ご令嬢と王子様
ちょっとワガママを爆発させた王子と、そんな王子に馴れた婚約者の小さな日常。
「ニンジン要らないよ! だからお前を国外追放とする!」
「何をおっしゃってますの、殿下」
現在、農業がとても盛んな王国の王子とその婚約者の令嬢とで、王宮の王家用食堂にて昼食を摂っている。
そこで端正な顔立ちの王子が顔を歪め、そう言い放ったのだ。
勿論そんなトンチキな発言をした王子に、切れ長な瞳の麗しきご令嬢が、食べる手を止めて苦言を呈した。
この食堂の壁際に控える給仕・接客メイド達も無表情ながら、こころなしか口元がムニムニしている。
「僕はこの土臭いニンジンが嫌いだ。 なのに、それを皆が知っているのに、こうして食卓に出すのは一種の不敬罪に相当するのではないかと推測する」
「何を言うのかと思えば……。
我が国の野菜はどれも美味しく頂ける物ばかりで、我が国の平民が口にするものすら他国では貴族でないと食せぬ質ですよ?
それに、食卓へ上がる前にしっかりと水で洗っておりますし、土臭い野菜など一切有りませんわ」
「ぬぐぐぐぐ…………」
なんだか王子が変な屁理屈を捏ねだしたので、ご令嬢がしれっと正論(?)を叩きつける。
この様子を見ていたパーラーメード達は、今度は目元がピクピクしだして、一部のメードなんていつの間にか一時的ながら退室していた。
「そもそもだ! ニンジンなんて食べずとも生きていける! なのになぜ、こうして僕の食卓に乗せるんだっ!
他に嫌いな物は無いし、この位見逃してくれたって良いじゃないか!!」
「それはなりません。 危険な魔物が人里にふらっと現れるこの世で、我が国の主力生産物を農民が命を掛けて育ててくれるのです。
そして、こうして私達へ本当に良い野菜を届けて下さる方々に、美味しく頂きましたと感謝するためにも食べなければならないのです」
嫌いな物を嫌いだとゴネる王子に、この国の貴族や王族が持たねばならん基本的な思想を説くご令嬢。
そんな事は百も承知だが、ソレとコレとは別だと言いたげに、今度は眉を強く寄せる王子だった。
メード達はメード達で、背筋をシャンと伸ばす。 なんだか良くわからないが、何かの言葉がメード達に刺さったらしい。
「だからって、茹でたニンジンとか野菜スティックとかを毎食毎食出すのは、どうかしてると思わないか!?」
「……苦手な野菜であっても、人の上に立つものとしてはしっかり食べられないと、方々に示しがつきませんので」
「示しってなんだよ!!」
「国王がニンジン嫌いでは、国内のニンジン生産者は国王に嫌われている野菜を作っているとして、仲間内から酷い扱いを受けるでしょう」
「そんなのあり得n――――」
「――――あり得ますわよ。 それだけの影響力が、王家・王族には有りますもの」
「………………」
愕然として、顎を落としてしまう王子。
そして、それを冷徹に見つめるご令嬢。
メード達の一部から、唾を飲み込む音がなぜか大きく響いてきた。
「なので、殿下がニンジンを食べられないのは、悲劇が生まれてしまいますのよ」
「嘘……だ…………」
「そう言い切れないのが、我らなのですわ。 ですから、民から頂いた食べ物は美味しく頂かねばならないのです」
「っ…………!!!」
思わず。 そう言った突発的な行動だろう。
まだ食事の途中だと言うのに王子が席を立ち、食堂から駆け出してどこかへ行ってしまった。
~~~~~~
場所が変わってご令嬢の個室。 部屋にはご令嬢とお付きの侍女のふたりしか居ない。
居ないが、食後のまったりとした空気が流れている。
「お嬢様、少し言い過ぎだったのでは?」
侍女が少し責めるような口調で王子との事を口にした。
それにご令嬢は、ふんぞり返って答える。
「苦手の克服は早ければ早いほど良いのです。 今回が良い機会だったのよ」
今回の機会とは、食事の飲み物にキャロットジュースが出ていたからだ。
普段は少し前に話題で出た通り、生だったり単に茹でた物だったり。
そうではなく、飲み物として口にしやすい調整をした物に対してもそうだったので、ついと言った感じだった。
「機会とは?」
「キャロットジュースは本当に美味しかったわ。 なのにそれを飲まないなんて失礼よ。
