短編 週末魔法使い!
※この作品に登場する、人名、店名、商品名等々は、実在のものとは一切関係ありません。
この作品は想像の産物です。フィクションです。ご了解ください。
※拙作「短編 週末召喚!」の続きといえば続きです。
魔法使いのかけ声と共に、返還陣が煌めき、女は元の世界へ帰って行った。
「よし! 今回も、なんとか返還できたぞ! たぶん、大丈夫だろう。まあ、毎回召喚できているってことは、その前に、毎回きちんと返還できているってことだものな?」
魔法使いは、そうつぶやくと、女が置いていった「ビタファイトAAAストロング」の半ダース入りの箱から1本取り出し、封を切ると一気に飲み干した。
「プハアアアッ!」
「効能1万倍」の魔法を施してはいないから、これは、よくある栄養ドリンクに過ぎない。
しかし、今はそれで十分だった。
そろそろ、ある人物がやって来る。強気に出て、グイグイ押すべき相手だった。
怯んだり、遠慮したりしていてはだめだ。気合いを入れて立ち向かうのだ。
魔法使いは、戸棚の前に行き、「ビタファイトAAAストロング」の半ダース入りの箱を、ナメクジ忌避剤「ナメキエール」の箱の隣に置いた。
そして、杖を振るい、テーブルの上にある除草剤「草殲滅プロ 2kg入」に「効能1万倍」の魔法を施した。これで、準備は完璧だ。
―― トン、トン、トン、トン
来た! あいつだ! わかっているが、掠れ声で魔法使いっぽい応えをしてみる。
「どなたでございましょうかな? このような夜更けに魔法使いを訪ねておいでになるのは?」
「わかっておろう? わたしだ。騎士のリヒャルトだ」
「おお! リヒャルト様! 少々お待ちくださいませ。すぐに開けますので」
魔法使いは、ちょうつがいを軋ませながら、重いドアをゆっくりと開けた。
ドアの向こうには、銀色に耀く甲冑を身につけた騎士が一人立っていた。
騎士は、つかつかと部屋へ入ってきたが、突然足を止めた。
騎士の足下を、小さな黒っぽいものが走り抜けていったからだ。
それは、二度見する間も与えず、素早く戸棚の裏へと逃げ込んでしまった。
「何だ、今のは?」
「ゴキブリというものだそうです。増えすぎると大変なことになるようですが、まあ、1匹ですから、心配することはないでしょう」
「うむ。ところで、例の物は手に入ったのか?」
「はい! 異界より召喚いたしました者が、本日持って参りました」
魔法使いは、机の上に置いてあった、除草剤「草殲滅プロ 2kg入」をうやうやしく騎士に差し出した。
「これで、ノットバードの森に広がった、人食い植物バデド・ベダボは、一掃できるのだな?」
「はい。先ほど、わたくしの『効能1万倍』の魔法を施しました。これさえまけば、間違いなく人食い植物バデド・ベダボを根絶やしにすることができます。」
「それは助かる。ノットバードの森さえ抜けられれば、我らは魔王城の手前の丘まで、一気に攻め込むことができる」
騎士は、除草剤「草殲滅プロ 2kg入」の箱を掲げ、神への感謝の言葉をつぶやいた。
魔法使いは、これで、ようやく今週も終わったなあと思った。
そして、帰ったら、夜食に何を食べようかなあと考えていた。
騎士は、除草剤「草殲滅プロ 2kg入」の箱をテーブルの上に下ろすと、魔法使いに聞こえるように、大きな声で独り言を言った。
「ノットバードの森を抜けることができたとしても、魔王城のまわりの草原には、鋭い牙と長い尾を持つ魔獣が多数放たれている。それを倒さねば、魔王城へ近づくことはできないのだ。何か、良い方法はないものかなあ?」
何だ、また、おねだりかよ! と魔法使いは思ったが、一つ咳払いをすると、戸棚へ近づき、箱を抱えて戻って来た。
猫よけ粒剤「バイバイニャー」の箱だった。すでに、魔法は施してある。
「リヒャルト様、これをお使いくださいませ。これを草原にまきながら進むのでございます。これをまいた場所には、魔獣どもは近づくことができません。近づくどころか、涙を流し、咳き込みながら、すべての魔獣が逃げていくことでございましょう」
「まことか? それほどの力が、この薬には秘められているのか?」
「はい。草原中に、魔獣の断末魔の叫びが響き渡ることでありましょう!!!」
少しオーバーな表現が、なんのためらいもなく、魔法使いの口から滑り出た。
やけに、気分が高揚していた。
魔法使いは、「ビタファイトAAAストロング」は、なかなか効くなあと思った。
騎士は、猫よけ粒剤「バイバイニャー」の箱を手に取った。
文字のような物が書かれているが、騎士には読めなかった。
ただ、箱の側面に、目の部分が「×」で、鼻と口を前足で押さえて逃げていく、可愛らしい獣の絵が描かれていたので、獣よけの秘薬であることはわかった。
疑わしさはあったが、これまでの実績から、魔法使いを信じてみようと思った。
彼から受け取った数々の秘薬により、湿地に潜む吸血足長虫から体を守ったり、貴重な兵糧を奪おうとする鋸長尾黒栗鼠を撃退したりすることができたのは間違いない。
「良かろう! これも預かっていく。して、此度の対価には何を望む?」
「さようでございますな――」
少し勿体をつけてみたが、魔法使いの心はすでに決まっていた。
