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ユイ・メモワール  作者: 碧川亜理沙
1年生編
12/51

サークル活動③



 地面は見た目に反して少し深かった。着地に失敗し思わず膝を着いてしまったが、彼の言う通り、軟化魔法がかけられているのか痛さは少しも感じない。

 前方に人一人が通れるほどの通路があったのでそちらの方へ進んでみると、少し進んだ先に寮の自室程の広さの部屋があった。棚やソファなどがあるため手狭な感じがするが、この部屋以外にもどこかに繋がっているのだろうか、2つほどドアが付いている壁がある。


「狭くてごめんね。ひとまず座ってて。あ、飲み物何がいい? って言っても、今はお茶しかないか」


 動き回りながら話す彼に、ユイは「お茶で大丈夫です」と返す。そして、部屋の中央にあるソファに腰かけた。


 少し手狭に感じるこの部屋だが、ソファの背後にある棚や近くのテーブルにはたくさんの本が置かれてある。テーブル近くの本の中に、ユイが読みたいと思っていたものも混じっており興味がそそられる。

 そしてふと左側の壁の目線の上の方を見ると、窓があり、その向こうには雲は多いものの夕暮れの日射しがあった。

 入口のドアから下へと降り、そのまま上階へ上がるわけでもなかったので、今いる場所は地下あたりにあるのだろうと思っていた。だが、こうして外の景色が見れるということは、ここは地上なのだろうか。


 建物の構造にも疑問を覚えていると、先ほどユイたちが通ってきた入口付近から誰かが降りてきたような音がした。


「おい、フレイン。入り口開いたままだぞ。余所もんが降りてきたらどうすんだ」


 ぶっきらぼうな口調でその人はやって来た。そして、ソファに座るユイと視線が合う。


「あれ、閉めてなかった? ごめんごめん、お客さんいたからすっかり忘れてたわ」


 ユイが何か話そうかと思っていたら、奥の部屋から彼が戻ってきた。

 そして、微かに薬草の匂いがするお茶を手渡される。


「粗茶だけどどうぞ。あんたも何か飲む? あ、珈琲は切れてたから、買ってこないとないわよ」

「まじかよ……じゃあ、茶でいいわ。んで? 誰だよ、この1年坊」


 ギロりと鋭い視線でユイのことを見やる。

 明らかに歓迎されていないような雰囲気に、ユイはどうしようかと視線をうろつかせる。

 そんなユイの心情を知ってか知らずか、金髪の彼の方は新しいお茶を持ってきながら説明する。


「マール先輩の話してた子みたいよ。あ、そう言えば自己紹介してなかったわね。あたし、2年のフレイン・アダンソン。こっちは、同じく2年のイサク・ナシュナージよ」

「……1年のユイ・フェールディングです」

「ユイちゃんね。よろしく」


 金髪の彼──フレインは親しげに話してくる。反対にイサクの態度との差に少し戸惑いつつも、ユイも自己紹介を返す。


 全員に飲み物が行きわたり、フレインとイサクが近くの椅子やソファに腰かけたところで、フレインは改めて話し始める。


「さて、自己紹介は済んだところで……まずユイちゃんに聞きたいのだけど、アクラネス兄弟から、あたしたちのサークルの話ってどのくらい聞いているの?」


 話が本題に入ったところで、ユイも姿勢を改める。


「……えっと、詳しい話は何も聞いていません。ただ、私が求めているものに1番理想的な場所だってことくらいしか言われていません」


 改めて思い返すと、マールからはそれ以上、このサークルに関して聞いていなかった。サークルの名前や人数、そして1番重要な活動内容まで。今思えば、なぜ聞いていないのかと疑問に思うくらい、何も教えてもらっていない。


 ──私、事前に調べないまま来てかなり失礼な気がしてきた……。


 申し訳ない感情が生まれてきて、今からでも聞こうかと思った矢先、フレインが先に口を出した。


「理想的ねぇ……じゃああたしたちの話をする前に、ユイちゃん、あなたの話を聞かせてくれない?」

「……私の話、ですか?」

「そう。ユイちゃんが何を求めてここに来たのか。それを知りたいわ」


 にっこりと微笑むフレインだが、その目は真剣だ。

 ユイはひと呼吸してから、自分の夢を語る。


「私は一人前の探掘者になることが夢です。だけどそれは、今の人たちみたいにそれだけを専門にするのではなく、探掘から鑑石、治癒魔法などひとりでもまかなえるようになりたいと思ってるんです」