ああ、料理長に感謝を伝えたいわ」
本当に美味しかったのだろう。 味を思い出す顔つきが(色気方面で)ちょっとヤバくなっている。
「……こちらから伝えておきます。 ところで、食事のメニューに小さく刻んだニンジンが入っている事を、殿下にはつたえないので?」
…………王子、ニンジンを気付かない内に、こっそりと食べさせられていた事実が発覚。
だがそれに明確な反応を示さないご令嬢。
「絶対に伝えてはダメ。 苦手な物をちゃんと克服したって、明確な成功体験は必要よ。
だから良い機会だし、料理長に新たなリクエストをしたいのだけど」
「なんなりと」
どうやら知っていたらしい。
それと、リクエストをしたいご令嬢の顔が、今度は腹黒系の理由で他人にお見せできない状態となっている。
その状態を見慣れているらしい平然とした侍女は、相当な人物だと思われる。
「今後殿下に出される食事には、毎食ニンジン料理を出してやって欲しいのよ」
「おや? 今までもそうだったと記憶しておりますが」
「ニンジンの名前がある手の込んだ料理よ。 量は少なくても良いの。
キャロットスープやキャロットパン、キャロットオムレツなどね。
殿下の腹具合で、ニンジン料理をよけたら微妙に物足りない位の、意地悪な分量で。
微妙に物足りないまま、食後の口直しでキャロットケーキやキャロットパイ、キャロットパウンドケーキなども有りね」
「食べ盛りの殿方に、それは鬼畜ですね」
「食べれば満足。 食べなければお腹が不満。
……そうね。 調理場へ盗み食いしに入れぬよう、ニンジンを入り口近くに沢山置いておくのも面白そうね」
「悪魔ですか、お嬢様は」
何事も無い顔でしれっとこんな提案をするご令嬢に、呆れるしかない侍女。
だが、ご令嬢にだってそうする理由が有るのだ。
「悪魔では無いわ。 只只ピーマンを平然と囓れる殿下に、意地悪したいだけよ」
渋面を作ってまで語るご令嬢の理由が、酷かった。
これに対して侍女は、別の意味で呆れている。
「ああ、殿下は早い内から食べられるようになっていましたからね。
お嬢様なんて最近まで、苦いのを我慢して涙をこらえて、無理して食べていましたものね」
「……ふんっ」
「でしたらこちらからも、殿下に甘いメード達へ、食べ物を分け与えないよう協力を頼みますね」
「ふんっ!」
こんな軽口を叩く侍女に、そっぽを向くご令嬢。
頬や耳たぶに、ほんのり朱が差さっているのを指摘せず、口元をゆるめる侍女。
そのまま数秒。 軽い空白時間を挟んで、侍女が口をひらく。
「侍女の情報網ですが、殿下がピーマンを食べられるようになったのは、苦い食べ物は大人の証とか言う子供っぽい話に乗ったからだそうです。
それで誰に大人だと言い張りたかったのかは知りませんが、お嬢様と同じく涙をこらえて食べていたら、いつの間にか普通に食べられるようになったそうですよ」
これにそっぽを向いたまま、ピクリと小さく方を震わせたご令嬢。
そんな細かいリアクションを目ざとく捉えたが、あえてそこを取り上げて、からかいに走らず“おすまし顔”の侍女。
「誰に言いたかったのか、知っているのではなくて?」
「知りませんよ? 普通に考えれば王家の方々にではないでしょうか」
「そう……よね。 普通はそうよね」
ご令嬢が少しだけしょんぼりした空気をまとっているのを、侍女は目を細めて見ている。
「ただ、初めてピーマンを完食した日に、誰かご令嬢の名前を叫びながら、これで勝ったぞと喜んでいたらしい噂もありますね」
「っ!?」
「おっと、食後のお茶をまだしていませんでしたね。 準備を始めます」
何だかキラキラした目で侍女に振り向いたご令嬢だが、侍女はつれない様子でそっぽを向いて、お茶の準備を始めたのだった。
令嬢「……なに? このお茶」
侍女「料理長が最近趣味としている、野菜の食べるのに向かない部分を、乾燥させて作るお茶です」
令嬢「それは良いのだけれど、何を使ったのかしら?」
侍女「ピーマンだそうです」
令嬢「…………そう」
侍女「ピーマンだそうですよ」
令嬢「二度も言わなくて良いわよっ」
~~~~~~
蛇足
王子&ご令嬢
ふたりは6歳! 同い年!
