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 シャーロットが部屋に入ってから数十分後。リリアの背後で静かに扉が開いた。


「また後でね」


 シャーロットの甘い囁き声に応えるように、子爵令息カルロも甘い声で「お待ちしています」と答える。リリアの全身に鳥肌が立った。


 ――『また後で』? 


 冗談じゃない。夜会の途中でまた密会するつもりなのか。


 今すぐ二人に地獄を見せてやろうとリリアは上半身を捻った。冷え切った目をしたシャーロットと至近距離で視線がかち合う。


「まさか……良からぬ事でも考えていたのかしら。……あなたってご家族は何人? 愛情をたっぷりかけてくれるご両親だった? 今私が目にしたのは見間違いよね?」


 笑顔の両親が脳裏によぎる。リリアは血走った目を緩めた。


 今シャーロットとカルロに魔法で恐怖を与えても、気が晴れるのは一瞬だけ。その後は本物の地獄がリリアを待っている。リリアは自分の衝動的な行動一つでたくさんの人たちを巻き込んでしまうことを思い出した。デリクのために何も出来ないちっぽけな自分が酷く情けなくなる。


「会場に戻るわよ」

「…………」


 先程の事といい、返事の無いリリアが癪に触ったのだろう。シャーロットは眉を顰めて腕を組んだ。


「…………最初で最後だものね。言いたきゃ言いなさいよ。聞いてあげてもいいけど、何も変わらないわよ」


 言えと言うのなら、遠慮なく言わせてもらおう。リリアは胸を張った。


「デリク様は素敵な人です。傷付けるようなことをしないでください」


「素敵な人? それはあなたにとってでしょ? 私は彼を見ていると虫唾が走るの。一言言っておくわ。私がデリクを好きになることはない。たとえ天地がひっくり返ったとしてもそれは一生変わらないわ!」


 シャーロットは冷たく一瞥する。その態度にリリアの怒りが煮えたぎった。



「――あら? あなた睫毛が目の中に入りそう。取ってあげるわ」

「結構です! 自分で取れます!」


 不意に顔を覗き込んできたシャーロットにリリアの表情が険しくなる。怒りに任せて瞼をこすった。


「無理にこすってはダメよ。目の中に入ってしまうわ。痛いの知ってるでしょ? 命令よ、目を閉じなさい」


 リリアが嫌々瞼を閉じて、シャーロットの指が睫毛に触れた時だった。首元にズキッと痛みが走る。


「痛いっ!! 何を……」

「痛かった? でも大丈夫、まだ死なないから」

 シャーロットは片手に針を持っている。

(――あれは毒針!?)


 リリアの視界がぼやけ頭がぐらぐらと揺れる。


「メイベル、お願い」

「はい、お嬢様」

(メイベル……あの時の侍女……)


 公爵夫人とシャーロットが魔術店に訪れた時、そばに仕えていた中年の侍女だ。メイベルの唇が数回開閉する。リリアの足元に光が放たれ、彼女が展開した魔法陣によってリリアの体は拘束されてしまった。


 これは完全に失態だ。シャーロットは、怒りのあまり冷静さと集中力を失ったリリアの隙を見逃さなかった――。




 ◇◇◇


 シャーロットは夜会が行われている華やかな大広間に戻ってくると、真っ先にデリクを探した。彼の姿を見つけてニヤリとほくそ笑む。


「デリク! 侍女が私の護衛を……!!」

「護衛……リリア!?」


 顔色を変えたデリクが慌てて会場中を見回すが、どこにもリリアの姿はない。


「彼女は今どこに!?」

「地下に連れていかれたかもしれない……」

「かもしれないって……本当に地下にいるのか?」

「多分。あそこには拷問部屋があるから」


「拷問……」

 呟いたデリクの眉間に皺が寄る。

「なぜそんなことになったんだ? とにかく公爵に伝えないと!」


 クドカロフ公爵の元に行こうとするデリクの腕をシャーロットは両手で掴んだ。


「待って! お父様に言ってはダメ! 大ごとにしたら彼女を殺すって……。ここには大勢の招待客がいるわ。逆上した侍女が無差別にこの人たちを傷付けるかもしれない。パニックが起こればどうなるか想像がつくでしょ? もしかしたら騒動に紛れて侍女が逃げ出すかもしれない」


「でも侍女一人くらいすぐに取り押さえられ――」


「その侍女は魔術師なの」

「…………」

 デリクは言葉を呑んだ。


「とても忠誠心の強い侍女で、あなたと親しくするブレイン嬢が許せなかったみたい。『今後一切関わるな』と彼女を突き放すことができるなら、すぐに解放すると言ってる。公爵家の騎士団を数名待機させているから、彼女が解放されたら突入させて侍女を捕まえるわ。だからあなたと私、二人だけで行きましょう。早く!!」


 リリア同様、冷静さを失ったデリクは彼女と共に夜会会場を抜け出してしまった。そしてシャーロットは公爵邸一階の最も端まで来ると立ち止まった。そう、ここは先ほどリリアと訪れた場所。正面は行き止まり、右手側には扉が一つ。この扉の向こうにはシャーロットが愛する子爵令息カルロが待っている。


 シャーロットは左手側の壁を見て言った。


「――ここよ」

「ただの壁だ」

「違うわ」

 シャーロットが壁に手をかざすと、そこは隠し扉になっていた。ギィィィ……と軋んだ開閉音が響き渡る。目の前には細い階段が地下へと伸びていた。


「さあデリク、行きましょう」


 シャーロットの口角が一瞬だけほんの僅かに上がった……。


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