新宿名画座 アイスロード
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今朝の天気予報では降らないはずだったのに、立ち食いそば屋で昼飯を済ますと、ぽつりぽつりと小雨が降り始めてきた。
「まいったなあ、取引相手との約束の時間までまだ2時間以上あるのに」
俺は不機嫌そうに、そう呟いた。
喫茶店で2時間つぶすのは辛い。
「またいつもの所で時間をつぶすか」
俺は小雨の中、新宿駅東口の近くにある例の場所へと向かった。
「さーて、今やっているのは何かな」
俺は新宿東口にある名画座の前に来ていた。この辺りは表通りと違って、まだ昭和から平成の臭いの残る地域で、30後半の俺には落ち着く場所だ。
「お、リーアムニースン主演のアイスロードじゃないか」
次の上映時間までまだ20分近くあったが、俺はかまわず、切符を買い中に入った。
アイスロードは新作で公開中も見たかった映画だったが、俺は最近のシネコンが大嫌いなので結局見なかった。
大学生の頃は学校にいる時間より映画館にいる時間のほうが長かった俺だが、最近のシネコンのシステムが大嫌いなのでほとんど新作は配信かレンタル待ちで見ている。
シネコンが嫌いな理由の第一は席が完全予約制なこと。ガラガラの映画館でも途中で席を変えられない。第二は、完全入れ替え制なこと。俺が学生時代は面白かった映画は必ず二回見ていた。一回目は内容を。二回目はディテールを楽しむのが俺の鑑賞法だ。最後に料金が高い。俺が学生時代はチケット屋で上映後も前売り券が買えたので、かなり安く見れたのだ。
とにかく俺にとって絶滅寸前の名画座はこのうえもなく貴重なものなのだ。
「アイスロード」は昔のフランス映画で、フリードキンがリメイクした「恐怖の報酬」をベースにしたサスペンスアクション映画だ。極北のダイヤモンド鉱山でガス爆発事故が起こり、作業員26名が生き埋めになってしまう。助け出すためには先に坑道内のガスを抜かなければならない。その機械を運ぶには陸路で行くしかないが、大部分は凍った河の上を移動しなければならない。重さ30トンの機材を載せて厚さ80cmの氷の上をトレーラーを走らせる命知らずの4人のトラック野郎。しかも時間の猶予は30時間。この設定を聞いただけで、アクション映画ファンならわくわくしてしまうだろう。
しかも主演はリーアムニースン。「96時間」以降「フライトゲーム」などアクション映画の傑作に出続けている演技派アクションスターの筆頭だ。
前回の上映が終わり、客が出てきたので、俺も中に入り、中央通路のが前にある席に腰を下ろした。客の姿はまばらで、まあ、今どきの名画座なんてこんなものだろう。
しばらくすると上映開始のブザーが鳴り、館内は暗くなり、映画が始まった。
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上映開始後、オープニングの後、鉱山での爆発事故から政府の緊急対応、ベテラントレーラー運転手、ジムのところに役人が機材の搬送を依頼、会社クビになり金に困っていたマイク演じるニースンと弟のガーテイと警察に拘留されていた原住民の女ドライバー、タントゥがそろい鉱山に向け3台の大型トレーラーが出発するまで約30分。
「うん、なかなかテンポが速くていいぞ。これは期待できるな」
4人のドライバー以外にもう一人会社から送られてきた人間、トムも同伴。
「間違いなくこいつは悪役だな」
ジャンル映画の基本を押さえた堅実なつくりに好感が持てる。
アイスロードに入ってから、直ぐにジムのトレーラーがエンジントラブルで立ち往生。しかも氷が割れ始める。マイクが中心となってジムのトレーラーをけん引しようとするが、結局ジムもろともトレーラーは湖の中に沈んでしまう。ジム役の巨漢で強面のローレンスフイッシュバーンがここで退場。「脱出」で一番頼りになりそうなバートレイノルズが真っ先に重傷を負ってしまうというパターンも定石どおり。
仲間を失ったところにトムがタンがジムのエンジンにガソリンを入れてるところを見たと告白、かつてジムにクビにされたことのあるタンに疑惑が濃くなる。マイク兄弟もトムの言葉を信じ、タンを拘束してしまう。ところがマイクと弟がコンテナにいるときにるトムがコンテナに二人を閉じ込める。
「おいおいちょっと正体をバラすのがはやくない」
コンテナの中に二人を閉じ込めた後、ダイナマイトを仕掛けるトム。導火線に火をつけるとともにトレーラーを走らせ、その場を後にする。
コンテナからなんとか脱出し、ダイナマイトを危機一髪で遠くに放り投げるマイク。
ここからいよいよ後半戦。マイクたちは水没したコンテナを切り離し、裏切り者のトムを追って追撃を開始する。
氷河を渡り切り、トムと拘束されたタンが陸地に着いたところにラスボス登場。やはり会社の現場責任者の幹部だった。
「この辺もお約束だよな」
トムにタンもろともトレーラーを山道の途中でがけ下に落とすよう指示すると幹部は車で立ち去った。
山道を上り、転落地点でタンの拘束を解いた途端、トムを運転席からたたき出し、トレーラーを走らせるタン。落ちたとき、トレーラーの燃料パイプを外すトム。燃料が流れ出し、しばらく走ったところでトレーラーは停まってしまう。部下とともにタンに追いつくトム。絶体絶命と思われたとき、マイクのトレーラーが追いつき、トムを車ごと斜面の下に叩き落す。
「悪役の最期にしてはイマイチだな」
そう思っていたところ、さすがニースン映画。トムは車から脱出し、爆薬を持って、タンのトレーラーに燃料補給していたマイクたちの真上までいき、爆薬を爆発させ、雪崩を起こす。
なんとか雪崩に巻き込まれなかったがタンが重傷を負い、コンテナをマイクたちのトレーラーに取り付けて出発するが残り時間はもうわずか。
再びアイスロードを走っていると、タンのトレーラーでトムが追いかけてきた。トムの執念深さにはある意味感動。
「会社のためとはいえ、普通ここまでやるやつはいないよな」
徹底的に邪魔を続けるトム。運転を弟にまかせて、トムのトレーラーに飛び移るマイク。もうすぐ70歳になるというのにニースンの役者魂に感激。死闘の末、トムごとトレーラーを水没させるマイク。
急いで二人を追いかけ、最後の難関の橋を渡り切ったトレーラーに追いつくが、トレーラーが滑り落ちるのを防ぐため、弟のガーテイは死亡していた。
鉱山基地では会社のCEOも訪れていたが、すでに30時間経過し、救出は絶望しされていた。
そこにマイクのトレーラーが到着。急いで機械をセットし、中のガスを抜いてから入口を爆破。見事作業員たちの救出に成功。作業員たちの証言から、現場の幹部たちの命令でコスト削減からガス報知器をオフにしていたことが判明。マイクは幹部殴り倒す。
三か月後、ジムの後任となったタンのもとに報奨金で購入した新品のトレーラーでマイクが訪れる。
タンと別れた後、ガーテイのペットのネズミとともにマイクは走り去っていく。
「そーだよ、これだよ。こーゆうアクション映画が見たかったんだよ」
最近のアクション映画はアメコミヒローものばかりで大人の俺はうんざりしていた。シンプルなストーリー。外さないお約束。そして主人公は普通の人間。こういったアクション映画は今や貴重で、アイスロードはそんな一本だった。
「そろそろいい時間だな」
ロビーでたばこを一本吸い終えると、俺は雨のやんだ街中に待ち合わせ場所に向かって走っていた。
評価 85点