 現在の魔石探掘は、魔石探究組合というひとつの組織の中の一分野として存在する。その組合の中で、魔石探掘に関わる人たちは、専門の内容ごとの集団に属している。

 あくまで一集団ひとつの職種を追求しているため、それ以外の職種に携わることはない。

 魔石探掘に出るとなると、最低限探掘士、鑑石士が複数名、治療師など多くの担当職種の人たちが集まって行動することとなる。多い時は、50人近い人数で仕事を行うこともある。


 しかし、全員が全員、同じ力量という訳ではない。

 例えば、鑑石士などはさらに細かい職種に分類されるが、一貫として、多くのものが普段から体を動かすことをしていないということ。従って、彼らのペースに合わせて行動していると、本来の進捗に著しく遅れが生まれることになる。

 さらに、治療師は集団にひとりいれば心強いが、彼らの仕事は誰かが怪我などをした時に限る。そのため、怪我の心配がない時は手持ち無沙汰になることも多い。


 ユイは、現状の在り方は無駄が多いのではないかと考えていた。

 魔石探掘に出るには、最低人数は決められているけれど、多くの場合、どんなに小規模な集団でも10人あまり稼働することになる。全員が全員同じくらいの仕事量ではないため、職種よって暇になる。

 ユイが考えるのは、その空いた時間も効率的に動ける方法だった。ひとりの人間が探掘や鑑石、治療魔法などを網羅していれば、手のあく人間が生まれることはない。


 もちろん、簡単にできる話ではないことは理解している。

 ひとりでできる内容が増えるということは、必然的にそれぞれの専門分野のことを知らなければならない。ただでさえ、それぞれの業種ごとの覚えることは多いのに、さらに増えるとなると時間がいくらあっても足りない。そのような経緯があるため、現在までの体制が続いているのだった。




 ユイは自分の考えを彼らに述べた。

 途中から熱がこもってしまったけれど、フレインたちは黙ってユイの話を聞いてくれた。


 話し終えたあと、ユイは出されていたお茶を一気に飲み干す。思ったより緊張して喉が渇いていたらしい。

 フレインはそんなユイの様子を見て、「なるほどねぇ」と独り言を言っていたが、何か納得することがあったのだろう。ひとり頷き、にこりと笑いながら、離れたところに座っているイサクへ声をかける。


「気に入った。ねぇ、イサク。ユイちゃんをここに置いていいよね?」

「……お前の中でもう決めてんだろうが。何で聞くんだよ」

「一応あんたもメンバーだからだよ。いいでしょ?」

「嫌だって言っても、入れる気だろうが」

「あら、嫌なの?」

「別に、どっちでも」

「あ、あの……」


 何故かユイが加入する流れで話が進んでおり、思わず声をかける。


「お願いしている身で言うのも申し訳ないんですけど、そんなに簡単に決めちゃっていいのですか?」

「簡単に決めたわけじゃないよ。話を聞いて、あなたもあたしたちの計画と近しいところを目指してるってわかったから話しているだけなんだから」

「……計画?」


 ユイが疑問符を浮かべると、フレインはまだユイに活動内容を話していないということに気付いた。


「順番がごっちゃになってごめんなさい。あたしたちはね、卒業したら独立した集団を作ろうと思っているの」

「独立した、集団……」

「そう。現状のような、一集団ひとつの職種だけではない、他分野も網羅した人材を集めて仕事をこなしていく集団を作ろうと思っているの。ここはそのための下地として、あたしとイサクが作ったサークルよ」


 自信ありげに話すフレインだが、ユイは思ったより話が大きすぎて、内容を飲み込むのに精一杯だった。


「やりたいことはユイちゃんと似てるね。それをあたしたちはひとつの集団として束ねて、卒業後の就職先としようって思ってるわけ」

「……組合の中に、新たな集団を作る?」

「そうよ。一から作るなら、準備は早いに超したことないじゃない? 」


 フレインから話を聞くにつれて、ようやくユイも彼らが望む未来が想像できてくる。そしてそれは、奇しくもユイの夢とかなり近しいものだった。


 ──確かにここなら、やりたいことをやれるかもしれない。


 ひとりで複数の職種をまかなえたとしても、実際に探掘するにあたり、どこかしらの集団に属しなければならない。そうしないと、仕事を斡旋して貰えないからだ。


 ユイは卒業後の先のことは考えていなかった。

 だけどフレインたちであれば、世間に認知されるまでが大変な道のりになるだろうが、卒業後の仕事にも困ることはないだろう。

 ユイからしてみたら、願ってないことだ。


 さあ、どうするとフレインはユイに尋ねる。

 ここまで話を聞いて、ユイの中で答えは決まった。


「私、ここのサークルに入りたいです。よろしくお願いします」

 

 こうして、ユイは正式にフレインとイサクの属するサークル活動への参加が決まった。



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