3話 リリスがここに来たことには理由があったのだ
「…F.L.Oって?」
リリスがここに来たことには理由があったのだった。俺のネットで調べたにわか知識では、サキュバスは無作為に男を襲うと思っていたが、リリスは俺のことを『特別』と言った。
「そうよね…。“私のことを見つけてしまった”からには説明した方が、私にとって今後何かと便利そうだし。ミカ、あなたも自分のために知っておいた方がいいわ」
リリスはベッドに腰を下ろすと大きな仕草で足を組み、大精泉(FOL)について説明を始めた。
「大精泉とは、文字通り『精力の泉(Fountain of life)』ということ。私たち悪魔、特にサキュバスは人間の精を食料・栄養源として吸収し、体内で魔力に変換するのよ。それは人間でいう『食事』というだけじゃなくて、魔法を使う時の原動力でもあり…また、その魔力量は悪魔間での強さの象徴でもあるの。悪魔にとっては絶対不可欠なものね。そんな中、100~200年に一度、大量の精と濃度を秘めた人間が生まれてくるのよ。それが、あなたよ…ミカ」
理解が追い付いていない俺を見たリリスは眉をひそめながらも説明を続けた。
「あなたが成長して体に精が満ちたことで、大精泉(FOL)としての条件がそろったのよ。未成熟のうちに精を吸うと大精泉(FOL)になる前に死んでしまうの。だから、悪魔たちはあなたが成長するまで誰も手を付けなかったのよ」
「具体的に…お、俺の体はどうなるんだ?」
なんだか映画を見ているような、ゲームをやっているような感覚だ…。設定を理解しないと何も考えられない。
「そう…ミカ、あなたの精は悪魔に吸われるために存在するのよ」
リリスの瞳が赤黒く光り、また怪しげにほほ笑んだ。
「でも、心配することはないわ。あなたの精は枯渇することないから、他の人間みたいに吸い過ぎたら死んじゃうなんてことないし」
「枯渇…?吸われ過ぎたら…?」
精を根こそぎ吸われ、ミイラのように干からびた自分の姿を想像し身震いした。
「サキュバスである私が一番にここに来たことを感謝するべきね。私たちサキュバスはあなたの精だけを求めてるのよ。でも、サキュバス以外の種には、あなたの体を捕食したいと望んでいる悪魔もいるわ。捕食することでかなりの精を得られるらしいけど、サキュバスにはそれは興味ないの。だって、無限に湧き出る泉を利用し続けるほうが賢いでしょ?」
リリスは舌先を唇に這わせ妖淫な表情を魅せる。淫への執着が高いサキュバスらしい言葉は、この状況下での俺の価値を示すには十分だった。
「まだ、よくわかっていないんだけど…。俺の体は悪魔にとって希少ってことなんだよな?そして、サキュバスは精を吸い続けたい。また別の悪魔は俺の体を食べたいと思うやつもいると…?」
俺の体を食べたいなんて常軌に逸した発言を自分で言葉にして、全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。
「そうよ。」
冷静に返答するリリスに、さらに質問をした。
「その…他の悪魔が来たら、オヤジたち…この家にいる家族はどうなる?」
「まあ、一緒に殺されるでしょうね。もし、家に侵入されたら逃げきることもできないだろうし」
リリスは表情一つ変えずに淡々と答えた。冷酷な悪魔の顔だ。この家だけで済む話なのか?もしかしたら、この地域って話になるかもしれない。学校のみんなにだって被害が及ぶかもしれない。
「リリス…、君とその悪魔はどっちが強いんだ?」
そもそも強さなんて測れるものなのだろうか?もっと上手く話しをすることもできたはずなのに、困惑と恐怖心で頭が一杯になっている。
一瞬、リリスの目が吊り上がったようにも見えたが、俺の心情を察してくれたのか…変わらないトーンで答えた。
「あなたがさっき言った通り、私たちサキュバスは“低級悪魔”だけど、精を満たした状態では“上級悪魔”にだって負けはしないわ。特に大精泉(FOL)の高濃度の精を得られたならなおさらね」
今説明された話が全てじゃないことはわかってる。それにリリスが嘘をついている可能性だってゼロではない。重要なのは『家族を巻き込んでしまうかもしれないこと』と『サキュバスが俺を殺す理由がないこと』だ。
俺は唾を飲み込んで大きく深呼吸するとイスから立ち上がり、目の前のサキュバスに向かってある提案を投げた。
「リリス、俺は君に精の提供を約束するよ。その変わりに俺を…俺の家族を守ってくれないか?」
リリスは目の前に立つ俺を見上げて、足を組み替えると瞳を光らせた。
「約束?私は悪魔よ、そういうのは『契約』っていうの」
「契約…⁉」
リリスが発した『契約』という言葉の意味が、急に重く圧し掛かり事の重大さを認識させた。
「そう、契約。契約違反は“死”を意味するわ。それは、あなたも私も同じこと」
リリスが言うように、俺の体が大精泉(FOL)であるという情報が魔界に流れているなら、身を守る術が必要になる。そして、今後の様々な対策をするうえで魔界の情報ツールとしてもリリスを味方につけることができれば家族を守ることができるのでは?安直な考えかもしれないが今目の前に一人の悪魔が居るんだから、明日違う悪魔が来てもおかしくない。明日来る悪魔は俺の身体を捕食するかもしれない。そうなってからじゃ遅いんだ。今できる選択はこれしかなかった。
「…リリス、俺と『契約』してほしい」