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2話 夜這いに来たのはサキュバスでした!

 俺はコップを持って立ちすくんでしまった。


 これはどういうことだろう?


 たしかに牛乳が入ったグラスをここに置いた。寝ぼけて自分で飲んだのか?もしかしたら親が夜中にこの部屋に入ってきて牛乳を飲んだのかもしれない。

 

 俺はコップを握りしめ部屋を出ると階段を駆け下りリビングに顔を出した。親父もまだ出勤前でソファに座り新聞を読んでいた。母親はキッチンだ。

「ねぇ、俺の部屋に置いた牛乳飲んだ?」

 自分で言っていて恥ずかしい。起きてきて開口一番「俺の牛乳飲んだ?」って。高校生のくせに子供過ぎる…。

「え?飲んでないぞ」

「あなたが夜に飲むからって、部屋に持って行ったんでしょ?」

 二人とも俺の失言を気にとめる様子もなかった。両親にとって子供は子供。息子が高校生になってもこれくらい許されるのだろうか?

 「せっかく早起きしたなら、ご飯食べちゃいなさい」という母親に促されて黙って朝食を食べた。


 じゃぁ、牛乳はどこに消えたんだろうか?朝食後に自室に戻ってから考えた。たしかに牛乳はなくなっていた。でも、夢は見なかった…ような気がする。2日連続で見ていたあの女が出てくる夢はみた覚えがない。それかただ忘れただけかもしれないけど。


 それよりも『サキュバス』かどうかは置いといて、「誰かが部屋に入り、牛乳を飲んだ」というのは事実のようだ。それに窓は鍵はかかっていた。


「なんだかいろいろ謎すぎて…」


 ともあれ、不審者への対策はしておかなくてはいけないようだ。


 その夜、俺は電気を消した暗い部屋の隅に座って息を潜めていた。


 窓の施錠をしっかり確認し、カーテンを閉めた。微かに差す街灯の明かりはベッドに作った毛布とタオルの山を人型のシルエットに見せるには丁度良い。安易かと思っても実際やってみると結構人が寝ているように見えるように見えるものだ。そして、部屋全体が見える位置で手には木製バットを握りしめ棚の影にしゃがみ込んで準備万端!一応用意した牛乳は枕元に置いてある。


 今の自分の姿を誰かに見られて、「これは悪魔対策です!」と言ったら誰からも…きっと親からも冷たい目で見られるだろうな。だから秘密だ。極秘!もし何も起こらなくても俺の黒歴史の寄行として心に留めておけばいい。これは俺自身が俺の中のモヤモヤを解決するための…とても原始的な解決手段、そう『待ち伏せ』だ!一晩こうして、もし何も無ければ「あれは夢だった」とハッキリ言える。無くなった牛乳の件も自分で飲んでしまったのかもということで納得することもできよう。


 何事もなく時間ばかりが過ぎていく。何時間経っただろう…。住宅街の静かな深夜帯、時折り車やバイクが通過するが近所の人は寝静まっていようで静かな時間が続いている。


「何時だろう?」

 画面が光ってしまうので、スマホは手元には持ってこなかった。時計も机の上だ。時間がわからない中、長い時間経過しているように感じる。感覚的には2時間?3時間?…。暗がりでじっとしていることで思考がぼやけてきて…瞼が重くなっていく…。


 その時!


 ススっ…


 ちゃんと施錠したはずの窓が動いた。ロックを解除した時のカチャっという音は聞こえなかったが、たしかに施錠したはずの窓が動いた。


 窓が開くと外から冷たい風が入り込み、ゆっくりとカーテンが音もなく揺れて街灯の光が部屋を照らすとその向こうに人影が見えた。間違いなく誰かがいる。窓枠に手でおさえながら伸ばした足(多分土足)が静かに床に下ろされた。


 それを目の当たりにした俺の心拍数が爆上がりし肩で息をしていることに気づいて、「…大丈夫、大丈夫、大丈夫」と心で3回呟くと右手に握りしめたバットを今一度確認する。


「…ったく、昨日は牛乳なんて飲ませて。今日は容赦しないんだからね」

 街灯が逆光になりシルエットしか見えない侵入者は両手を腰に当て、背筋を伸ばして立っている…ように見える。聞こえてきた声は女。夢に出てきたあの女性の声に似ているような気がしたが、断定はできない。俺自身混乱している…。だって、不法侵入行為を目の当たりにしているのだ。


