公爵家の夜会にいざ出陣
とうとうこの日が来てしまった。今夜クドカロフ公爵邸で夜会が開かれる。
公爵夫人の命令によってシャーロットの護衛を任されたリリアは、長い白銀の髪をポニーテールにして動きやすいパンツスタイルで公爵邸を訪れた。上に羽織っているのは王国のエンブレムが刺繍されたローブ。王立学園卒業時、魔術科のみに贈呈される特別な物だ。
現在はドレスルーム後方に立って、シャーロットの身支度を整える侍女たちの様子を眺めている。初めこそ侍女たちはリリアをチラチラと窺っていたが、必死に準備に取りかかっている今は誰もリリアのことなど気にしていない。
(もっと甘めのドレスをお召しになるのかと思っていたけど、こういう落ち着いたドレスもお似合いになるのね)
シャーロットが着ているのは彼女の碧眼よりもずっと深いダークブルーのドレス。オフショルダーのデザインで、首元から胸元にかけての美しいデコルテに目が惹きつけられる。ずっしりと重めのサファイアのネックレスがよく映える。
フリルやリボンといった装飾は控えめだけれど、たっぷりとギャザーの寄せられたスカートの上に重ねられた繊細なレースが上品さを演出している。そこに一つ一つ丁寧に縫い付けられた小さな宝石が光を反射してキラキラと輝いた。
一見シンプルに見えるが細部にまでこだわったこのドレスは冷たい彼女の雰囲気にとても良く似合っている。いつもの金髪縦ロールも今日は結い上げられ、見えるうなじがなんだか色っぽく思えた。
「シャーロットお嬢様、お美しいです」
やっと夜会の準備が終わったようだ。侍女たちが口を揃えて褒め称えている。
(本当に綺麗な方……)
同性であるリリアも、ついうっとりしてしまう。移動を促す侍女長の声にハッと我に返った。
「――デリク様は応接室でお待ちです」
「分かったわ。行きましょう」
「はい、お嬢様」
侍女たちの返事に合わせてリリアも頭を下げた。
部屋を出てデリクと合流すれば会場入りとなる。護衛に慣れていないリリアは急に不安感に襲われた。もしシャーロットに何かあれば、公爵夫人はこれ幸いとリリアをこの世から抹殺するに違いない。
(あの人なら絶対やるわ……)
彼女の光悦な笑みを想像してぞわっと悪寒が走る。今夜のミッションは何があってもシャーロットを守ること。ならばやる事は一つ!
「シャーロット様、部屋を出られる前に失礼します。『保護』」
シャーロットの足元に魔法陣が浮かび上がり、彼女の体は光で包まれた。
「何するのよ!!」
シャーロットの怒鳴り声に侍女たちの体がビクッと固まる。リリアはさっそくやらかしたようだ。
「すみません。シャーロット様をお守りするためにあらかじめ保護魔法をおかけしました。気分を害されたのなら解除します」
「……解除!? 全部無くなるの?」
「全部……。はい、シャーロット様におかけしたすべての魔法が解かれます」
「そう……なの……。このままで良いわ。早くデリクの所に行くわよ」
(……?)
上擦った声に違和感を覚え、リリアはこっそりとシャーロットの顔を覗き見た。酷く青褪めている……? あまりの急変にもう少し注視してみると、乱れた心を隠しきれないのか瞳も細かく揺れている。その怯える姿は、先程リリアを怒鳴りつけた時とまるで別人のようだ。
少し休んだ方が良いのではないかと心配になったが、シャーロットはデリクが待つ応接室に到着する頃にはいつもの落ち着きを取り戻していた。
この扉の向こうにはデリクがいる。今、心を乱しているのはリリアの方だろう。
「待たせたわね」
シャーロットに付き添って応接室に入室したリリアの視線が一点に吸い寄せられた。軽やかに揺れる柔らかな金髪。淡いブルーの瞳がこちらに向けられた。互いの目を見て会釈する、ただそれだけで十分だった。
(よしっ! 気合い入った! 今日のお召し物も素敵だわ)
デリクが着ているリリアの白銀の髪を思わせるアイスグレーの衣装には、シャーロットのドレスとお揃いのダークブルーが襟や袖口、首元のジャボ、ベストにも使用されている。
シャーロットとデリクが並ぶと本物のお姫様と王子様のようだ。思わず溜息が漏れてしまう。リリアは二人の姿にすっかり心酔していた。
「――ねえ! あなた聞こえないの!? 会場に行くわよ」
シャーロットは『この女、大丈夫なの?』と訝しげにリリアに対して眉を顰めている。デリクに間抜けな姿を晒してしまったとリリアは恥ずかしくなった。
「すみません」
(まずい、普通に見入ってた。今日のお仕事は護衛。少しでもヘマをしたら殺される!)
冷静になったリリアは会場前までシャーロットとデリクを先導し、会場へと繋がる扉の前でスッと横に逸れ二人に道を開けた。それまで離れていた二人の距離が縮まる。シャーロットがデリクの腕を組んだのを合図に従者が扉を開けた。