魔石に憑かれる②
週末に初めての課外行動を控える中。この時期になると授業面でも新しいことが増えていく。
1年生の半分を過ぎた頃から新たに受講できる授業があり、その中でも特に人気の授業があった。
そう、箒乗りの授業である。
「おうおうおう、今年もたくさんの受講者がいるなぁ」
あいにくの曇り空の下。校外の広場には1年生全員がいるのではというほど多くの学生が集まっていた。
その様子を、担当教員と思われる人が楽しそうに見渡す。
「まずは自己紹介からな。俺はジョン・セシウス。まぁ知っている人もいるかもしれねぇが、箒競技の方でちょいとばかし名を馳せてる。総合科目の箒乗りの授業の担当教員でもあるから、よろしくな」
ぼさぼさの髪を無造作に後ろでたばね、ラフな格好にローブを羽織っただけのこの教員は、箒競技ではかなり有名な人物である。
箒競技は概ね20代から30代前半が競技人口として多いが、40代のジョンはその衰えを感じさせぬほど、未だに前線を張っている。若い頃には、有名どころの箒競技全てで、国内トップの記録を保持し、その一部は未だに破られてはいないという。
そのくらい、箒競技界隈では有名な人なのだ。
──そんな人が担当教員なんて、すごいことよね。
ざわつく周囲を他所に、ユイは静かに感心していた。この学校の教員のレベルの高さが伺える。
周りのざわめきを手を打って鎮め、ジョンはさっそく授業へと入っていく。
「まず聞きたいこととして、この中で箒に乗ったことあるって奴はどのくらいいるのかな。手を挙げて」
そう言われ、ちらほらと手があがる中、ユイもそっと手を上げる。最近は乗っていないけれど、幼い頃に基礎だけは叩き込まれたので、一応経験者ではある。
ジョンは学生をぐるりと見渡すと「今年は経験者は少ない方なんだなぁ」と言った。
「ありがとう、下ろしていいよ。さて、本来なら今日は授業のガイダンスなんだけど、まず俺は君たちに謝らなければならない」
大げさなほど申し訳なさそうに言い出すジョンに、また周囲がざわめき始める。
「経験者なら分かると思うけど、箒って見た目ほど簡単に乗れるものじゃないんだ。知ってるかもしれないが、箒で空を飛ぶってのは、箒に魔法をかけて、それを維持し続けることで飛ぶことができる」
ジョンは背負っていた箒を手に取り、実際に実演しながら説明を続ける。
「こうして簡単に飛んで見せてるけど、一歩コントロールを誤れば大怪我に繋がることもある。実は意外と危険な乗り物なんだ。一定に魔力を流し込み循環させ続けること、そして箒に跨って飛び続けられること。最低限、この2つができないといけない。
そこで、君たちにはこれからテストをしてもらう」
ジョンがパチンと指を鳴らすと、近くで控えていたのだろうか、上級生と思われる学生たちが数名、箒に乗ってユイたちの前に現れた。そのうち何人かは丸い大きな球体を片手で抱えている。
「ここからは俺1人だと、目も手も足も足りないから先輩たちに手伝ってもらうよ。君たちにやってもらうのは、魔素を一定に循環させることと、きちんと箒に乗り続けられるか。まあ、テスト自体は簡単だから安心して」
「先生! そのテストに通らなかったらどうなるんですか?」
唐突にどこからか男子学生が問いかける。
「ウンウン、気になるよな。この2つのテストは、授業を安全に受けることができる力量があるかを見極めるためのものだ。もし合格ラインに満たないものがいた場合、残念ながら次回からの授業に参加はできない」
その言葉にまた周囲のざわめき大きくなったけれど、「だがしかぁし!」とそれを上回る大きな声で遮った。
「安心してくれ。もし不合格になってしまっても、この授業は定期的に補講を設けている。その時に改めて挑戦してもらい、テストに受かればその次からの授業に参加が可能だ。俺だって皆に箒乗りの素晴らしさを教えたいんだ! ひとりでも多くの人に授業を受けてもらいたい」
どうやら救済処置が入るらしい。
他の授業に比べて、ずいぶんと良心的である。
──でも、箒乗りも総合科目の中の授業ではあるから、きっと成績に影響あるよね……。
自身の今後を考えると、救済処置があるからと言って油断はできない。成績が良くなければ、4年次に希望のコースが選べなくなる。しっかりと授業を受けなければ。
それに休日に補講が入ってしまうと、今後課外行動に参加ができない可能性も高くなる。そこも踏まえて、ユイは頑張ろうと決意する。
テストについての説明は続いており、ジョンは先ほど上級生が持っていた丸い球体をみんなに見えるように宙に浮かせていた。
「まずやってもらうこととして、魔素を可視化できる装置に魔素を流し込んで循環してもらう。これはいたく便利なものでな、とある魔獣の体の一部を利用して作られているんだ。でも今はその作成自体が禁止されてしまって、国内に10個あるかないかの代物だ。魔素を流し込むことでその強弱を色で可視化してくれる。今日はとりあえず……黄色かな。この色の状態を数分間維持できるかをまず確認する」
実践してくれるその様子を見て、ユイはその球体の装置が幼い頃よく使っていたものと類似していることに気付く。
──仕組みや見た目がすごく似てる……でも結構乱雑に扱ってた気がするけど、まさか同じものじゃないわよね……?