10代半ば辺りだと思った? 残念! まだまだ可愛いお年頃です!
オトナに憧れて勉強中の男の子と、既にオトナ気分のおしゃまな女の子のコンビ。
なのでパーラーメード達は、チョー微笑ましいモノを見ていた訳です。
ふたりは関係を構築中。
でもお互い意識しあっているのは明白で、義務とか政略のみの冷めた関係で終わらずに済みそうで、一同はホッとしているとか。
ちなみに1週間位で王子は限界になって、ニンジンを断腸の思いで食べたら「なにコレ! ニンジンって美味い!!」とか目をキラキラさせて克服。
どうやら只の食わず嫌いだった模様。
食事情
とても豊富。
農業で売るほど作れるし、売る分を数えなくてもなお余る。
余った分は家畜の飼料に回せるので、野菜や果物だけでなく肉も平民にかなり回せる位。
後述する理由により、植物由来の調味料・香辛料も豊富に生産可能。
恐ろしいほどに食の王国である。
王国
自分が以前書いた、魔物食を考える とかってヤツの考えで行きますと、農業国なんて夢のまた夢な訳です。
のんきに手広く農業なんてやってたら、危険な魔物に襲われますからね。
でも農業国として立国できた。
その理由は、4大精霊が沢山居つく土地だから。
つまり温度は季節ごとに理想的な数値を維持して雨も適切、土地の環境は最高で、実を付けるための花粉は程よく飛ぶのです。
害虫なんかも精霊達が作物に寄せ付けない。
作物の出来が良ければ、農家が精霊にもお裾分けしてくれるので、言わずともやる。
精霊は、作物自体は正直どうでも良い。 でもそれを捧げてくれる作物と言う名の器物にこもった人の感情が、良い栄養になるので。
そりゃあ農業に最適ですわ。
魔物をどうしているかは、後述の項目で。
農家
危険な魔物が出る世の中で、農業が出来るだけあって、農民が実は国での最高戦力。
自然と共に生きる彼らは精霊に好かれやすく、加護や契約を貰いやすい。
なので加護で魔法が使えるようになったり、精霊使いだったり。
だから外敵から自衛出来るだけの強さが有る。
それを知っている支配者層は、平民を……特に農民を大切にする。
そもそもの主要産業だし、もし反乱されたら本気でヤバいので。
騎士や兵士の数より多いであろう農民を、敵に回して勝てる見込みなど無いので。
騎士・兵士
農民の方が強くても、職務的に負けられぬと努力する者が多く、周辺国と比べて強い。
周辺国
農業国のヤバさを分かっているので、侵略は考えられない。
考えてしまう短絡的な国は簡単に跳ね返されて、それを見た他国が認識を再確認する。
それに周辺国では、農業国から味がとても良い野菜等を輸入していて胃袋を掴まれているので、下手な事は出来ないのもある。
国が不作・凶作なら、農業国から人道的支援として食料を送ってくれるし。
なお、経済制裁として作物が輸入出来なくなると、美味いものが食えなくなった不満を貴族が持つ。
不満がたまれば……あとは分かるな?
王家と王族
時々見かける、何が違うのか分かりにくいコレの違い。
実際に調べると、王家も王室も王族も、特別な違いは無いっぽい。
でもそれでも無理に分けると、自分はこう認識してるって線引きをあえて晒す。
王家 王を中心とした二親等(直系)の範囲。
具体的に きょうだい・祖父母・孫・子供・それぞれの配偶者 辺りまでだと思ってる。
具体的に言えば、王の家(王宮)に住んでいる範囲。
王族 王家より少し広い範囲。 親戚だと思われる枠。
具体的には 曾祖父母・いとこ・甥や姪・叔父や叔母や伯父や伯母・それぞれの配偶者 とか、その範囲位まで?
離れすぎて「5代前の王家の血が入ってるから王族だ!」とか言われても、それを王族と受け入れられるか? となるし。
王室 一番狭い?
何となくですが、王と配偶者、ついでにその直接的な子供達だけとか? あとは王の両親が入るかどうか程度の印象。