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4話 そして、契約の儀式は始まった

 契約してほしいという俺の言葉にリリスは怪しく微笑んだ。


「そうね、それがミカにとって最善の選択よ」


 リリスは部屋をの天井をぐるりと見渡し、続けて床い視線を落とした。それが終わると手を大きく広げてそのまま両手を上にあげた。何かを確認するようなその慎重な仕草は部屋全体を緊張されるものだった。つられて俺も立ち上がりリリスと同じように部屋の隅々を見渡す。見慣れた部屋だから何か発見があるわけじゃないが、そうしないといけない空気だった。立って並んだリリスは俺より頭一つ分くらい背が低い。不審者・侵入者として警戒していたから背丈なんて気にならなかったが、リリスは思ってたよりも小さく、華奢な身体をしていた。…ただ、胸だけが大きく膨らんでいる。


「ここでできるかな…」

 独り言のように呟きながら狭い部屋をウロウロ歩き出した。手の平を床に向けてみたり、何かを測るみたいに部屋のいろんな所を指を差している。


「契約って、ここで今やるの?」


「そうよ。ミカ、あんたの気が変わらないうちにね。それに、他の悪魔が来て邪魔されるのも困るし…」


 リリスはこちらを見ることなく部屋の確認を続けている。


 リリスは確認が終わると、もう少し気の通り道を…とか、魔法陣のスペースが…とかブツブツ言いながらさっきまで俺が座っていたイスを片づけ、床に転がってる木製バットを壁に立てかけ、足元に散らばっていた数冊の雑誌をどけると、足元に1㎡ほどのスペースを作った。


「これでなんとか契約の儀ができそうね」


 どうやら『契約』の準備が整ったようだ。昨日…いや、数時間前まで悪魔の存在さえも疑っていたのに、これから自分の部屋でサキュバスと契約しようとしているなんてどうかしていると自分でも感じている…。


「ここに立って」


 リリスはスペース中央を指差した。何が起こるか分からない不安の中、言われるがままにそこに立った。俺が直立不動でいると、リリスも数㎝の近距離で向かい合うように立った。リリスの胸が…胸の谷間が目下にあって、膨らみの先端は今にも俺の身体に触れそうで…。悪魔とはいえ、女の子がこんな近い距離にいることが恥ずかしいわけがない。それに改めて見るとリリスの恰好は露出が激しくて、どうも直視できない…。


「リリス、あの…その恰好、どうにかならない?」


 自分では分からないが多分赤面しているであろう熱い顔を天井に向けて片手で目を覆った。

「あら、何~?恥ずかしいのぉ?」

 見せつけるように大きな胸を寄せて、いやらしく笑っている。


「いや、…その」

 返答に困る…そして、目のやり場にも困る…。


 直視出来ずにいると、リリスが手を握ってきた。

「…リリス!?」


 その手は俺の両手を包み込み、細い指からは体温が伝わってくる…、とても温かかった。


「ミカ、私はサキュバスなの。淫魔よ。男の人が魅力を感じてくれないとダメなの。だから、あなたがそういう風に、異性を見るように恥ずかしがってくれるのはとてもうれしいわ」


 リリスの顔から笑いが消えていた…。まっすぐに俺の目を見る赤い瞳は潤んで、大きな瞳がより大きく見える。この距離で見るリリスの顔は小さく、大きな瞳と筋の通った整った鼻、薄い唇がとても上品で…グラマーな身体つきと相まって魅力的に感じざるを得なかった。


「いい?これから『契約』の内容を確認するわ」

 真剣なリリスの言葉に大きく深呼吸をし俺は無言で頷いた。


「これは対等契約。どちらが主でも従でもなく、対等なの。わかる?」

 また無言で頷く。

「ミカ、あなたは私に精の提供をする」


 手は握られたままだ。契約の確認が進むたびに空気が張りつめていく。鼓動が高鳴り呼吸が深くなる。緊張しててに汗をかいているが、リリスは気づいているだろうか。


「私は、あなた達家族を悪魔から守る…」

 俺が頷くと、リリスが「…でも」と遮った。


「でも、あなたを守るのは精を提供を受けるために必要なことだわ。これじゃ、私にしか利益がない」


 そうか、精が欲しいリリスはその源である『俺』を守るのは当然ということを言いたいらしい。

「それじゃ、あなたが恋してる相手…」


「な、なんでそれを!」


 確かに想いを寄せる片思いしている子がいる。けど、なんでそれをリリスが知っている?


「一昨日ここに来たときに少しだけミカの精をもらったのよ。ほら、長旅で疲れてたし空腹のあまり吸っちゃったって感じ?」


 なんだかさらっと言っているが、やはり一昨日からの夢はリリスの原因だったのか。しかも、俺の精を吸っただと?


「精ってその本人の情報がたくさん詰まってるのよ。その情報を読み取れるのは一部の悪魔にしかできないことなんだけど…」

 まさかの情報漏えいに死んでしまいたいほどの羞恥に襲われている…。言葉も出ない。


「いいわね。私はあなたの想い人も守るし、その恋を成就させるわ」


 家族が守られるなら何でもいい。赤面する顔を隠すこともできずただ大きく頷いた。

「ミカ、私の腰に手をまわして…」


 リリスに誘導されるがまま、リリスの細い腰に手を回した。女性に触れた経験もない俺が悪魔とはいえ女の子の腰に触れ、露出した肌の柔らかな感触と、鼻腔をくすぐる甘い香りに興奮しないわけがない。戸惑いを隠せないがリリスに言われた通りにリリスの身体を抱きしめるように身体を密着させた。


「…儀式をはじめるわ」


 リリスが小さな声で呟く。リリスは腕を俺の首に回し、大きな胸が溢れるように俺の身体との間で絶妙な弾力をみせている。抱き合うかたちで、2、3㎝の距離で見つけ合う…


「ᚲᛟᚾᛏᚱᚨᚲᛏᚲᛟᚾᛏᚱᚨᚲᛏ ᛋᚢᚲᚲᚢᛒᚢᛋ…」


 そして、儀式は始まった。リリスの口から吐息交じりに聞き取れない言葉が発音される。大きく潤んだリリスの瞳が虚ろになったと思ったら、リリスの言葉に反応するように、足元に数個の光が現れ…、光の点がゆっくり動き出すと通り道に残光が円を描いた。


「ᚲᛟᚾᛏᚱᚨᚲᛏᚲᛟᚾᛏᚱᚨᚲᛏ ᛋᚢᚲᚲᚢᛒᚢᛋ…」


 数十秒で足元には3重の円と直線で幾何学模様が描かれた。その複雑な模様が光を放ちながらゆっくりと二人を中心に回り出す。


 虚ろに見えたリリスの瞳に生気が宿ると…「ミカ、契約よ」と呟いた口が数㎝の距離を縮めて俺の口でふさいだ。

「っ!!」

 俺の首に回した腕に力が入り、重ねた唇から柔らかな舌が入り込んでくる。俺の舌を捉えると激しく絡み、唾液が混ざり合うのを感じた。


「(リリス…!)」


 官能的な舌の動きに高まる興奮を抑えきれず、欲望のままにリリスの腰を強く抱き寄せると激しく唇を求め、無我夢中に舌を絡めた。



 どのくらいの時間が経っただろう…



 数十分のような気もするが、数十秒のような気もする…



 俺とリリスを包み込んだ幾何学模様の光が消え、契約の儀式は終了した。



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