先輩、カラオケは歌がうまければいいってものじゃないですよ
『後輩ちゃんの恋愛講座』第四話です。
この作品に出てくるアーティスト名ならびに曲名は全てフィクションです。万が一同名のアーティストや曲名があったとしても、そちらとは関係ありません(重要)。
とは言え無から有を生み出す事は出来ないので、「あれ? もしかして?」と思うものもあるかと思いますが、是非流してください。
それでは第四話『先輩、カラオケは歌がうまければいいってものじゃないですよ』お楽しみください。
カラオケの個室で扉を開けて待っていると、両手に飲み物を持った後輩が戻ってきた。
「飲み物お待たせしました」
「お、サンキュー」
後輩から飲み物を受け取る。
てっきり「こういう時は男がスマートに飲み物を持ってくるものですよ」とか言うと思っていたのに、
『飲み物は私が取って来ます。その間にデート向きの曲を選んでおいてください。評価しますから』
と止める間もなく取りに行ってしまった。
今日は歌のチョイスがメインってことなんだろうか。
「さて、曲は決めましたか?」
「おう! 最初はこれだ!」
二次会の切込隊長を自称する俺の歌を聴けぇ!
「これは……」
国民的アニメのキャラソン、というか劇中歌。
誰もが聞いたことあるけど、音痴キャラなので最後まで流れることのない、慣れと珍しさを両立した曲。
それを声真似たっぷりで歌い上げる!
「えっウソ! 間奏のセリフまで完コピですか!?」
「二番あるって初めて知った!」
「セリフの感じまで似てる!」
「さ、三番まで……!」
後輩は腹を抱えて笑っている。
よし! 手応えありだ!
「はぁー。笑いました……」
「どうだ、この曲は」
笑いが収まった後輩に、俺は評価を聞く。
「減点です」
「何で!?」
真顔に戻った後輩は、溜息を吐きながら話し始める。
「男同士とか、サークルの打ち上げとかの盛り上げならありですけど、デートの雰囲気を友達との遊びにグレードダウンさせてどうするんですか」
……ぐうの音も出ない。
「じゃ、じゃあバラードか? facial hairラシサの『嘘吐き同志』なら歌えるぞ」
「初手バラードはもっとないです。狙ってる感ありありで引きます。それに『嘘吐き同志』は、彼女に他に男の影が見えるのに知らんぷりして苦悩する男の歌じゃないですか。自虐ですか? 笑えない自虐は公害ですよ?」
こてんぱん……。
「女の子とのデートでカラオケなら、男性アイドルが無難でしょうね。Typhoooon、歌えます?」
「お、俺にJOYYS系の歌を歌えと!? 無理無理無理!」
「男性アイドルの曲は、男女共に歌いやすいよう、音域の幅が狭いことが多いので、意外と難易度は低いんですよ」
「そうなのか!?」
イケメン専用曲というイメージだけで敬遠していた……。
「もちろんグループによっては高音域やラップ入れたりがあるので、全てがそうとは言えませんけど。そうしたらTOKYUの『君だけアイシテル』は知ってます?」
「サビしか知らない……」
「仕方ないですね。私が歌いますから、わかるところは歌ってください」
「ありがとう。助かる」
イントロが流れる。
あー、こういう歌い出しなのか。
こっそり口ずさむと、確かに高音は少ないし、メロディも急な上下がなく歌いやすそうだ。
「君だけに〜」
サビだ。歌いながら「どうぞ」の手をする後輩。
「僕の愛が」
「愛が〜」
「僕のeyeで」
「eyeで〜」
「君を相手に伝わる〜」
「君だけに〜」
後輩がバックコーラスを入れてくる。
カラオケで人に一緒に歌われるの嫌いだ。
合わせなきゃいけないと思うと、楽しくなくなる。
なのに何だこれ楽しい!
