先輩、お家デートは大チャンスですよ
『後輩ちゃんの恋愛講座』第十一話です。
お家デートですってよ奥様!
一人暮らしのご自宅に 若い男女が二人きり。
何も起きないはずはなく……。
(※本作は健全なラブコメです)
飯テロ要素を含みます。食事後、またはご飯の準備をしてから読まれる事をお勧めします。特にこれからお食事を決めるなら、唐揚げにするといい感じです。
それでは第十一話『先輩、お家デートは大チャンスですよ』お楽しみください。
「お邪魔します」
「お、おう……」
休みの昼間、赤須は俺の家にやって来た。
「へぇ、綺麗にしてるんですね」
「ま、まぁ一応な」
部屋を見回す後輩に、緊張が解けない。
大掃除して、危なそうなものはしまっておいたから大丈夫、なはずだけど……。
「本棚に不自然な空きがありますね」
「え、あ、いや、その……」
「女子の目に触れない方がいいものを隠すのはいいですが、詰めが甘いです」
「あ、はい……」
探偵かこいつ。
「それと見栄でしょうけど、本棚に小難しい本ばかり並べるのもどうかと。漫画とか嫌いじゃないなら、置いておくと雰囲気を柔らかくしたり、話題になったりしますよ」
「なるほど……」
でも見栄と決めつけるのはよくないと思うぞ。
減点が怖かっただけだい。
「まだ言いたいことはありますが、先輩も唐揚げを待ち遠しく思っているでしょうから、調理を始めましょう」
「あぁ。よろしく頼む」
キッチンに移動し、冷蔵庫から材料を取り出す。
「うん、ちゃんとできてますね」
「言われた通りやっただけだけどな」
「レシピ通りをちゃんとできるのは、料理の才能の一つですよ」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
鶏肉を切って、醤油とチューブのニンニクとショウガ入れてもみ込む。で、一晩冷蔵庫。
こんな簡単なことで、あのうまい唐揚げが食えるなら安いもんだ。
「ご飯は炊けてますか?」
「ばっちりだ!」
「では衣をつけて揚げていきましょう」
「おう!」
フライパンで油を温めつつ、これも赤須の指示で買った片栗粉をまぶす。
「菜ばしを入れて、泡が立ったら揚げ時です」
「何か唐揚げができるって感じになってきたな!」
「テンション高いですね。では揚げていきますよ」
油が弾ける音と、いい香りがしてくる。
「四分くらい揚げたら、一度取り出します。五分くらい置いたら、油の温度を上げてもう一度揚げます」
「何で二回揚げるんだ?」
「鶏肉の中まで熱が通るには時間がかかりますが、その間揚げ続けると、焦げたりぱさぱさになったりするんです。なので一旦油から出して、余熱で火を通すんです」
「なるほど」
「じゃあ今度は先輩が揚げてみてください」
「お、おう」
「びびらないでください。料理をさらっとこなせる人はポイント高いんですから」
「わ、わかった」
はねる油に腰が引けながらも、何とか鶏肉を揚げていく。
「できましたね」
「こんなに大変なのか……」
「慣れれば大したことないですよ。では作り手特権を」
後輩が小ぶりな唐揚げを口に入れる。
ざくっとした音が聞こえてくる。
「ん〜! いい出来です!」
「お前ずるいぞ!」
「先輩もどうぞ。作り手特権ですから」
「よーし」
ひときわ大きいやつにかぶりつく。
「熱っ! はっ、はふ、熱っ! はふ!」
「そんな大きいのいくからですよ。で、お味はどうですか?」
「……めちゃくちゃうまい」
口の中をやけどはしたけど、こんなうまい唐揚げは初めてだ!
「……よかった。じゃあ盛り付けしましょう。先輩、お湯は沸いてます?」
「あぁ。電気ポット満タンにしてある」
「じゃあこのインスタントみそ汁を作っておいてください。私は唐揚げとご飯を盛り付けて持っていきます」
「わかった」
居間のテーブルに唐揚げの山が! 夢みたいだ!
「……先輩、小学生みたいな目ですね」
「だってこんなうまい唐揚げがどっさりだぜ!? ワクワクしない方が無理だろ!」
「……」
は、はしゃぎすぎたか? 減点か?
「……まぁいいです。冷める前に食べましょう」
「いただきます!」
「いただきます」
うまい! 何だこりゃ!
揚げたてアツアツもうまかったけど、少し温度が落ち着くと、染み込んだタレの味が口に広がる!
これが一晩漬け込んだタレの力かよ……!
「本当にうまいな!」
「そうですね。先輩もなかなかやりますね」
「赤須がいてくれたからだろ」
「っ……」
急にそっぽ向いて、唐揚げを口に入れた。
こいつ、褒められるの苦手なタイプかな。
迷子の時もそうだったし。
「の、飲み物何にする? お茶とビールと日本酒があるけど」
「……ビール、お願いします」
「唐揚げにはビールだよな!」
とりあえず飲み物で空気を変えよう!
コップにビールを注ぐ。
「乾杯」
「……乾杯」
コップを合わせ、唐揚げのうまみが広がる口に、ビールを注ぎ込む。
「うまい! 唐揚げとビールの組み合わせ、最高だな!」
「ふふっ、そうですね」
よかった。気はまぎれたみたいだ。
「ふぅ、これならもうちょっとビールもらっていいですか?」
「もちろん! もう一本買ってあるから、足りなくなったら開けよう!」
「はい」
赤須についてもう一つ知れたこと。
酒飲むと機嫌がよくなることだ。
そのためにビールも日本酒も簡単なつまみも買ってある。
何とかうまく話ができるといいんだけど。
「先輩の日本酒を見る目は流石ですね!」
「そうか? 親戚に酒屋がいるから、あれこれ教わっただけだけどな」
「前のお刺身に合うお酒も美味しかったですけど、これは果物みたいな香りと甘さですごく好きです!」
「お前の方が通っぽいぞ」
「えへへ、そうですか?」
照れ笑いする赤須。今なら言えるか?
「お前のおかげで、俺も随分色々わかるようになったよ」
「そうですね。先輩の成長ぶりには、教えた私もびっくりですよ!」
今だ! ここでなら言える!
「だからさ、そろそろこの勉強、終わりにしないか?」
酔いが、一気に覚めた。
今、先輩、なんて言ったの?
『オワリニシナイカ』って何? どういう意味?
言葉は耳に入ったのに、わかりたくない。
わかりたくないのに、先輩の声だから頭から追い出せない。
何で? 何で何で何で何で?
嫌だった? 何が? 減点? 勉強? それとも私?
突然脳裏に蘇る先輩の涙。
何度も見た携帯の写真じゃなくて、私が流させた涙。
そうだ。彼女だと思っていた人にキープ扱いをされて、傷ついてた先輩を更に追い込んだのは私だ。
それでも優しい先輩は無理して付き合ってくれていたんだ。
何を浮かれていたんだろう。
許されるはずがないのに。
女扱いされてないのに。
好きになってもらえる資格なんかないのに。
「お、おい、赤須……」
先輩の驚いた声で我に返った私は、そこで初めて自分が泣いていることに気がついた。




