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最強の武器

「それで……何を作ってもらえるのかな」


 柔らかく握った拳で口元を隠すデリク。ほんのり熱を帯びた彼の上目遣いがリリアをドキッとさせた。監視されている時とはまた違った緊張感が湧き上がってきて動きがよそよそしくなってしまう。


「か、簡単なものしか作れません。味は期待しないでください。何を作るかは、恥ずかしいので出来上がるまで秘密です」

「今まで誰かに作ったことは?」

「あ、ありませんよ。デリク様が初めてです」


「……そうか」


 口元に添えられたデリクの拳にぎゅっと力が込められる。口元は見えないが頬が僅かに盛り上がったようだった。


 狭い台所に立ったリリアは、必要な食材を準備しながら(焼くだけ焼くだけ、大丈夫失敗しない)と心の中で何度も繰り返す。


 一人暮らしは気楽なもので、栄養バランスなんて気にしたこともないし、鍋に材料をぶっ込んで煮るだけ、材料を焼くだけの本当に適当な物しか使ったことがない。初めて手料理を振る舞うのがあのデリクだなんて、変な汗が出てくる。リリアはだんだん頭が痛くなってきた。


(まずかったら監視が長引くとかないよね……)


 手料理ではなく初めから外で食べてきてくださいと言うべきだったと今の状況を激しく後悔するのだった。


 準備が終わりリリアがフライパンを片手に持つと、手のひらサイズの魔法陣が浮かび上がりボッと小さな炎が現れる。その上にフライパンを乗せて、ベーコンを投入すればジュッとキレの良い音が鳴った。


「それ、魔法だな!」


 振り向くと、夢見る少年のような目をしたデリクが体を乗り出してこちらを見ている。いちいち可愛い反応だ。


「魔法陣の紙や詠唱がなくても、魔法が使えるんだな」


「お客様の前では詠唱しますけど、日常生活ではあまり詠唱しませんね。魔術師は徹底的に魔法陣の形を頭に叩き込むんです。じゃないと、敵と戦う時にあれこれ考えてたら殺されてしまいますからね。学園での特訓は地獄のようでしたよ」


「凄いな」


 魔術師の少ないこの国では、ちょっとした魔法を使っただけでも称賛される。『凄い』――聞き慣れてしまったはずなのに、魔法に興奮するデリクに言われるとリリアの心は久しぶりにむずむずとくすぐったくなるのだった。


「……デリク様の方が凄いです。学生の時、図書館で何度もお姿拝見しました。今ではたくさんのお仕事を任されているようですし、熱心なお姿は変わりませんね。尊敬します」


「図書館で俺に気付いていたのか!?」

 デリクの語気が強まった。


「も、もちろんです。デリク様は黙っていらっしゃってもどこにいるのかすぐに分かりますから。美しいお姿は目立ちますし、あとを追いかけるご令嬢が大勢いましたね」


 リリアはデリクに軽く笑いかけて卵を二つフライパンに割り入れた。水分が弾ける強い焼き音とともに、空腹が加速しそうなベーコンの良い香りが部屋中に広がる。卵が半熟になったところで炎を消して、薄切りにしたパンに挟んだ。


「完成しました。ベーコンエッグサンドです!」


 デリクの向かい側に座ったリリアの心臓がバクバクと音を立てている。


「先に召し上がってください……」

「君は?」

「デリク様が食べたら食べます」

「では、いただく」


 片手に持ったベーコンエッグサンドがデリクの口に運ばれていく。目を凝らしすぎたリリアには、その動きがまるでスローモーションのように見えた。大きく口を開けてパクっと頬張り、もぐもぐと数回噛む。ごくっと飲み込んだ時、喉仏が動いた。何となくだが、デリクの顔を見るのが怖くて喉仏から視線を上げることができない。



「おいしい」


 強張っていた肩からストンと力が抜ける。


「……それは良かっ――」


 ホッとして視線を上げたリリアは息を呑んだ。微笑むというレベルではない。目が無くなりそうなほど弧を描いた満面の笑みがそこにあったからだ。


 リリアが今まで思っていた無表情で怖くて近づきにくいデリク像が音を立てて崩れていく。しかもこれだけでは終わらない。


「リリア、俺のために作ってくれてありがとう」


『リリア』……デリクの甘く柔らかな声がリリアの鼓膜を震わした。

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