8話 大神リリス
深夜、俺は明かりのついた自分の部屋でベッドに座っている。
そして、目の前には正座しているリリス。
数時間前、あまりの理解不能の展開のまま夕食を済ませ団らんの時を過ごし…両親が就寝するこの時間までの記憶がぼんやりしている。このまま困惑した状態で寝られるわけもなく隣の部屋にいたリリスを呼び、ここに座らせたしだいだ。
「説明してもらおうか?」
「あれ?ミカ…怒ってる?」
正座しながらもヘラヘラ笑っているリリスの顔を見て、怒りが込み上げてきた…。いや、リリスをこの部屋に呼んだ時から俺は怒っている。
「なんでこの家に住むことに?それに学校ってどういうこと?」
リリスは相変わらずの調子で、頬に手を当て天井に視線を向け、何かを思い出しているようすで説明を始めた。
「うーん、私、このあいだミカからたっぷり精もらったじゃない?」
先日のリリスとのキスを思い出し気恥ずかしく感じながらも、「うん」と頷いて黙ってリリスの話しを聞いた。
「それで、もらった精でこの近所に結界を張ったの。これで小物の魔物は入ってこられないし…、例えば仮に上級悪魔が来たとしても察知できるようになるのよ」
「センサーってこと?」
「そう。まあ、結界を破って侵入してくる悪魔はみんなF.L.Oであるミカの体が目当てだから…あなた達家族を守るためにも有効だと思ってさ」
「…あ、ありがとう」
想像していたよりも真面な説明に拍子抜けしてしまい、呟くような小さな声しか出なかった。
「それと、ミカの想い人の件ね」
「あぁ、成就させるって言ってたあれ?恋のキューピット?」
俺が言い出したわけじゃないが、リリスが契約の対等性を持たせるために追加した契約事項だ。
「私は悪魔だから、キューピットじゃないわ。キューピットは天使。あいつらズルいから嫌いなのよ」
へぇ、キューピットも実在するんだ~。 悪魔が目の前いいるんだから、もう驚きもしない。そのうち天使にも会えたりするのだろうか?と、ファンタジーな思考になっている自分に一番驚く。
「で、ミカの近くにいるのが一番いいと思って、魔法を使ってミカの従姉妹ってことにしたの。だから私の名字は大神よ。大神リリス」
「学校の転入はどうやって?これも魔法?」
「そう、魔法よ。明日から同級生ね」
ウインクするリリスは楽しそうで、そんな顔を見たら咎める気にもなれなかった。
「羽根はどうしたんだよ?」
サキュバスのコウモリのような大きな羽根。あの羽根が今日はリリスの背中にない。
「今は隠してるの。人間みたいでしょ?あっでも、いつでも出せるよ」
「いつでも出せるって…便利な体だな。でも…だから、夜ここに来なかったのか…」
別に待っていたわけじゃないけど…、来なかった理由がわかって少しホッとした。
「ちゃんと契約を守るのが悪魔だかr…キャっ!」
説明を終えたリリスが立ち上がろうとしたら正座で痺れた足が崩れ、体が前のめりによろけた。それを見て俺が即座に伸ばした手にリリスはしかかり摑まって、抱き支えるようになってしまった。顔が近い…。
「私ね…、ここ数日でたくさんの精を使っちゃったの、それで…」
リリスの手が俺の頬に触れた。
「ほしいの…」
二人の胸元の刻印がジワリと光を帯び出した。これが契約か。リリスが欲した時に俺が応える。俺はF.O.Lとして悪魔に求められているんだ。感情なんてなくてただF.O.Lとして…。
俺は黙ってリリスの濡れた薄い唇を塞いだ。