能ね。」
「……そんなに高く飛べないんですね」
そんなユイの疑問に、フレインは丁寧に答える。
「魔法高度は聞いたことなくても、魔素濃度って言葉は聞いたことあるんじゃない? 高度が高くなればなるほど、魔素濃度が急激に減少するらしいの。だいたい今言った数値くらいが、魔法使いが実証できた距離らしいわ。それ以上は、空気中からの魔素は極端に減るし、箒にも魔素を流し込まないといけないから、必然的に循環させる魔素の量は減る。そうなると、箒の制御もできなくなるから、下手したら地面まで真っ逆さま」
魔素濃度とは、その名の通り魔素の濃さのこと。
ユイも魔素濃度という言葉については知っていた。
フレインの説明を受けて、先ほどユイが尋ねた質問の答えが導き出される。
「……なるほど。行く場所によっては、高さがある場所だったりすると、箒が使えないから邪魔になりますね」
「それに探掘側からすれば、空から移動したとして、道中にもし魔石が埋まってたら探しようがないじゃない? だから探掘に箒は邪道と言って、持ち運ばないようになってるらしいわ」
魔石とは、役目を終えた動植物に魔素が集まり石化したものである。魔素から読み取れる情報は多く、人間であれば、魔石から生前の記録を読みとくことが出来る。
一朝一夕にできるものではなく、長い時間がかかり、そしてそれらは特定の場所に必ずできるということもない。
現在見つかっている最古の魔石は、2000年ほど前の魔法使いの魔石である。欠損が多く、情報量は少ないが、それでもその当時、当時の王率いる集団とこの地の先住民による争いが頻繁にあったことが分かった。魔石は当時を生きたものたちの記憶を、現在に教えてくれる重要な産物だ。
そして魔石の多くが、地中にできることが多い。探掘者たちは地べたを這いずり回るように、目を皿のようにして探していく。箒で移動したとしても、道中に隠れた魔石があったり、魔石がありそうなスポットを見逃してしまう可能性が高くなる。そのため、主に探掘関係者たちは箒を利用することはないのだそうだ
「フレイン先輩、詳しいんですね。勉強になります」
「ユイちゃん真面目だから、つい教えちゃうわね。ねぇ、イサク」
「なんで俺に振るんだよ。そんなに教えたいなら、マッピング作業を先に教えろよな。前半分、俺がまとめたぞ」
マッピング作業とは、それこそ魔石探掘をしていく中で重要な作業だ。
地図を見ながら、作業をしやすい場所や危険な場所など、事前調査する際に調べる必要がある。それを地図に落とし込むことを、探掘界隈ではマッピングと呼んでいる。
本来であれば、今日はこのマッピングも教えてもらう予定だった。
だがユイの体力が思ったよりもなく、道中山登りに意識を持っていかれていたため、前半分はイサクに行ってもらっていた。
「すみません……歩くことに集中してしまって」
「初心者ならそんなもんよ。でも、もう少し体力や魔素循環は練習したほういいかもね。マッピングしながらでもこれくらいの山だったら登れるようにならないと」
フレインの言葉に、ユイは大きく頷く。
まだまだ課題しかないが、授業以外で自分の苦手を知れることは大きい。それらを今後どのように克服していくのか、考えていかなければいけない。
自分の今後の課題を頭の中で考えながら、ユイは止めてしまっていた手を動かして昼食の準備に入った。