人と歌うのって息が合うとこんなに楽しいのか。
慣れない歌のはずなのに。
慣れないものは苦手なはずなのに。
口が、喉が、自然と歌っていた。
「ふぅ、どうでしたか?」
「これ楽しいな!」
「でしょう。こんな感じで、明るくて有名で、一緒に歌って楽しい曲で雰囲気をつかむんですよ」
「なるほどな」
これなら少し練習すれば、できるようになりそうだ。
「ウケを狙わないこと、マニアックな曲を多用しないこと、楽しい曲から徐々にしっとり系に移ること。最低限それだけ押さえておけば大失敗はないと思いますけどね」
「分かった。じゃあ桜井圭祐の『ミラクルプラネット』はどうだ?」
「有名ですけど、ちょっとダークですね。先に『天秤プレイ』か『みんな行ってるぜ』辺りで、桜井圭祐好きかどうか探った方がいいです」
「確かにな」
ふむふむ、参考になる。
「先輩、高井戸柔の『オープンアイズ』は歌えます?」
「うーん、一応」
「それ歌ってみてください」
「え、ゴリゴリのバラードじゃないか」
「今日は練習だからいいんですよ。歌った感じで他に歌えそうな曲ピックアップしますから」
すげぇ。敏腕プロデューサーみたいだ。
「はい、入れました」
「……改めて考えると、サシでバラードって照れるな」
「それにも慣れないと、いい雰囲気にならないですよ。さ、恥を捨ててガチモードで!」
「お、おう」
曲が流れる。俺は覚悟を決めてマイクを握った。
「いやー、歌ったなー」
「そうですね」
カラオケを出る頃にはすっかり日は傾いていた。
「今日はありがとな。サブスクに入れた曲、練習しとくわ」
「そうしてください」
しかし今日の目的がカラオケデート攻略法だったとは言え、後輩は俺に教える曲しか歌ってない。
休みを使わせておいてこれでは悪いよな。
「よし、晩飯でも食って行くか」
「え?」
ぴたりと足を止める後輩。
「今何と」
「いや、だから飯食って行かないかって」
「私に言ってます?」
「他に誰がいるんだよ」
「いや、カラオケデートから二次会につなげるセリフの練習かと」
あぁ、そういうことか。
「今日はすげぇ世話になったし、楽しかったからお礼にって思って」
「あぁ、そういうことでしたか」
ふんふんと何度もうなずく後輩。
「まぁでも今日はカラオケもおごってもらいましたし、これ以上散財させるのも悪いですから、またの機会にしましょう」
「そうか? 別に気にしなくても」
「女の子が遠慮してる時は無理に押さない、これは忘れちゃダメですよ」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
確かに無理に誘って嫌われちゃ元も子もないな。
「じゃあ今日はありがとな」
「はい減点です」
「えっ!?」
帰ろうとした俺の背中に突き刺さる減点!
何がどこでどう減点!?
「次の約束は解散する前に決めておくものです。じゃないとあれこれ理由をつけて断られますよ?」
「うぐ」
「心当たり、あるんですね」
こいつ見てたんじゃないかってくらい、的確にえぐってくるな!
「先輩の心の傷に興味はありません。大事なのは未来です。で、いつにします?」
「……来週の土曜の予定はどうだ?」
「わかりました。空けておきましょう。次の課題は何がいいですか?」
え、俺が決めるの!?
何が必要なのか、多過ぎてわからないんだけど!
「……映画、とか?」
「定番どころ、いいですね。ではチケット予約ができたら連絡ください」
「え、何観たいとかは……」
「それも含めて先輩のセンスに任せます。外したら当然減点ですけど」
マイナスになる未来しか見えない……。
「では来週。楽しみにしてます」
「あっ、ちょっ」
行っちゃった……。
恋愛の先生として、あの丸投げ感はどうなんだ?
とはいえ親切でやってくれてることだ。
自分でやることに意味もあるんだろうから、間違った時の厳しい指摘も甘んじて受けよう。
今流行りの恋愛ものを選べばいいのかな?
ベタだと言われるだろうか。
うーん……。
とりあえず人気どころを検索してみるか……。
あっぶなかったぁ……。
何あの甘めのかすれ声とビブラート!
意識してないんだろうけど、バラードにめちゃくちゃ合う!
あの無駄なサービス精神のおかげで、女の子相手には発揮できていないんだろうな……。
最初の『巨人だぜおれさまは!』はダメ出ししない方がよかったかも……。
それに何!? さらっとご飯に誘って来るなんて!
成長、ってわけじゃないよね。
女扱いされてないだけで。
……一緒にご飯、行けばよかったかな。
ううん、これ以上一緒にいたら、きっと崩れちゃうから。
まだ今のままで。このままで。
読了ありがとうございます。
私は一緒に行く人によって歌のチョイスを変えるのですが、そんな話をしたら「何でそこまでするの……?」と恐怖に近い目で見られた事があります。
ヒトカラなら履歴を全てアニソンで埋める事すら可能なのですから、自重は必要でしょう。
さて次話は、ドキッ!クリスマスキープ女の初登場回! 挿絵もあるよ!
よろしくお願いいたします。