小さいころ、魔素の流れを実感するために、同じような白い球体を使って特訓した記憶がある。どこにでもあるものだと思っていたため、まさか貴重なものだとは露も思わなかった。
周囲の人たちは初めて見る代物だからか、皆興味津々に見入っている。
「さて、難しい説明は終わりかな。人数多いからさっさと始めよう。魔力を一定出力で維持できたものは、次に実際に箒に乗り続けられるか確認するよ。そこもクリアした人たちから、今日の授業は終わり。解散としようか」
「さあ、始めよう」という言葉と共にはさっそく何人かがテストを受け始める。
「どうする? さっさと終わらせちゃう?」
「でも皆に見られながらやるの、緊張するから最後がいい……」
「俺は魔素を整えてからやろうかな」
周囲の会話を耳にしながら、ユイはなるべく早くテストを受けられるように、前の方へと移動する。
──テスト終わったら解散していいなら、さっさと終わらせて図書室に行きたい。
自由な時間が作れるのなら、早めに物事を終わらせるに限る。そして、今週末に予定されている課外行動に向けて、事前知識を入れておきたい。
なるべく先にテストを受けたいと思い、集団の前の方へと移動する。場所を移動したことで、テストを受ける人たちの様子がよく見えた。
実力は人によってまちまちのようで、難なく魔力を一定に保てている人もいれば、強くなったり弱くなったり、安定しないままの人もいる。けれど見た感じは、ひとつ目のテストは概ねほとんどの人たちが通っている様子だった。
「次の人〜」
前の人が終わり、上級生が声をかける。ちょうど人が途切れ、誰も動かないのを見てユイがその列に加わった。
「はい、じゃあ次君ね。この砂時計が落ち切るまで魔素を流し続けてね」
軽く説明を受けると「はい、始め」とすぐに砂時計が引っくり返された。
ユイはそれと同時に魔素を球体に流し込む。
──……あれ。
いつもより少し強めに魔素を流し込んだつもりだった。だけど球体は黄色くならず、魔素が弱いことを示す青や緑に変化した。すぐに魔素量を増やしたので、徐々に球体は黄色くなっていく。その感覚を維持して、砂時計で残り時間を測る。
「はい終わり〜」
上級生の声でユイは球体から手を離す。
後半は維持できていたが、出だしの魔素量が思いのほか少なかったようだ。自分の力量不足にユイは思わずまゆをひそめる。
「魔素量の安定にちょっと時間かかってたけど、許容範囲かな。君、次行っていいよ〜」
どうやら結果としては合格らしい。
ほっとしてユイは、ジョンがいる方へと歩いていく。
「箒ない奴らはそこから好きなのを選ぶように。選んだ者から、その場で飛んでみようか。危なくなったら上級生たちが優しくケアしてくれるから安心しな」
ジョンが箒を手にする学生たちに代わる代わる話しかける。
ユイは持ちやすそうな柄の箒を選ぶと、周囲の学生たちと少し距離を置いて箒に跨る。
「箒よ、飛べ」
ユイは先ほど球体に込めた時と同じ出力の魔素を箒に流し込む。そして、ゆっくりと箒と体全身に魔素を循環させる。
ふわり、と足が地面から離れる。
少しだけバランスを崩したけど、すぐに持ち直して姿勢を真っ直ぐに保つ。人の背丈ほどの高さで、そのまま魔素量を調整する。
──意外と体は覚えているものね。
幼い頃に箒に乗って以来で少し心配していたが、問題なく飛ぶことができた。
「そこの君、合格。来週からもよろしくな。あ、名前名乗って今日は終わりでいいぞー」
しばらく空中で浮遊していたら、ジョンがユイの前まで歩いてきて言った。
ユイがその場で名乗ると、ジョンは巻物にペンを走らせた後、箒にまたがるほかの学生の元へ歩いていった。
ゆっくりと地面に降りていき、両足が地面に着いたところで、箒に流していた魔素を断ち切る。
「……」
少しの間、ユイは自分の手のひらを見つめた。
なんの問題もなく箒に乗ることができたのだが、どことなく、魔素循環に違和感があった。
箒を元の位置に戻したあと、その場で軽く自身の魔素循環を整える。だが、先程感じた違和感はなかった。
首をかしげながらも、ユイは自習のために図書室へ向かうことにした。