魔石に憑かれる③
──週末。
ユイは9時の鐘がなる頃に、集合場所である学生棟前に着いた。すでにフレインとイサクは来ており、ユイが最後だったようだ。
「おはようございます。遅くなりました」
「おはよう、ユイちゃん。あたしたちもさっき来たところだから気にしないで」
さり気なく言うけれど、学生棟が視界に入る頃にはもう2人は来ていたはずで、待たせたに違いない。
時間通りに着いたものの、今度は少し早く着くようにしようと心に決める。
「じゃあ、行きましょうか」
皆の準備が整っていることを確認し、フレインが先導して歩き出す。その後ろをイサクとユイはついて行く。
──山に行くのに、校門とは正反対の方向だけど……。
今日これから向かうのは、ハウトヴェルホースという山で、山登りを経験するには実に登りやすい場所だという。
だがこの山は比較的学校から近いものの、北の方に位置し、日帰りで向かえる距離にはない。しかも校門とは真逆の方向へ進んでいるとなると、一体どのようにして向かうのか。
3人は学生棟付近から南東の方角へ歩いて行く。
途中、魔法生物を飼育している建物や飼料を保存しておく小屋を通り過ぎる。そして、さらに進む先はユイは初めて足を踏み入れる場所だ。
少しして、左右に建物が見えてきた。
左手の建物は、ユイも見覚えがある。図書室がある建物だ。どうやらその南側にいるらしい。
そして右手には、横に長い1階建ての建物があった。フレインたちはこの建物を目指しているらしい。
外見はどこにでもありそうな石造りの壁面。校舎のデザインと真逆の、かなり質素な造りだ。壁面には等間隔で街灯だろうか、灯りがつきそうな場所が数箇所に取り付けられている。
「ここから向かうわよ」
そう言って建物へと入って行くが、やはりユイはここからどうやって山へ行くことになるのかと首をかしげる。
建物の中は、見た目通り、横長で質素な雰囲気だ。出入口の正面に机があり、その奥には複数個同じ形のドアがある。そこにはそれぞれ数字が割り振られていた。
「誰もいないのか? 管理人は?」
「席でも外してるのかしら」
フレインが大声で声をかけると、今しがた、ユイたちが入ってきた出入口から、ボサボサ髪の背の低い男性がひょこひょこと歩いてきた。
「ごめんなさい。手洗い行ってました。えっと……学生さんね。これ、ここに全員の名前書いてください」
男性は机近くの小さな棚から巻物を取り出し、机の上に置く。フレインはそこにさらさらと3人分の名前を書いた。
「えっと、3人グループね。野宿とかじゃないですよね」
「今日は夕方ごろには降りてくるわ」
巻物を男性へ戻しながら答える。男性は確認すると「はい、行ってきていいです」と言い、そのまままた外へと出てった。
「管理人がここいなくていいのかよ」
「見慣れない人ね……新しい人なのかな」
フレインとイサクは、先程の男性のことが気になっていたようだ。だけどすぐに切り替えて、これからのことを説明してくれた。
「とりあえず、手続きは終わったから、これから山登りを始めるわよ」
そうは言うものの、どうやって向かうというのか。見る限り、箒も絨毯も用意されているようには見えない。
「えっと……今日は3番のドアからでいいのかな。あ、イサク、そこのマップもらっといて。さて、ユイちゃん。そこの3番のドア、開けてみてちょうだい」
フレインの指示通り、ユイは3番と割り振られたドアに向かう。
扉は至って普通、何の変哲もないただのドアだ。
ゆっくりと、そのドアノブをひねり、ドアを開ける。
「……え?」
眼前には、木々が立ち並んでおり、視界いっぱい広がっている。そしていくつかの木は、葉が色あせかけている。その景色に足を踏み入れると、先ほどまでとは違い、少しだけ冷たい空気が肌をかすめた。
ぐるりと周囲を見渡すが、そこにあるのは木々のみ。
学校の近くにある山にでも出たのかと思ったが、周囲の風景や空気が全く違う。
「どう? 驚いたでしょう?」
フレインたちもドアからこちらにやって来る。ユイと違って驚くこともなく、周囲を見渡している。
「……ここ、どこですか?」
「ハウトヴェルホースよ」
「私たち、さっきまで学校にいましたよね?」
「学校の敷地内にいたな」
「ハウトヴェルホースは、王都より北の地にある山ですよね? どうやって……」
背後にあるドアを振り返る。原因はこのドアであることは分かるが、その仕組みが分からない。
「ふふん、これぞ魔法建築の難問。転移扉よ」
フレインがようやく種明かしをしてくれた。
かのグンドゥル・カハケットによる魔法建築のひとつ、転移扉。
その扉をくぐることで、今いる場所とは全く違う場所に行くことが出来るのだという。
「何よりすごいのが、定期的につながる場所が変わること。街中や建造物じゃなく、山や岸辺、森あたりにつながることが多いから、課外行動する側としてはとてもありがたいわね。学校内の建築物で、いちばんすごいんじゃないかな?」
簡単に聞こえるが、この建築物を造った人は天才だ。
グンドゥルの建築物ということで、こちらもその構造・仕組み、魔法理論は未だ解明されていない。
「転移魔法を使ったのかな……でも、ドア越しに別の場所になるし、なにより規模が大きいってことでしょう……? 空間を転移するなんて、そんなの聞いたことないし……」
──むしろこの仕組みを解明したら、将来の魔法技術が格段に進歩しそう。
現在、今いる場所から別の場所へ転移すると言った魔法は確立されていない。
何度か実証実験はなされているが、転移するには様々な要件や状況、技術が必要とされ、未だ成功した者はいない。
それなのに、今ユイたちは、学校にいたはずなのに、北の地にある山にいる。転移魔法を使わず、どのようにして移動しているのか。
ひとりぶつくさと独り言を呟くユイに、フレインは待ったをかける。
「ユイちゃん、興味深いのは分かるけど、今日の目的忘れてない?」
つい興味が移ってしまったが、今日は課外行動として山登りの基本を教わるのだ。あの不思議なドアの解明をすることでは無い。
「すみません、つい興味深かったので……」
「ううん、気持ちは分かるわ。でも今日はまず山登り。早くしないと、夕方までに戻って来れないから」
今日は野宿するわけでもなく、日帰りでの計画。ここで時間をとっていたら、今日のやることができなくなってしまう。
「そろそろ行くか」
ユイが仕組みを考察している間にイサクが事前の準備をしていたらしい。
ユイは気を取り直し、山登りへと挑んでいく。