サークル活動①
学校生活もひと月を経つと、ある程度の生活サイクルが確立する。慣れない生活であたふたしがちな1年生たちも、その頃になると少しずつ余裕が出てくる。
その頃合で、1年生たちに声がかかるもの。
そう、サークル活動の勧誘である。
「そこの君! 1年よね? 占星術に興味ない?」
「魔獣評論サークルに入らないか? 魔獣について、とことん話し尽くせるぞ」
「珍食部は? 珍しい食べ物に興味があるなら是非うちに!」
「箒競技の得手はいないか? 絶賛募集中だ!」
「ちょっと箒部! 1年の勧誘は後期からがセオリーでしょうがっ!」
ユイがひとり歩いていると、四方八方から声がかかる。その全てに断りを入れながら、小走りで先輩たちの壁を走り抜ける。
──こ、この建物疲れる……。
学生棟──通称・増殖部屋の倉庫。
授業が行われる主要棟や実技棟からほど近く、学生棟と呼ばれる建物がある。
この建物は国内でも有名な建物で、建物の外観は変化しないが、建物内の部屋が人知れず増殖し続けている建造物なのだ。
数百年前、稀代の魔法使いグンドゥル・カハケットが人生の最高傑作とまで言った建造物。歴史的にも有名なこの建物は、現代にいたるまでその仕組み・建築方法・使われた魔法や魔法陣について、一切知るものがいないと言われている。そのため、魔法建築学で必ずと言って扱われるほど、有名な建物なのだ。
現在、この建物は学生棟と呼ばれ、学生たちが自主的に作ったサークル活動のための拠点として利用されている。
この時期になると、1年生がひとり学生棟を歩き回っていたら、どこから嗅ぎつけたのか上級生たちがここぞとばかりに勧誘にいそしむ。
ユイはちょうどその洗礼を浴びてしまっていたのだ。
何とか先輩たちから逃げ延び、学生棟から主要棟へ移動するとユイは安堵の息をつく。
そして、いつの間にか握りしめてしまっていた巻物を改めて開いて確認する。
「ピンとくるところがないわね……」
巻物に記した一覧を見て、ため息をこぼした。
巻物には、ユイが目星をつけたサークル名が連なっている。そのほとんどは線で引かれている。
ユイは絶賛、サークル探し中であった。
将来的に探掘志望のため、加入したいサークルの方向性は決まっている。けれどもここ数日間、授業の合間をぬってサークル見学をしているが、どこもユイが望むものとはかけ離れていた。
──いっそのこと、独学で頑張ろうかしら。でも、実践のことを考えたら、入っていたほうがメリット多い……。それとも、私がサークルを作ってしまった方が早いかも。というか、そもそも1年生ひとりでサークルを立ち上げられるものなのか……。
うんうん唸りながら静かな廊下を歩いていると、右の曲がり角から歩いてきた人に気づかずぶつかってしまった。
「あ、すみません……」
「あれ、ユイだ。校舎内で会うのは初めてだな」
ぶつかったのは、一緒に学校に来た時以来会っていなかったマールだった。
今日はエギルは一緒ではないらしい。
「こんなところで何してるんですか?」
「次の授業がこっちの校舎だから、向かってるとこ。ユイこそ、こんなところで何してんの? てか、これ何?」
「あっ」
話している最中に、手に持っていた巻物を取られる。油断していたため、あっさりとマールの手に渡ってしまった。
「もしかしてこれ……全部のサークル一覧? 学生会の資料から写したの?」
「探掘関係だけです。マールたちの言う通り、学生会の人に見たいと言ったら快く見せてくれました」
サークルに参加するつもりだという話は、入学前にエギルとマールに相談済みだった。
彼らの助言通り、学生主体で活動している学生会に行けば、サークル名簿があるので探せるのではと向かったところ、快く見せてくれた。その中からユイに必要と思われるサークルをピックアップして写したのが、今マールに奪われた巻物だ。
探掘関係だけで実に100も超えるサークル数だったので、どこかひとつでもユイの希望に合うサークルが見つかるかと思ったのだが……。
「うわ、すごい数のペケ……大変そうだな」
「見て回ったんですけど、ほとんどが娯楽中心の集まりのようで……きちんと活動しているところが少なく……」
「あー……サークルってだいたいそうだよな。でもちゃんとやってるところもあるだろ?」
「ありましたけど、方向性の違いで諦めました」
ここまで話したついで、ユイは最終手段のひとりでサークルを立ち上げられるのかを尋ねてみた。
「できるけど、推奨しない」とマールにばっさり切られた。
「ユイがやりたいことを考えると、悪手だと思う。それよりも先輩とか先生とか、勉強に集中できるような環境になってるところが理想だよね? ひとりで立ち上げたとして、その繋がりを作るのに手間取られて、やりたいことできないって自体になりかねないぞ」
「……」
マールの言う通りだ。改めて考え直してみると、余計なことに時間を取られ、本来ユイがやりたいことをゆっくりできない可能性が高い。そうなると、やはり既存のサークルから探した方がいいだろう。
「……マール、ありがとうございます。話して少し整理できました。もう少し考えて探してみようと思います」
この件について話を聞きたい気持ちはあるが、マールはこれから授業だと言うのに、ここまで親切に相談に乗ってくれた。これから先は、改めてユイ自身で模索していくしかない。
どこかで巻物を精査し直そうと思っていると、マールが「……あいつらのところがあるか」と呟き、ユイを引止めた。
「学生会のサークル一覧におそらく載ってないと思うけど、ひとつユイの希望に合いそうなサークルがある。……行ってみるか?」
思い出すように話すマールに、そんなところがあるのならば是非にと返す。
彼の授業もあることなので、いったんそのサークルの人たちに話を通してみるということで、そのまま急ぎ足でこの場を去っていった。
マールから連絡があったのは、次の日の昼だった。
ちょうど忘れ物をしたので、昼食前に寮の自室に寄っていたところ、部屋に伝言蝶が飛んできた。
伝言蝶とは、非魔法使いが主に利用するという手紙と同じものである。
伝言蝶となる紙には、あらかじめ魔法陣が組み込まれており、渡す相手の名前を指定の場所に書き、魔素を流し込むことによって、ひとりでに相手に届くものである。
手軽に送れる利点はありつつも、意図しない相手に送られることもあり、人により善し悪しが分かれる方法である。
ユイは飛んできたその伝言蝶を開くと、昨日マールから聞いたサークルの話が書いてあった。
2日後の4コマ目以降であれば、いつでも空いているという話だった。
──2日後なら、私も4コマ目までしか授業ないからちょうどいいわ。
ユイは机の引き出しにしまっていた伝言蝶用の紙を取りだし、マールに宛てて承諾の返事を書く。
無事に伝言蝶が飛んで行ったのを確認してから、ユイは午後の授業の教科書をまとめて部屋を後にした。