鬼の少女と冒険者
「―飽きた!」
「食えるだけ有難く思え」
鬼の少女と、冒険者の男が一人。焚火を囲んで、夕飯にありついている。
「ここ3日ずーーっと同じ物しか食べてないじゃん!」
「だから食えるだけ…」
「おや、良いのかい?私はいつでも君の寝首を掻いて、腹に押し込めてやれるんだぜ?」
「また物騒な事を…はあ。」
彼らは旅の途中である。この所、同じような森ばかりを進んでいる影響で、食料もまた似通った物が多かった。鬼の少女は、その事が不満でならない様だ。
鬼の少女、実際には、半人半魔の半魔人であるが、どちらかと言えば魔人の血が濃い。
彼女にとって、本来人は食料だ。しかし何かの気まぐれか、この冒険者を食べる事は無かった。故に今のは、彼らの間だけで通じる冗句と言った所だ。
「明日には森を抜けるんだから。川の近くまで出れば、久々に魚が食えるぞ」
「だーかーら!その明日の為の糧に文句が有るんだってば」
「そんなに嫌なら俺が食う。じゃ無きゃ黙って食え。」
「むぅ…」
この奇妙な2人、1.5人と.5魔人の旅は、5年前に始まった。
男は一人、旅をしていた。その道中で、亡骸の様に転がる瘦せこけた少女を保護したのだ。
飢えて、死にかけていた彼女に、男は飯をやった。彼女の回復を待って、1週間は同じ場所に留まった。
その献身的な行いに救われた少女は、ある夜、遂に目を覚ました。傍らには、お世辞にも旨そうには見えない薄汚れた男が居て、目の前には鍋に入ったまだ暖かいスープが有った。
朝、起き上がった彼女の姿を見て、男は安堵した。そうして別れを告げようとした所で、少女が「連れていけ」と言い出したのだ。
彼らはこうして出会い、今日に至るまで旅を続けて来た。
出会って2年程が経ち、彼らは随分遠くまで来た。冒険者の旅路の終着点であるその地で、彼は最期を迎えるつもりで居た。
冥途の土産に。と、その晩、彼は訊いてみた。
「お前、何で俺を食わなかったんだ。」
その問いに、少女は驚くでもなく、しれっと
「マズそうだったからだな!」
とだけ答えて、彼もおなじく
「そうか。」
とだけ返して、それだけだった。
翌朝。もう一度、別れを告げようとした彼を、少女はまたも引き留めた。
「私が見逃してやった命を、こんな所で終わらせるつもりなのか?」
「ここで終わらせるから、意味が有るんだ。」
意志は固かった。どうしても、ここである必要があったのだ。
「―私に、食べられる気は無いか?」
少女は当たり前の様にそう訊いた。
「無いな。お前の胃袋に入ったら、そのまま何処かへ行ってしまうだろう。」
「私が、ここに残ると言ってもか?」
「…そこまでされる義理は無い」
そう言うと、彼は背負ったばかりの背嚢を降ろして、座り込んだ。
「もう少しだけ、世界を見てから逝くとしよう。」
言葉通りに、男は旅を続けた。もとより、終わりありきの旅だったから、金も装備も、次第に足りなくなってきた。
行く先々で小銭を稼ぐ為に、彼らは立ち寄った街や村に長い事滞在するようになっていった。そこにはやっぱり人が生きていて、その営みを見るのが、旅の楽しみの一つになった。
冒険者は次第に、素直に旅を楽しめるようになっていった。死に場所を求める旅の中で拾った死にかけの少女は、彼の人生に再び彩りを取り戻したのだった。
「腹が減って力が出ん…」
「あそこで意地を張る奴が居るかよ。」
夜が明けて、空が明り始めた頃。彼らはもう歩き始めていた。
「まあ、いざとなればお前を食ってやれば良いのだがな!」
「―干し肉でも齧っておけ。」
「わーいお肉!!」
何かの気まぐれ。きっと、このチョロさが故の偶然だろう。彼らの旅は今日も、多分明日も続く。
書き終えてみたら思ってた以上の短さになってしまいました。