新しい魔術を身につけるための魔術書 ―― いらない! 「効能1万倍」で十分だ。
王家直属の上級魔法使いという地位 ―― いらない! ここでの出世に興味はない。
豪奢な屋敷や巨大な領地、多数の弟子 ―― いらない! どうせ週末しかいない。
「いつもと同じでございます。美しい指輪がほしゅうございます」
「また、指輪か! これで二十一個目だぞ。もう、つける指もないであろうに」
「何と言われましょうと、望みは変わりませぬ」
「わかっておる。どうせ、いつも同じ望みであるからな、今日も用意してきた」
そう言うと、騎士は腰に下げていた頭陀袋から、小さな箱を取り出した。
魔法使いは、その場にひざまずき、騎士より与えられた小箱を押しいただいた。
そっと蓋を開けてみると、深い藍色の石がはめ込まれた繊細な細工の指輪が入っていた。
石の中心には、金色の星形の光が浮かび、その周囲には銀砂のようなものが無数に煌めいていた。見たことのない美しい宝石だった。
「ステラビーシェーベルノカイトという、非常に珍しい石がはめ込まれておる指輪だ。どうだ、気に入ったか?」
「ありがとうございます。たいそう気に入りました」
「実は、国王陛下が、最近、下腹が出てきたのを気にしておいでなのだ。改善できる秘薬があれば、次回、是非取り寄せて欲しい」
「承知いたしました。お任せくださいませ」
騎士は、満足げにうなずくと、「草殲滅プロ 2kg入」と「バイバイニャー」の箱を大事そうに抱え、静かに扉を開け出て行った。
魔法使いは、扉が閉まった後、すぐに閂をかけた。
戸棚の下の物入れを開け、魔法使いの衣装や小道具を手早く放り込んだ。
同じ場所から、ちょっと洒落たジャケットを取り出し、埃を払って羽織った。
帽子で乱れた髪を軽く直し、靴も物入れから出した革靴に履き替えた。
魔法使い――だった男は、戸棚の横に立つと力一杯それを押した。
―― ギギギギギギーッ
戸棚があった場所の壁には、大きな穴が空いていた。
男は、するりとその穴の中へ入っていった。
上着のポケットには、あの小箱を入れて――。
―― 〇 ―― 〇 ―― 〇 ―― 〇 ――
アンガスは、映画館のトイレを出ると、近くの駅から地下鉄に乗った。
駅で確かめた。今日は十二月三日の金曜日! 大丈夫、あっている!
アンガスは、シェリルが待つレストランへ急いでいた。
今日こそは、きちんとシェリルに伝えよう、そう決心してやってきた。
道路を横切り、レストランのドアの前に立つ。
ドアのガラスに映る自分を見て、もう一度髪を直す。そして、ドアを開ける。
シェリルは、いつもの席に座っていた。ペールブルーの清楚なドレスも、いつもどおり。
肩まで垂らした、絹糸のようなプラチナブロンドの髪も、いつもどおり。
耳元を飾る、小さなパールのピアスも、いつもどおり。
いつもどおり、いつもどおり、いつもどおり!
しかし――、向かいの席に男が座っていた。
アンガスの幼なじみのスレイドだ。
スレイドは、小さな箱をポケットから取り出し、シェリルに渡すところだった。
箱を開け、驚き、微笑み、涙ぐむシェリル――。おい、おい、おい、おい、おーい!
アンガスは、そのまま静かにレストランを出た。
今回もだめだった。
前回は、レストランに車が突っ込んできて、シェリルが意識不明で病院に運ばれた。
その前の回は、シェリルから、「わたしの本当のお父さんは、アンガスのお父さんなの」と言われ、二人は恋人から兄妹になった。
さらに、その前の回は、レストランの前にパパラッチが集まっていて、モバレバ公国の次期国王と腕を組んで出てきたシェリルが、フラッシュを浴びていた。
その前は――。
とにかく、二十一回目のループでも、プロポーズに失敗したのだった。
とんだ週末になった。夜食は、今回もピザでいいかな? と思った。
月曜日になると、アンガスは、いつものように家具店に出勤し、真面目に一日働く。
仕事帰りに、すっかり顔なじみになった宝石商に指輪を持っていく。
宝石商は、「預からせてくれ!」と言い、電話をかけまくり、メールを送りまくる。
水曜日には、買い手が決まったという連絡がアンガスに届く。
木曜日には、アンガスの銀行口座に、とんでもない金額が振り込まれる。
そんな一週間が、二十一回繰り返されている。
そして、週末、金曜日。
アンガスは、夕方一人で短編映画を見に行く。古い古い映画館だ。
映画が終わって、映画館の古い古い古いトイレに入る。なぜか、灯りが消える。
暗闇の中で、手に触れた扉を横に引くと――。
アンガスは、あの部屋にいた。
―― 〇 ―― 〇 ―― 〇 ―― 〇 ―― 〇 ――
魔法使いは、この異界で、いつもの週末の仕事をこなし、また戻っていくつもりだ。
ペールブルーのドレスを着て、パールのピアスをつけた、プラチナブロンドのシェリルがいる、十二月三日金曜日の夜のあのレストランの扉の前へ。
世界に二つとない希少な宝石をはめ込んだ指輪を持って――。
今度こそ、今度こそ、今度こそ……、彼女に伝えたいから。
―― どうぞ、ぼくと結婚してください! と。
―― おしまい ――
※最後までお読みただき、ありがとうございました。