九話
カチャカチャと音を鳴らして部屋に入って来たのは鎧を身に着けた騎士だった。
「すまないが、ここに高貴な男性が入って来なかったか?」
「いえ、誰も入ってきておりませんが」
「そうか。邪魔をしたな」
そう言って騎士の人は出て行く。
「いやぁ。助かった。礼を言う」
そう言って男性が机の下から出てきた。
「何か悪いことでもしたんですか?」
「いいや、仕事が嫌で少し抜けてきただけさ」
仕事が抜けだしただけで騎士が目の色を変えて探す・・・。
一体どれだけ偉い人なんだろうか。
「書類は直せたのかい?」
「はい」
「なら、君はもう行きなさい」
どうやら見逃してもらえるようだ。
「それでは失礼いたします」
そう言って部屋を出た。
(はぁ・・・。絶対怪しまれたわよね。気を付けないと)
フランは何食わぬ顔で下女の仕事へと戻った。
「ふむ。彼女が見ていたのは衛兵の報告書か。何を調べていたかはわからないが少し気になるな」
そう言ってパラパラと報告書に目を通す。
そこに書類を持った官吏が部屋に入ってくる。
「む・・・。誰だ、部外者は立ち入り禁止・・・!?」
官吏は驚いたように男性を見る。
「あぁ。すまないな。最近、街で変わったことはないか?」
「少々、街の治安が悪化しております」
「原因は?」
「申し上げにくいのですが、自警団の自由の火が消えたのが一因かと」
街には複数の自警団が存在している。
その中で一番影響力があったのが自由の火だった。
「自由の火か。グラン侯爵を殺したのだったな」
グラン侯爵は衛兵から騎士に任命された生粋の軍人であり重鎮だった。
民にも慕われた得難い人物だった。
「はい。現在も捜査は続けられておりますがこれ以上は何も出ないかと」
「人員は限られている。自由の火の捜査は打ち切り治安の維持に努めるように」
「はっ。かしこまりました」
「すまんが、報告書を借りていくぞ」
「はい。お好きなだけお持ちください」
そう言って男性は部屋を出ていった。
官吏としては感無量だった。
他にいくらでも仕事があるだろうに自分達の仕事に興味を向けてもらえる。
それだけでいくらでも頑張れる気がした。
フランはリリーから怒られていた。
それは持ち場を離れて姿が見えなかったからだ。
だが最後に「無事でよかった」と言われてしまった。
これだけ心配してくれる存在がまだいるのだと後で部屋でこっそり涙を流したのだった。