断じて下心なんてない!
伯爵夫人が応接室を退出したあと、泣いているミシェルも父親に促されて自室に戻っていった。
「あの……シュレイバー伯爵。言いにくいのですが、恋愛関係で恨みを買ったご先祖がいらっしゃるかもしれません。ご先祖のお墓を一つずつ調べていきましょう」
「……それなら、墓は調べなくてもよさそうだ」
「なぜですか?」
父の言葉にデリクが食いつく。
「ううん。本人から聞いたわけではないんだが、私の父が若い頃相当遊び人だったらしい。もしかしたら原因は父かもしれない」
――デイヴィッド・シュレイバー侯爵。デリクの祖父だ。
「あのお祖父様がですか!?」
「ああ……」
伯爵は顔を伏せて眉間を揉んだ。
「デリクは想像もつかないだろうな。私もその話を聞かされた時、今のお前と同じ反応をしたよ。でもな、母と結婚するまでの父は相当な女たらしだったそうだ」
「リリア。祖母は父が子供の頃に亡くなっていて、祖父は後妻を迎えず父と叔母を育て上げてたんだ。まさか愛妻家だと思ってたお祖父様にそんな過去があったなんて……」
「父は侯爵領の屋敷にいるから、近いうちに確認しに行ってもらえるかな。もし原因が父でなくても侯爵領の教会墓地に先祖の墓がある。ブレイン嬢、頼むよ」
「お父様、俺も彼女に付き添います。ブレイン嬢は侯爵領に行くのは初めてでしょうし、俺がいた方がいいと思います」
「そうだな、デリクも一緒に行ってくれ」
「はい」
デリクはリリアに「よろしく頼む」と微笑んだ。
◇◇◇
「そうだリリア。昨日、資料になる魔導書が少ないって言ってたな」
「はい」
「実は……俺の部屋に魔導書がいくつかあるんだ……。呪いを解くのに役立つかもしれないし、見てみるか?」
応接室で二人きりになると、デリクが遠慮がちに話を切り出した。片手で首の後ろをさすりながら、リリアの目を見たり逸らしたりを繰り返している。
「見たいです!」
「本当か!? じゃあさっそく行こう」
リリアの一言を聞いた途端、もじもじとしていたデリクの表情が明るくなった。リリアの手を取って応接室を出ると早足でぐいぐいと引っ張っていく。
「えっ!? 応接室に本を持ってきてくださるのではなくて、デリク様の部屋に行くんですか!?」
「そうだよ」
「そんなのいけません」
「どうして?」
「婚約者以外の女性を部屋に入れるなんてダメですよ」
「本を持ち運ぶ時間がもったいない。早く行こう」
困惑するリリアをよそに、デリクはこっそりと秘密基地を教える少年のようなあどけない笑顔を見せた。
◇◇◇
デリクの部屋は、家具のダークブラウンに合うように壁紙やカーテン、絨毯など白とベージュで揃えられている。余分な飾りはなくシンプルでスッキリとまとめられていた。
引っ張られるままデリクの部屋に入ってしまったが、本当に良かったのかとリリアの顔が渋くなる。
(あっ……)
リリアの視線が大きなベットを捉えると、デリクの私生活を覗いているようで頬がほんのり赤みを帯びた。
「リリア? こっち」
デリクは本棚の前でようやく足を止めた。リリアの目が宝物を探し当てたトレジャーハンターのように輝いた。
「……こんなにたくさん。デリク様は魔法が使えませんよね、魔導書集めはご趣味ですか?」
「ま、まあ、そんなところかな」
本棚には歴史書やマナー本、領地運営についてやビジネスに関するもの以外にも、小説といったさまざまなジャンルの本がずらりと並んでいる。その中で魔導書は約二段分を占めていた。
「全部見ていいよ」
「ありがとうございます」
リリアが本棚からごっそり本を抜き取って両手に抱えると、デリクがクスッと笑った。
「学生時代も君はそうやって山積みの本を両手に抱えながら図書館を行き来してたね。危ないから俺が持つよ」
デリクはリリアの腕からひょいっと山積みの本を持ち上げ、長掛けのソファーに挟まれたローテーブルの上に置いた。
「立ち見は疲れるから、ソファーを使って」
「はい」
(なんだろう……デリク様が優しくて照れるな……)
顔が良い上に優しくされてしまうと、どう足掻いても惹かれてしまいそうになる。デリクの部屋に二人きりにというシチュエーションも宜しくない。
(静まれ心臓! デリク様は婚約しているんだから……変なことを考えるんじゃない!)
リリアは煩悩を抹殺するために、魔導書を読み漁った。