ようこそタウンハウスへ
「お迎えに上がりました」
翌朝。リリアは迎えの馬車に乗って、シュレイバー家のタウンハウスへと向かった。
「――リリア様! お待ちしていました!」
馬車の扉が開くと笑顔のミシェルとどことなく落ち着きのないデリクが出迎えてくれた。デリクは「俺が」と御者に伝えると、スッとリリアに手を差し出した。
「ありがとうございます」
リリアは初めて同年代の男性に手を取ってもらって馬車を降りた。デリクに婚約者がいると分かっていても、ついときめいてしまう。そんな二人を見ていたミシェルはムッと頬を膨らませた。
「さっ、わたくしと一緒に参りましょう」
リリアのもう片方の手を取ると、そのままデリクから引き剥がして屋敷の中へ引っ張っていってしまった。
「お母様、リリア嬢がいらっしゃいました」
「シュレイバー伯爵夫人、お初にお目にかかります。デリク様とミシェル様からご依頼を承りました。魔術師リリア・ブレインでございます」
リリアの挨拶を聞いて、伯爵夫人の眉がピクリと反応する。
「わざわざこの人に頼まなくても……」
先日、デリクの婚約者であるシャーロットが騒ぎを起こしたばかりだ。夫人が目を細めてリリアを睨むのも無理はない。
「彼女とシャーロットは無関係です。それにお母様はあまり詳しくないと思いますが、この若さで魔術店を任されるというのはブレイン嬢の実力と魔術に対する知識量が群を抜いている証拠です。一度見てもらいましょう」
「分かったわ。人払いをして応接室にお連れして。呪いなんて噂になったら困るわ」
背に腹は変えられないと見える。伯爵夫人は渋々承諾した。
◇◇◇
「では、ミシェル様に呪いがかけられているか確認しますね」
「えっ? リリア様、先にティータイムを……」
「そうだな、準備させておいたお菓子を……」
「ミシェル! デリク!」
伯爵夫人の鋭い視線に空気がピリッとする。
「ブレイン嬢は遊びに来たわけではないのよ」
「はい……」
ミシェルはしゅんと縮こまり、デリクは(しまった! わくわくを表に出してしまった……)と気まずそうに視線を落とした。
「それでは仕切り直して始めましょう」
リリアは、ミシェルに応接室の何もない場所に立つよう促した。
「はいっ! 私のすべてを見てもらって構いません!」
「すべてを見なくても大丈夫ですよ。そこにじっと立っていてください」
ミシェルの可愛らしさにリリアはクスッと笑みが溢れる。
「はいっ!」
鼻息の荒くなったミシェルは「さあ、やっちゃってくださいと」両手に拳を作って構えた。リリアは瞼を閉じて呼吸を整え、静かに声を発した。
「可視化」
ミシェルを中心にして魔法陣が展開される。リリアは手を伸ばして下から上へと動かした。ちょうど顔の辺りになった時、ミシェルの周りに黒い煙が巻き上がった。
(まさか本当に……)
「呪いですね」
「そんな……わたくしに呪いが」
「大丈夫かミシェル」
「デリク様入らないで――」
デリクはリリアの忠告を聞かず魔法陣の中に飛び込んで、取り乱したミシェルを抱きしめた。
「――んっ!? リリア……これは」
デリクの体をからも黒い煙が巻き上がっている
。リリアは唇を引き結んで頷いた。
「デリク様。あなたも呪われています」
「二人が呪われてるって……どういうことなの!?」
伯爵夫人が声を荒げる。
「デリク様とミシェルお嬢様から出ている黒い煙、あれが呪いを受けた者の特徴です。伯爵夫人もこの魔法陣の中に入ってください」
「私にも呪いが!?」
「可能性として。一度確認するべきかと」
「お母さまぁぁ……」
泣きべそをかくミシェルが母を呼ぶ。不安げに抱き合う息子と娘を見て覚悟を決めたのか、伯爵夫人はゆっくりと魔法陣の中央へ進んだ。
「どう? 私も呪われているのかしら」
「……いいえ。奥様は呪われていないようです」
伯爵夫人はホッと息を吐いたが、すぐに表情を引きしめた。
「もう少ししたら主人が帰ってくるはずなの。あの人も見てもらえるかしら」
「はい」
リリアは伸ばしていた右手を下ろした。