「!!!!」


 彼女が一歩動くと、窓から差し込んだ光が女の全身を照らし、見えたその姿に驚いた。そこにいたのは、長い黒髪の女性。女性らしい曲線を描いたようなシルエット。肌の一部を隠すような黒い光沢のあるコスチューム(?)。スローモーションのようにゆっくりと歩くその背中にはコウモリのような羽根が生えていた。


「(サキュバス!?)」


 ここにジッとしているわけにはいかない。大声を出して寝ている両親を呼ぶか?でも俺はバットを…武器を持ってるんだ。家を…この部屋を守らなければという正義感と不審者に対する恐怖心が激しくせめぎ合う心を落ちつかせるようにゆっくりと心の中で数えた。


 「1…2…」

 3と同時に立ち上がり、壁にあるスイッチに手をかけ、部屋の照明をつけてると、瞬時に右手の木製バットを両手で持ち構えた。


「お…おい!動くな!」


 部屋を明るくしたのはいいが、目が暗闇に慣れていたため照明の光の強さに目に痛みが走ったが瞬きを数回繰り返し、腕で大きく目を擦るともう一度木製バットを構えた。侵入者の女は、ベッドに俺が作ったシルエットにまたがりお尻をこっちに向けたまま微動だにしない。


 お尻の大部分は露出し、黒いコスチュームが尻の谷間から尾骶骨まで隠し、黒く細いしっぽにつながっている。透明な白い肌を露わにしている背中からはコウモリの羽根が大きく広がり、女の顔までは確認できない。


 構えたバットの先は震えている。コスプレじゃないことは見てわかる。しっぽや羽根の動き方が作り物じゃない。猫や鳥のそれを見ているように自然な動きをしていた。この目の前にいるのは人間じゃない!


「ゆっくりこっちを向け!」


 まさか本当にサキュバス(?)だなんて…。この後の展開を何も考えていないことに今気づいた。


「ゆっくりだぞ!」


 侵入者はゆっくり振り向くしぐさをみせ、同時に大きく広げた羽根を動かすと、羽根の影から彼女の顔がのぞいた。


「あれ~?気づいちゃった?だから都会ってイヤなのよね」

 侵入者の女はそのままこちらに体を向け堂々と立ち上がった。


 赤黒く光る大きな瞳、腰まである長い黒髪。バストの大きな膨らみと細い腰にかけてのしなやかなライン。バストの下半分から腹部の中央、そして陰部までを黒いコスチュームが隠している。その背後には羽根としっぽ。もう作り物ではないことは十分理解できた。


「お前…サキュバスか?」


 この一言は強がりでしかない。怖いんだ。震えている手を懸命にもう片方の手で押さえつけて平然を装う。

 侵入者の女の足がこちらに向かって一歩前に出る。靴を履いているようにも見えるが、もうどうかわからない。


「あんたさ!昨日、牛乳飲ませたでしょ?」

 二歩、三歩と大きな胸を揺らして近づいてきた侵入者の女は、突きつけられたバットを左手で掃うように容易にかわすと、右人差し指を俺の胸に突きつけ、眉をつりあげている。怒りの表情で俺の顔を覗き込んだ。驚いた俺は1歩後づ去りすると背中が壁について身動きが取れなくなってしまった。


「…だって、サキュバス対策ってネットに書いてあったから」

「はぁ?いつの情報よ!そんなの人間からしたら大昔の話でしょ?まぁ、そんな古い方法に引っ掛かる私も悪いけどさ!」

 女は大きな胸を支えるように腕を組んでみせた。

「(なんだ⁉この展開…)」


 理解できない状況の中、自分を落ち着かせようと深呼吸してみた。このまま殺される…なんてことあるんだろうか?この女が本物の悪魔だったらそんなことも…。とりあえず話をしないと…。言葉はわかるみたいだし。


