先輩、涙の理由はちゃんと聞かなきゃダメですよ
『後輩ちゃんの恋愛講座』第十二話です。
男の言葉に落ちるは涙。
それは積もった想いの欠片。
言えずに溜まった乙女の心は、
果たして男に届くのか。
それでは読んで頂きましょう。
第十二話で「先輩、涙の理由はちゃんと聞かなきゃダメですよ」
お楽しみください。
まさか泣くとは思わなかった。
てっきりいつもの調子で、「終わりにしたいなら再試験ですよ」くらいのことかと思ったのに。
「え? あ、あれ? や、やだ、何で……?」
混乱した様子の赤須は必死に目をぬぐうが、涙は止まる気配も見せない。
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
慌ててタオルを取りに行き、赤須に渡す。
「……ごめんなさい……」
「いや、別にこれくらい……」
「……ちが、ちがうんです……」
そう言ったきり、赤須の顔はタオルに隠れた。
ど、どうすりゃいいんだこの状況!
「……めんなさい……。ごめんなさぃ……」
何にかはわからないけど、赤須は謝り続けている。
何かしたとしたら俺の方なのに。
俺に何かできないだろうか。
……! そうだあの時みたいに!
「赤須」
「!」
触れた背中がびくっと震える。
「クリスマスの日、こうやってなぐさめてくれたな」
「……! ……!」
タオルで顔を覆ったまま、首を振る赤須。
そこ否定するのおかしいだろ。
これは相当混乱してるな。
背中をさすりながら構わず続ける。
話はちゃんと着地点まで、だったよな。
「あの時、俺はうれしかった。キープだと思い知らされて、自分のダメさを痛感させられてへこんで、でもあのマフラーを受け取ってもらえたことで、救われた気がしたんだ」
赤須の動きが止まる。
話は聞いてくれているな。
「だから泣くなとは言わない。俺にそうしてくれたみたいに、思いっきり泣いて、すっきりしてくわっ!?」
あ、赤須!? 何で抱きついてくるんだ!?
タオル越しに泣いてる音が胸に伝わってくる。
身動きが取れない。
とりあえず、背中をなでておけば、いいのか?
何をするのが正解かよくわからないまま、赤須の背中をなで続けた。
たっぷり十分は泣いていただろうか。
赤須はゆっくりと俺から離れた。
顔はタオルで隠したままだ。
「……あの、先輩」
「お、おう」
「……みっともないところを見せて、その、ごめんなさい……」
「み、みっともないで言ったら、俺の方が先だしな! 全然だよ! 気にすんなって!」
「……」
く、空気を変えたい!
目に入るもの全てを話題に!
何か、何か使えるものは!?
「唐揚げ、うまかったな! ありがとう!」
「……」
「作り方も覚えられたし、すごく楽しかった!」
「……じゃあ先輩、何でこの勉強を終わりにしたいって思ったんですか……?」
「え? えっと……」
話題をミスったか!?
……いや、何を話しても聞かれてた気がする。
しかし、何て言えばいいんだろう。
下手をすればもう一度泣かすことにもなるし……。
「正直に、教えてください……」
ダメだ。こいつにウソは通じないんだった。
正直に話そう。
……泣かれませんように!
「俺さ、お前のおかげで色々知れたりわかるようになった。それはすごく感謝してる」
「……はい」
「でもそのせいで、お前の時間を取らせてるのが悪いなと思ってて……」
「……はい」
「それに、あの、減点って言われないように気を遣うのも疲れるし……」
「……ぁぃ」
「お前と出かけるの楽しいから、そういうの抜きで遊びに行きたいし……」
「!」
うわ! 急に顔上げるな! びっくりするだろ!
「今何と」
「え、だからお前と出かけるの楽しいから、減点とかなしで遊びに行きたいって……」
「何がどうしてそうなるんですか?」
「お、落ち着け! 話を聞け!」
「聞いてます」
目も顔も真っ赤で迫るな! 怖い!
「だから、こう、お前と一緒にいて変な緊張もなくなったし、女慣れはもう大丈夫かなって!」
「そ、そう、ですか……」
お、機嫌、直ったか?
と思ったら、急に暗くなった! 何で!?
「……それは私のこと、女だと思ってないからじゃないんですか……?」
「……あー、それはあるかも……」
「……!」
めっちゃ睨んでくる! ごめん!
『女として意識してないから緊張しない』って課題をクリアしてるとは言えないよな!
「わ、私は女です!」
「わ、わかってる!」
「わかってないです! わかって……!」
泣きそうになる顔をぎゅっと引き締めて、真っ直ぐに見つめてくる赤須。
「私が何でここまで頑張ってるかわかります!?」
「お、俺が女慣れするため、だろ?」
「そ、そうですけど、あぁもう! 違うんです!」
何が!?
「私、クリスマスの日、先輩を泣かせちゃったから、このまま傷つけたままじゃ悪いと思って、勉強を提案したんです!」
「そうなの!?」
「でも先輩は実は全然平気で、むしろ感謝してくれてて、私そんなの知らないで偉そうにあれこれ言って、なのに先輩は素直で、どんどんカッコよくなって……!」
またタオルに埋まった。
え、何、どういうこと?
「わ、悪かった……」
「わかってない! 先輩全然わかってない! 先輩は悪くないんです! 私が、私が勝手に、先輩のこと好きになったから……!」
え。
「……あ」
……今こいつ何て言った?
……最悪だ。
ロマンティックのかけらもない告白に、先輩は固まった。
取り繕いたくても、先輩は目をそらして生返事ばかり。
帰る時には家まで送ってくれたけど、それは先輩本来の優しさ。
私に対して気持ちがあるわけじゃない。
私は、バカだ。
知らないくせに知ったフリして。
好きなのにそっけないフリして。
女扱いされてないから側にいれたのに、それを不満に思って。
泣いて、当たり散らして、よそよそしくされて……。
恥ずかしい! 情けない! 消えてなくなりたい!
でも目を閉じると先輩の笑顔ばかりが浮かんできて……。
私は本当に何も知らなかった。
これが人を好きになるってことなんだ……。
読了ありがとうございます。
傷を隠した心のギプス。
剥がして触れたホントの気持ち。
歪な絆が壊れた後に
残ったそれは終わりと始まり。
それではお待ち頂きましょう。
次回『先輩、好きになるのに理由なんかないですよ』
お楽しみに。