「お前は本当にサキュバスか?」

「はぁ?あんたさっきから自分で『サキュバスか?』って言ってたじゃない!そうよ。私はサキュバス。サキュバスのリリスよ」


 リリスと名乗ったサキュバス(確定)は、顔横に垂れてきた髪を後ろにはらった。

「そうか。それじゃあ…サキュバスさん…も、目的は?ここに来た目的」

 俺の質問が愚問だったのか。大きなため息をついてから開口した。

「あんたの精をもらいにきたのよ!それに≪サキュバスさん≫じゃなくて≪リリス≫!」

「あ…、リリス。なんで俺?…牛乳じゃダメなのか?」

リリスは呆れ顔でまた大きなため息をついた。

「あんた、バカじゃないの?私はサキュバス!悪魔よ!怖い“上位悪魔”なんだから!あんたなんて簡単に殺せるのよ!」

「え!?男性を襲う“低級悪魔”って…」

 2日前にネットで調べた情報がつい口から出てしまった。

「あんた、それをどこで!」

 気のせいか、急にリリスの顔が赤くなっているような気がした。

「ネットで…、ネットに書いてあったんだ」

「ネットって、パソコン?…ちょっと見せなさいよ、その…」


 いろいろ疑問は残るが、完全にリリスのペースのまま俺は机の上にあるノートパソコンを開き、先日見た『サキュバスの伝承のまとめサイト』を表示すると、隣から覗き込んでいるリリスに見せた。


 「貸しなさい!」と言ってノートパソコンを奪うように自分に向けると、立ったままお尻を突き出し体を『く』の字に曲げ、顔をパソコン画面の近距離に近づけて『まとめサイト』を読んでいる。カリカリとマウスを動かして…。

(ネット?パソコン?とは言っていたが、使い方はわかるようだな。)

 それから10分程、俺の横に立ったままのサキュバスは、「これ!いつの話よ!」「えー!なんでこんなこと書いてるの?誰が見ていたのよ!」「あの時の神官め!」などと、サイトに掲載している伝承がまるで全て真実のような口ぶりで一つ一つに反応し続けた。

 掲載記事の内容がよほど癇に障るのか、怒りのバロメーターも徐々に上昇しているようで、高校の入学祝で買ってもらった大切なパソコンを壊されかねないとヒヤヒヤするばかりだったが、勇気を出して話を仕切り直すために声をかけた。


「あの…リリス。あっ、『リリス』って呼んでいいかな?俺の名前は大神ミカ」


 声をかけたタイミングが良かったのか、パソコン画面に顔をくっつけていたサキュバスは悪態をつくことなく、背筋を伸ばすとこちらを向いて怪しく微笑んだ。

「『リリス様』でもいいわよ、ミカ」

 イスに座ってる俺を見下ろしながらそんな言い方したら『リリス様』じゃなくて『女王様』としか聞こえない。


「いや、…うん、ありがとう。リリス」


 聞きたいことはたくさんある。何から聞けばいいだろう?


「たくさん聞きたいことがあるんだけど…。君がサキュバスということはわかった」

「話が早いじゃない。それじゃ、早速 精を…」

「ちょ、ちょっと待って!」

 近寄ろうとしてくるサキュバスに手のひらを見せて慌てて静止させた。

「そ、その…、せ、精が欲しいということもわかった。でも、なんで俺なんだ?多分昨日だけじゃなくて、おととい来たもの君だろ?」

 いろいろ理解できない中でも、『なぜ、ターゲットが自分になっているのか』『リリスが3日連続(もしくはそれ以上)この家にきたのか』これがどうしてもはっきりさせたいことだった。


 リリスの顔はさきほどの怪しい笑みは消え、怒りレベルが上昇しているのがわかる…。

「人間の坊や!私の名前はリリス。『君』じゃないのよ!名前持ちの悪魔ネームドを名前で呼ばないのは侮辱的行為だわ!憶えておきなさい!」

 そうだ、さっき俺が名乗ったら、リリスはすぐに俺のことを『ミカ』と呼んだ。それにリリスは早くから名乗っている。確かに俺が至らなかったのかもしれない。

「ご…ごめん、リリス。なぜここに来たのか、教えてくれないか?」

 俺の謝罪の意思が伝わったのか、リリスはフンッと鼻息荒く吐き…背筋をピンと伸ばすと大きな胸を支えるように腕を組み、胸を大きく揺らしてからこう言った。


「ミカ、あなたが『大精泉(FOL)』と呼ばれる特別な人間だからよ」

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